第3話 再び
「なあ、三石美鈴って知ってるか?」
体育の授業、キャッチボールをしながら俺は健也に問いかける。
「さあ、聞いたことねえな。芸能人か?」
ぱすっ!という子気味のいい音を立てて俺のグローブの中へとボールが収まる。
「この学校の生徒だと思う。結構美人だ」
大きく振りかぶりそのまままっすぐにボールを放つ。
「おっ、なんだ女の話か?珍しいなお前にしては」
「そういうんじゃない。なんか突然あってな」
俺たちの間を行ったり来たりとするボールを正確にコントロールしていく。
「さあどうだか。そんで?」
「お前知ってないかなとか思って聞いてみただけだ」
「逆に気になるなそれ。おまえにもついに春が来るってか。めでたいこった」
「………」
「はっ?マジで言ってんの?一目惚れか?」
「ちがう。どっちかっていうとその逆だ。相手の方が俺に気があるかもしれない」
「そりゃ最高におもろいジョークだな。流石に不意打ちだったわ」
「ほんとなんだって」
「んなわけあるか。お前俺たち以外と大した接点ないだろ。どうしてそんなお前がモテるんだ?」
「ほら、顔とか?」
俺はここぞとばかりに決め顔をする。
「やべー。マジで腹いてえ」
なっ………ちょっと傷つくな………
「まあ、そうだよな。普通に考えてありえないもんな」
「いや、そんなことはねえと思うけどな」
「は?どういうことだ?」
「あいつの友達にお前のこと好きなヤツがいるんだよ」
「まじで?誰だそいつ」
「いや嘘だ」
「しょーもな!」
「おい!もう少しコントロール考えろよ。取りいくのの大変なんだぞ」
「真面目な話してんだこっちは」
「じゃあその真面目な話ってやつだけどよ、多分お前には無理だ。諦めるのが賢明ってもんだ」
「なんでだよ」
「だってお前が惚れられる理由がわかんねえからな。そもそもお前が他人に興味持つことが奇跡に近い」
「いや、俺はお前とは違うぞ。それなりにかっこよくて運動神経抜群で野球に打ち込んでるお前とは全く違う」
「急に気持ち悪いこと言いだすなよ。寒気すんぞ」
「そこそこ持てるくせに全く女子に興味のないお前とも違う」
「俺がそっちみたいな言い方辞めろ。誤解されるだろ。それよりお前女に興味あったのか」
「まあ人並みにはな。可愛い女の子に興味を持つくらいはするぞ」
「はいはい。過言だったな。だとしても気があるかもってのは勘違いだと俺は思うぞ。証拠でもあんのか?」
「あーそれが怒らせちゃったんだよな。もう嫌われてるかもしれん」
「やっぱ嘘だったんじゃねーか」
「ちがうって。少なくとも俺に話しかけてくる時点でそれなりに興味があるってことだろ」
「まだ続けんのかそれ。まあ分かったって。じゃあ放課後そいつのこと探そうぜ!どうせ今日部活休みだからよ」
「ああもちろん。実在するってこと見せてやるよ」
*
放課後、俺と健也は学校中を探し回っていた。
「なあ、本当にいるんだよな?お前の強がりとかだったらもう笑えないぞ」
本校舎を探し終わり特別棟も半分を探し終わった。
「部活をやってるはずなんだ。俺があったのは昨日だからな」
いつもではないが野球部の練習が終わるのを待って下校する。話が盛り上がったとかどこか食べに行くとかそういった不定期なものだ。そうでないときは基本日葵と二人で下校となる。
「じゃあ今日は偶然オフってことか?また探すのはごめんだぞ。それに今日はたまたま日葵が用あるってだけで……」
「いた」
文句を垂らす健也を遮り、俺はついに探していた少女を発見する。
「えっ!?どこ?どこにいんの?」
「あそこ」
俺は特別棟の隅にある書道室の扉の窓の向こうを指す。その先には凛としたたたずまいに筆を構えている栗色の少女の姿があった。
「はぁ?あんなところにか?あれが……三石さんか?」
「そうだ。やっと見つけた」
「はへー。確かにこりゃかわいいな。でもおかしくないか?これだけかわいかったら噂にもなるはずだろうけどな」
しげしげと彼女のことを眺める健也は感嘆の声を漏らす。
「そうか?俺はよくわからんが」
それはお前には必要のない話だからな。と小声でぼやきながらドアを開ける。
「おい、何するんだ?」
今回の目的は三石美鈴という人物が実在するということだけで十分だった。俺としても仲直りをできるものならしたいものだが正直言ってまだ心の準備ができていない。
戸惑う俺を無視し、俺はそのまま部屋に入る。
教室の半分ほどのスペースに様々な種類の道具や紙などが散乱している。壁には達筆で何かが書かれた半紙の束がかけられていた。
彼女は椅子に座り、真剣な表情で目の前に置かれた半紙に向かって一心に何かの文字を書いている。
その手元にはこれまた達筆な文字があった。遠目からであったが、かっこいいと自然に思ってしまうような、そんなはっきりとして力強いでありながらもどこか繊細さを感じさせる字であった。
「なあ、あんたが和也の知り合いっていう三石さんか?」
「な、ちょい、健也!」
「…………」
美鈴はまるでこちらの話に気づいていないかのように黙々と作業を続けた。
「なあ……ひっ」
もう一度声をかけようとする。そんな健也のことをキリっと厳しい眼差しで美鈴がにらみを利かせた。
「あ、えっと、悪い。違うよな。なんか邪魔しちゃったみたいで。ほら、こいつが変なこと言うから気になっちゃって」
健也はバツが悪そうな顔で頭を下げる。
おい、俺のせいにするなよ。突っ込んでいったのはお前の方だろ。俺はなんも悪く
ないみたいな顔辞めろ。
なんて隣でキレようかとも思ったがそうはしなかった。
健也と同様、俺もさっきの眼差しが怖くて言い出そうにも言えなかったというのが事実だ。
「………らない」
「えっ?」
美鈴は顔を上げて今度ははっきりと、
「私、知らないわ。そんな人知らない」
それだけ言うと彼女は再び視線を落とし、筆に墨を付け始めた。
「それと、ここは書道室。静かにして。迷惑だわ」
冷たく言い放たれたその言葉を最後に俺たちは思わずぞっとすると同時にいそいそと書道室を立ち去る。
いったいどうなっているんだ。
「おい!お前やっぱり嘘だったじゃねーか!めっちゃ怖い思いしたぞ今!」
扉を閉めて声を殺し俺に詰め寄ってくる。
「お前が勝手に進めたからだろ!何してくれてんだ!あとほんとに嘘じゃねぇ!」
俺はまだ何か言っている健也のこと話無視し、思考をめぐらせる。
あれは昨日の出来事だし、本当に忘れたってことはないだろう。健也が怒らせたか?それとも俺が怒らせたことをまだ引きずっている?
……断然前者の方が可能性が高いと思うが………。
関わらずに済むならもう関わりたくないと思うがあれだけ冷たくあしらわれたというのも気がかりだ。昨日の彼女の様子からは到底考えられない豹変ぶりである。さらにはこのまま健也誤解されたままというのは何とも腹立たしい。
どちらにせよこのままではダメなのは間違いないだろう。
正直なところ、あの様子だと彼女がまた話を聞いてくれるかどうかは怪しい。
この問題を解決するためには……やはり話すしかないのか……。
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