第4話 手がかり

 翌日の昼休み、俺は健也と日葵といつものように屋上で昼食をとっていた。なんだか朝から落ち着かない。


 昨日の健也の態度には腹が立ったものだが、そういったことはよくあることだ。翌日顔を合わせばいつも通り、俺が言及すれば、悪い悪いと軽く謝られて終わり。俺はそれでよしてるし、逆の立場であっても同じだ。男の友情なんてそんなものだと思う。いちいち固執したところでいいことがないのはわかり切ったことだ。


 それでは原因はなにか。もちろん美鈴のことだ。うん。思い出すだけでちょっと胃が……


「どうかしたの?和也」


 日葵が俺の顔を覗き込む。一緒にいるとあまり気づかないが端正な顔立ちだ。


「別に何でもないが……あっ、隙あり」


 チャンスだと言わんばかりににやりと笑い、素早くピンクの弁当箱へと箸を伸ばし卵焼きを口の中に放り込む。


「もう、なんで私の卵焼きとるの!」


「気を抜いてるのが悪いんだよ。まだまあだ甘いな」


「ふん。代わりにたこさんウインナー取ってやるんだから。おばさんのたこさんウインナー美味しいんだから、ねっ!」


 サッと俺の弁当箱へと箸を伸ばす日葵に、そうはさせまいと俺は弁当箱を握った左手をひょいっと持ち上げる。それを読み切っている日葵はグイっと体を持ち上げ俺の左手をつかんだ。


「はい。逃がしませーん」


「はー。しゃーないなぁ」


 俺は観念して素直にたこさんウインナーの差し出す。


「わかればよろしい」


 たこさんウインナーをほおばった日葵はご満悦な様子だ。それはそうと、


「ウインナーなんて誰が作っても同じだろ」


「たこさんウインナーは別だよ。おばさんの作った足はかわいいんだよ」


「そんなガチな目で言われてもなぁ」


 いつもは常識人である日葵だが、今のはさっぱりわからん。足がかわいいってなんだよ。


「俺が昨日作ったハンバーグの方がうまいぞ。肉汁が詰まっていてだな」


「えー、私おばさんのハンバーグの方がいい」


「くそ。生意気な奴目」


「そうだよ。生意気なやつなんだよ。それはおばさんに食べさせてあげるのが良い」


 優しくにこやかに笑う。うむ。大変手ごわい。


「ふぅー。やっと食えた」


 健也は満足げな顔で、パンを口に押し込みながらそう言った。


「お前らさっさと食えよ。俺はもう腹いっぱいだよ。いろんな意味で」


 幼い子供でも見るような目で健也がみてくる。


「あれ、健也は増量って言われてるんじゃなかったっけ」


 きょとんと日葵が首をかしげる。


「俺、ほら、マッチョだから」


 ここぞとばかりに右手の力こぶを見せつける。


「おーすごいマッチョマッチョ」


「もう少し心を込めて言えよなお前」


 苦笑しながら俺を見る。


「じゃあ、健也。筋肉見せて」


 日葵が健也の腕を触ろうとする。健也は反射的に腕を背中に隠した。


「い、今か!?今はダメだろ!まだ飯食い終わってないし!」


「まだっていつ食べ終わるんだい。一か月後?三か月後?」


 ここぞとばかりに健也がにやついてくる。


「お前ほんといい性格してるよな!」


「おーそういうことかー」


 これまたわざとらしく日葵がポンと手をたたく。


「ヤメテ。イジメナイデ」


 帰宅部の俺にどうしろっていうんだい。


 *


「あー疲れた」


 体育の授業が終わったあと、俺のクラスは更衣室で着替えをしていた。男子のみの空間。それはもはや無法地帯だ。だれだれがかわいいだの、あいつのパンツは今日は何色だっただの、昨日のおかずは何だっただの、言いたい放題だ。情報を集めるならこっちの方がいいだろう。


「なあ、学校の中での話だが、三石美鈴ってかわいいと思うか?」


 健也に話しかけるようにしながらも少し周りにも聞こえるような大きさではないす。


「お前またその話か」


 少しうんざりしたような顔をされたが、狙いは健也だけではない。


 おっ?何の話だ?と俺の二つ隣で着替えてたやつが話に加わろうとしてくる。こういった話に食いついてくるということはほかのどこかでも食いついており、ある程度情報通といえるだろう。


 もちろん、今度は事前に健也には変なことを言わないようにくぎを刺しておいたので、大丈夫なはずだ。健也は基本、空気の読めるやつだ。まあ分かっていながらふざけるようなこともするが………


 日葵にも美鈴の件について話そうとしたが、なぜだか健也にやめとけと注意された。昨日こそ健也の機能の言動に怒りを覚えさえしたが、普段はいいやつである。それなりの考えがあるのだろうか。正直に言ってより人間関係に慣れているのは健也の方だ。だから俺は素直に従っておくことにした。


「なあ、お前はどうだ?」


 俺がさっき反応したやつに向かって声をかけると、俺たちの輪ができる。


「三石美鈴ってこの学校か?あーなんか聞いたことあるような、ないような。どんなやつ?」


「栗色の髪した書道部かな」


「書道部かあ。そりゃ知らんな。俺は割とそっち系のアンテナは高いはずだが、たいていうわさに上がるのは運動部かきゃぴきゃぴしたやつだろ」


 ふむ。そういうものなのか。


「やっぱり外見だけじゃダメなのか?」


「そういう話じゃない。評判として広がっていくかどうかは広めるやつがいるかどうかだ。ほら、あっちで制汗シートで股間ふきながら腰振ってる奴いるだろ?あいつ先週隣の高校の女の子やり捨てしたらしいって話が広がってるだろ?」


 そう………なのか?


 健也の方を見るとうんうんとうなずいている。うわ、まじかよ。


「あいつが友達に話して、その友達が面白がって友達の友達に話す。そうやって話が広まっていくから、まずそのネットワークに引っかからないと話が回ってこないんだよ。あいつらの場合声がでかいっていうのも加算されるけどな」


「なるほど。だから健也は知ってるくちなのか」


「あー、知ってても何の得もないけどな」


 何とも微妙な表情をしながら健也は頭の後ろを搔く。


「それもそうだな。……じゃあクラスとかもわからないか」


「健也って野球部だったよな?女子とのつながりも割と広いほうか?」


「俺か?うーん。まあそうだな。それなりにほかの部活のやつの連絡先とか知ってはいる」


「じゃあすぐわかるんじゃないか?あまり目立ってないかわいい子ならそっちの方が断然いい」


「ネットワークってやつか」


「おうよ」


 すごい。一気に手掛かりが見つかった。それにしても健也のやつやっぱモテるんだな。そりゃまあモテるよなあ。しっかりとしまった肉体美を見つめながら深く感心した。


「おい。そんなじろじろ見んなよきもいぞ」


「すまん」


「にしてもすごいな。流石情報通」


「だろ?だからなんかわかったら今度教えてくれよな?いいよな?」


「うお。そんな食いつくなよ。わかったわかったから」


 どうやらただではないらしい。いろいろと勉強になる一日だった。

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高圧的な彼女は不意の出来事には弱いらしい しゅーめい @xsyumeix

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