4-1
「悠、ご飯食べる?」
「ん───」
肩をゆすられて、悠佑は眠い目をこすりながら身を起こした。
「今何時?」
「二時を少し回ったとこ。シャツのまま寝るとシワになるわよ」
「ご飯何?」
「親子丼よ。あなた好きだったでしょ?」
「うん」
「じゃぁすぐに仕度してくるわ。それと、何か別の服に着替えなさい。タンスの中もそのままにしてあるから」
「ありがと」
母が一階へと下りていく。悠佑はベッドから立ち上がり、タンスの引き出しを開けた。残っていた服は高校時代に着ていた物がほとんどで、下にいくほど新品になっている。適当に新品そうな黄色のTシャツを引っ張り出し、それと紺のスウェットのズボンに着替えた。黄色など普段はまず着ない色だから、姿見に映る自分の格好がひどく珍妙なものに見えた。
悠佑は自分の部屋を改めて見回した。家具は勉強机にベッド、タンスと小さな本棚、一人用の座卓があるぐらいで、すぐ右隣にある弟の部屋もこれとほとんど変わらない配置になっている。
悠佑は自分の部屋を出て、弟の部屋の扉を開けた。鮮やかな空色のカーテンが一際目を引く。悠佑の部屋に比べ、やたらと物が多い。無断で入ることに一抹の罪悪感を覚えたが、まぁ言わなければバレないだろう。悠佑は適当に本棚にあった漫画を一冊手に取る。同じ本棚でも悠佑のとは違って、並んでいるのは漫画ばかりだ。その他に高校や専門学校時代の教科書が少しある。本棚のすぐ脇の勉強机にもたれかかって、パラパラとページをめくっていく。
漫画を飛ばし読みしていると、ふと本棚の上に置かれた写真立てが目に入った。その写真立てを手に、悠佑はベッドの上に大の字に寝そべる。全身の力を抜き、大きく深呼吸をしてみる。自分の部屋とよく似ているが、やはり匂いが違う。写真立てについたホコリを指の腹でそっと拭う。中に入っている写真は、悠佑が高校を卒業する時に撮ったものだ。桜の木の下で、学ラン姿の悠佑と駿佑が肩を組んで写っている。その写真を、悠佑は長いこと見ていた。様々なことが悠佑の頭の中を駆け巡る。しばらくして、階下から母の呼ぶ声が聞こえた。
「とりあえず、録音は確認した」
「そう…」
「まず第一に、お前達はもう社会人だから、父さん達はあまりとやかく言うつもりはない」
帰ってきた父は着替えもせずに食卓につくなり、開口一番、母の予想通りのことを言った。
「ただ、…今回の状況が状況なだけに、父さん達も少し口出しさしてもらう。駿に会ってみないことには断言できないが、やはり兄のお前がそこまで言うってことは、今の会社は辞めるべきなのかもしれん。限界まで追い詰められると、人間は正常な判断ができなくなるからな。ただ、まだ今の日本でも業種によっては、転職するってことにいい印象を持たない人間も多い。父さんは真っ向から否定する気は全くないし、自分の体の健康を犠牲にしてまで仕事すべきではないと思ってる。こういう時は世の中にはもっと悪い環境で働いてる人もいる、とか人と比べてる場合じゃない。逃げるが勝ち、だ。けれど、これだけは言っておく」
父が語勢を強める。
「……その後の身の振り方はある程度決めてから行動しなさい。まぁ、会社を辞めて一月ぐらいはゆっくり休むにしても、その後はやっぱり何でもいいから定職に就くべきだと思う。駿の年齢で特段抜きん出た技能を持ってないのであれば、変にブランクを作ると次の仕事に就くハードルが上がってしまうと思う。まぁ、それさえ守ってくれれば何も文句はない……。やはり親としては子どもが笑って健康でいてくれることが一番の望みだからな。けど、まだまだ人生は長い。これからも仕事はしていかなくちゃいけない。その辺の折り合いを上手く考えていくべきだとは思う。まぁ、歳の功ってやつで、伊達にお前達より長生きしてるわけじゃない。お前達とはまた違う視点を持っているだろうから、また困った時はまた相談してくれ。とりあえず、週末は時間取れそうだから、明日明後日にでも東京いく。そこで改めて駿の意見を聞いて、皆で話し合って決めよう」
「駿は日曜日の方が都合がいいって言ってた」
「わかった。なら日曜日に」
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