5-1

 日曜日の昼下がり───。

 川瀬家の四人は荒木町の駿佑の部屋に集まっていた。小さな座卓を囲んで、ベッドを背にソファーに父と母が座り、その真向かいに駿佑、右の窓際に悠佑が座っている。家族全員が一同に会するのは実に三年ぶりのことだった。玄関先で駿佑と久しぶりに対面した両親は、その変わりように驚きを隠せなかった。父はいつもと変わらない様子で、少し瘦せたな、とつぶやくように言ったっきりだったが、内心ではそのあまりの変わりように激しくて動揺していた。その横に立っていた母も、駿佑の様子を見て思わず両目に涙を浮かべていた。

 「一昨日、悠佑が家に帰ってきた。そこで大方お前のことを聞いた…。お前、今会社でどんな感じなんだ? お前の口から、もう一度ちゃんと聞かせてほしい」

 父がゆっくりと顔を上げ、こう切り出した。

 「……わかった。入った時のことから、何があったのかちゃんと話す」

 駿佑は父と母の目を交互に見て、ゆっくりと話し始める。

 「……入った当初から、かなり厳しい会社ではあった。営業に配属されて、毎日無茶なノルマ押し付けられて、それができないと怒鳴られたり机やイスを蹴られたりが日常だった。半年経つ頃には同期は半分になってたよ。それでもがむしゃらに毎日頑張って、歯ァ食いしばって、どうにか一年過ぎた辺りから徐々に結果を出せるようになって、それでそういった状況は少し改善された。それからは日々の仕事は本当に流れ作業だった…。相変わらず時たま上司から理不尽に怒られることもあったけど、もはや感情を殺して仕事をしてたから大して傷付くことも少なくなってたし、上司の理不尽をかわす方法も学習してきたから、もうそれほど苦痛なことではなくなってた…。それにオレはまだ仕事ができる方だったから、どちらかといえば状況は他の社員よりマシだったんじゃないのかな? 二年経つ頃には上司にもまあまあ信頼されるようになった。まぁ、今思えば、それは『使えるコマ』っていう意味の信頼だったんだろうけどね。とにかく、そんな風に何も考えず、黙々と仕事をする生活を何年も送ってた」

 自嘲気味に笑った駿佑の顔が曇る。

 「そんな状況が変わったのが今年の三月の人事異動の時。ある日上司に呼び出されて、『四月からの新規プロジェクトを君に任せたいと思う』って言われた。そんな話聞いたことなかったけど、その場で企画書見せられて、すぐにかなり規模の大きいものだってのは分かった。率直に言って、マジで嬉しかった。自分を信頼して大きな仕事を任せてくれようとしてる。自分がこれまでやってきた仕事もムダじゃなかったんだ、って思った。だからその提案を引き受けた。それで四月付け昇進することになったんだけど、四月の半ばには雲行きが怪しくなってきた。フタを開けてみると、ものすごくずさんな計画だった。それで上司にそのことを追及したんだけど、はぐらかされて、『お前に任したんだから自分で何とかしろ』の一点張りで取り合ってすらくれなかった。それでも食い下がって、何回も訊く内に怒鳴られるようになった。放任してるはずなのに指示だけは下りてきて、しかも下りてくる度に二転三転するから、毎週のように無駄な変更をさせられてた。さすがにこの頃になるとオレも怪しさにぼんやりと気付き始めた。それまでもこういう無茶苦茶なことは何回もあったけど、今回のは明らかに異常だって思ってた。そう思い始めたある日、偶然上司が誰かと話しているのを盗み聞いたんだ……」



 

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