第3話 誰だよ、これ考えたやつ

 狂気の沙汰とはこのことだ。既に死亡事故が多数発生しているというのにこのファストダイブという魔術起動は普通に稼働していた。工場のような建物の中に入ると受付がありその横にある通路から奥に行くようになっているようだ。

 広々とした部屋の中に何人かの被害者おきゃくさまがいるようだ。こいつら頭おかしいじゃないかと思わずにはいられない。壁を見ると運航表が掛かれており規定の時間になると発射されるそうだ。一回の射出で乗れる人数は最大5名。この運航表を見るに貴族街に行くための便もあるらしい。っていうか1回銀貨5枚か。鉄道だと貴族街まで行くのに銀貨20枚は使うから確かに安い。その代わり安全を投げ売りしているような気もするが。


「さ! 行きましょう先生!」


 ダミアンに手を引っ張られ受付の方へ連れてこられてしまった。っていうか本当にこれに乗るのか。なんか怖いんだけど。


「いらっしゃいませ! 第1学科所属ツーノードギルドのファストダイブにようこそ! 目的地を教えて下さい」

「貴族街までお願いします!」


 茫然としている私の代わりにダミアンが手を大きく振りながら答えている。


「あら、かわいい坊やね。貴族街までなら銀貨5枚になります。子供は無料なので大人1枚になりますね」


 いやいやいや、子供無料なのは鉄道と一緒みたいだからいいんだけど。こんな事故多発している魔術起動に子供を乗せていいのか?


「あの……子供大丈夫なんですか?」

「はい! お父様がしっかりと着地を手伝って下さいね」


 いやダミアンは私の子供ではない。っていうか私はそんなに老けてみえるのか。


「あの……結構死亡事故が多いと聞くんですが」

「はい! 着地もできない未熟な魔法使いが多く大変困っております」


 何やら怒っているような気配を感じる。いや、っていうかその辺はお前らの責任じゃないのか。


「あの……万が一怪我とかアレとかした場合どうなります?」

「はい! そんな未熟な魔法使いのお客様はもういらっしゃらないと我ら一同信じております!」


 もうだめだよ、ここ。やっぱり帰ろう。やはり鉄道が一番だ。あれなら事故ったりしない。多分だけど。そう思いダミアンを探すが近くにいない。あれどこいった?


「あのお連れのお子様なら既に入場ゲートへ進まれてますよ」

「…………もういや」


 受付に銀貨を支払い横のゲートをくぐる。するとドシンッ! という地鳴りのような音が響いた。


「前の乗客が発射したみたいですね」

「乗客が発射とかもう意味が分からないよ」


 誰だこのイカレた魔術起動を作った奴は。入場口には全部で6つの入り口がある。ここから各方面へ飛べるようになっているのだろう。っていうかこれで城までいけるのか。無礼じゃないのか? 


『第6エリア貴族街まで行かれるお客様にお伝えします。ファストダイブの準備が出来ました。6番ゲートへお進み下さい』


 ああ来てしまったか。もうお腹痛いんだが。


『おい見ろよ、子供だぞ。どういう神経してるんだ、あの男』

『きっと事故に見せかけて殺そうとしているのよ。ほら第2学科で自分の血縁を研究利用しているギルドがあるって話だしその一員なんじゃないか』

『可哀そうに。なんて残酷なやつだ』


 おいおいおいおい、なんか聞こえるんですけど? ぼろくそに言われてるんですけど?  後ろの乗客と思われる人々から謂れのない誹謗中傷を受けているとダミアンは楽しそうに笑った。


「ねぇ! お父さん! これに乗ったら(移動が)楽になれるって本当!?」

「ダミアン。肝心な部分を端折るんじゃあない。誤解されるでしょ」

「もう苦しい(鉄道で長時間座るという)思いしないで済むのかな!」


 君はわざとやっているね。随分楽しそうじゃあないか。


『おい聞いたか。まさか心中するつもりなんじゃないか?』

『これギルドの方に言った方がいいのかしら』

『いや、これは警備に報告した方が……」


 なんてことだ、敵しかいないのかここは。


「ダミアン君。もう行こうか」

「ええ。もっと遊びたいです」

「私で遊ぶのは勘弁してくれ。これ以上やるとこれに乗れなくなるよ」

「仕方ありませんね。さあ! 逝きましょう!!」


 ダミアン、何か間違って言っていないかい?



 6番ゲートに入る。太いパイプとむき出しの鉄骨が不安をあおっているようにしか感じない。本当に大丈夫なのか? 魔灯の光によって照らされた薄暗い通路を進むと広い倉庫のような場所に出た。

 天井には大きな溝が開いておりそこを通るように巨大な筒がまるで大砲のように伸びている。どういう原理で発射しているのか考えたくもないが見た感じ必要最低限の術式は組まれているようでちょっとほっとした。


「お客様、どうぞこちらへ!」


 手を上げて声を上げている職員の元へ近づく。そこには筒へ入るための入り口が空いている。どうみてもそこから入るのだろう。嫌な予感しかしない。


「第6エリア貴族街行き、ただいま射出いたします。ご準備はよろしいですね」

「はーい!!」

「はぁ」


 ため息をつきながら嬉しそうなダミアンと一緒に一応頷く。


「ではお客様は初めての射出との事なので簡単に説明させていただきます。この魔術起動通称ファストダイブはお客様をまるで砲台の玉のように目的の場所へ射出する画期的な魔術起動です。中に入りますとお客様を防護魔法が包みます。これは射出時の重力を軽減するためのものですのでご安心下さい。間違ってもこの防護魔法を破壊するような行動は控えていただきますようお願いします。ではないと射出時にぺちゃんこになってしまいますからね、はっはっはっは」


 いや笑いごとじゃねぇよ。怖えわ。


「射出後はしばらく経つと自動で防護魔法は解除されますので後は人気のない場所にうまく着地してください。着地の際に器物破損してしまいますとお客様の責任になりますのであらかじめご了承下さい。まぁ着地に失敗するような未熟な魔法使いはいないでしょうから問題ありません」


 いや問題しかないだろう。え、これ着地失敗して屋根とか道路とか壊したらこっちのせいになるの? うそでしょ?


「ではこちらの中へお入りください。そうしたらこちらで合図を送ります。後はもうお分かりですね?」


 知らんがな。その知ってますよねみたいな空気出されても困るから。ほらダミアンだって困って――。



「はい! ばっちりです!!」

「……楽しそうで何よりだよ」



 巨大な鉄製の筒の中に入る。中は金網が敷かれており周囲には術式がびっしりと刻まれている。それが筒の先まで刻まれているためこれが飛ばす際に加速させる術式なのだろう。


『さあ行きますよ! 準備はいいですか!』


 何! 馬鹿みたいに周りを観察していたらもう飛び出すのか! すると私とダミアンを囲うように薄緑色の防護魔法が展開された。魔法の内容は中の対象の疑似空間凍結魔法が刻まれており少々驚いた。だがこれならば確かに射出時この防護魔法に包まれていればなんの衝撃もないだろう。


『では行きます。3――2――1ッ!! ファストッ!!』

「ダーイブ!!!」


 職員の言葉に合わせてダミアンが叫んだ。え? 何それ決まりなの? すると巨大な筒の中に刻まれた術式が青く光り徐々に筒の先まで照らされていく。そして次の瞬間には俺たちは上空へ吹き飛ばされていた。驚いたのは回転もせず本当に立ったままの状態で射出したという事だ。通常弾丸などはまっすぐ飛ばすために回転しながら飛んでいく。


「大したものだね」

「本当ですね。ここまですごいとは思いませんでしたよ」

「いや、実際すごいのはあの職員だよ」


 あの一瞬である程度理解した。


「え、どういう事です?」

「この射出に使用する魔力は全部あの職員一人のものだ」

「えぇ!? 本当ですか? だってこれだけの魔法ですよ。どの程度魔力を使うか……」

「あの部屋を一通りみたけどすべて速度調整、射出角度調整、威力調整のための術式しかない。ましてやこの防護魔法に射出するために必要な術式はあったが、それらに魔力を送り出すための術式がなかった。恐らくスイッチを押して自動で発射という装置を作るためにはあそこ以上の広さが必要になるんだろうね。だから肝心な魔力を装置全体に流すという役割を職員の彼がひとりで行っていたようだ。それを補うためだろうけど随分大きな魔石を使っていた」


 そうあの時職員は叫びながら魔石が嵌めてある術式の上に手を置いていた。恐らくあの叫びは自分を鼓舞するための声なのだろう。


「魔力は魔石が補うとしても、きっと一回射出するだけでそうとうな精神力を使うだろう。それこそ10カロ以上全力疾走した後の疲労くらいはするんじゃないかな」


 魔力を魔石から引き出すのにもそれなりに技術は必要だ。小さい魔石なら何の苦もないが手のひらよりも大きな魔石となるとそこから魔力を引き出すだけでも一苦労だろうに。


「修行するにはいい場所だろうけど普通に働く場所じゃないよね」

「へぇ! じゃあ今頃あの職員の人は!?」

「寝そべっているか、疲労回復のためのポーションをがぶ飲みしているかのどっちかだろうね。このファストダイブって多分だけど職員も何人か死んでるんじゃないかな」

「ひーっひっひっひっひ!! 次から職員の顔ちゃんと見なくちゃ!!!」


 ダミアンは随分楽しそうに笑いながら俺の背にしがみついている。しかしその笑い方なんとかならないかな。




 


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