3-1
県境が近付くにつれて、段々と霧が濃くなっていく。ハンドルを握る悠佑の手にも、自ずと力が入る。
ここから二十キロほどは、曲がりくねった道が続くのだ。
濡れた路面と前方に注意しつつ、悠佑は慎重に走っていく。緩いカーブを描く見通しの悪いトンネルを抜けたかと思えば、またトンネルである。見通しの悪いトンネルを何本か抜け、ようやく最後の長い下り坂に差しかかった。ここから五キロ余りは、右へ左へと蛇行した長い下り坂が続くのである。霧はもうすっかり晴れていたが、路面はしっとりと濡れている。速度が出やすい状況だけに、悠佑は先ほど以上に細心の注意を払ってハンドルを握っている。
この長い坂を下った先にちょうどSAあり、悠佑は初めからそこで休憩しようと決めていた。首都高の渋谷から乗って、だいたい一時間ちょっとといったところだろうか。まだ半分も来てないが、この後は新東名に乗り換えて、ひたすら真っ直ぐ進むだけだ。一番の難所を乗り越えたから、悠佑はもう目的地に着いたも同然の気持ちでいる。免許を取ってすぐの頃からはだいぶ上達したものの、悠佑は未だに運転がそこまで得意ではない。今日だって首都高の合流が怖くて、神谷町の自宅のすぐ近くに芝公園の入口があるのに、わざわざ渋谷まで下道を走ってきたぐらいなのだ。SAが近付いてきたことを示す標識を見て、悠佑は思わずホッと胸をなでおろした。
悠佑は足柄のSAで缶コーヒーを買って一服した。腕時計に目を遣ると、もう四時半である。もう既に空がほんの少し白み始め、山々の稜線がはっきりとわかるぐらいである。西の方角に目を向けると、薄暗い空の下、雄大な富士がどっしりとそびえ立っていた。雲一つない瑠璃色の空だ。思わず悠佑はその光景をスマホで撮影する。その間にも瑠璃色だった空が少しずつ白くなっていく。
もうすぐ、夜が明ける。
そのまま車を走らせ、悠佑が実家に着いたのは、朝の八時過ぎだった。家の門を開ける時に感じたのは、長旅の疲れや懐かしさよりも言いようもない緊張感だった。門を開け、呼び鈴を押す。自分の家なのに呼び鈴を押すことに、悠佑は少しだけ戸惑いを感じた。
「はーい」
快活な母の声に続いて、玄関に駆けてくる音が聞こえる。昔と少しも変わらない声だ。
「あら、悠佑じゃない」
「ただいま」
扉を開けた母は、思いがけない来訪者に目を丸くする。悠佑には見た目はさして変わらないように見えたが、前回帰った時に比べて一回り小さくなった気がした。
「どうしたのよ。連絡もしないで朝早くに帰ってきたりして…」
「ごめんね急に」
「いいのよ別に。ここはあなたの家なんだから。さ、入って」
悠佑は革靴を脱ぐ。
「なんだ、悠佑帰ってきたのか?」
廊下を歩いていると、居間の方から父の声が飛んできた。そのまま母の後について居間に入ると、食卓で父が朝食をとっている所だった。
「お前、仕事はどうしたんだ?」
「有給取った」
「悠佑、朝食は?」
居間と一続きになっている台所から、母が声をかける。
「まだ」
「ま、座りなさい」
居間の隅に突っ立っていた悠佑に、父が食卓のイスを指差す。
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