第107話 触手令嬢、技名を叫んで殴る
はぁ、はぁ、はぁ……
ようやく、ようやくですわ! わたくし、やっとヒロ様のところへたどり着けましたわ!
会長の生み出したワープホールに、おじい様が超弩級汎用決戦兵器……もとい魔鍵解錠装置を施し、そこへわたくしが物理で触手をぶちこみ続けて数十分。
その間にも、ヒロ様はボロボロになり続けていました。いえ、確かにカスティロス伯爵により傷の治療はなされていたのですが――
伯爵の口から直接明かされた真相と、ユイカ様への妄執。それは間違いなくヒロ様の心をボコボコに打ちのめしておりました。
自分の息子や家族をこれほどまでにあっさりと見捨て、軽々とヒロ様を自分のものにしようという、とんでもない輩――
その話を聞いている間、おじい様は血が出るほど両拳を握りしめていました。誇張表現でも何でもなく、実際に血が滴り落ちるレベルに。
もしおじい様があの場にいたら、一瞬で伯爵は殴り殺されていたに違いありません。爵位の違い? いやもうそんなもの関係なく。
そして至極当然の結果として、カス伯爵は息子たるクズンに刺された。
まさに自業自得もいいところですが、さすがにここまでのカス親だとはわたくしも想像できませんでした。このわたくしがあのクズンにさえ、わずかに同情の念がわいてしまったレベルですから。あくまでほんのわずか、0.01ミリほどですけどね!
わたくしは完全に元の触手に戻ってしまい、装置が発した高熱により大事なお肌も少々煤けてしまいましたが――
それでも、ヒロ様の心と身体へのダメージに比べれば塵の如きものです。
「ルウっ!!」
わたくしの到着を確認した途端、ぱあっと笑顔になるヒロ様。
勇者としての力を発動し、懸命にレズンを押さえ込んでいるその姿はとても健気で勇ましいですが、同時に痛々しい。
可愛らしい顔はアザだらけですし、上半身はほぼ裸。左腕を中心に包帯ぐるぐる巻きにされた上、その包帯の間からはまだ血がじわりと滲んでおります。
深緑をベースにしたチェック柄がオシャレだったズボンも、あちこち裂かれた上に泥まみれ。あぁ、血まみれの細い素足が裂け目から見え隠れしているのが実に艶っぽ
……いやいやいや、それどころではございません!
そんなヒロ様を、こともあろうにまたしても組み伏せようとしているクズン……
わたくしはヤツの背中めがけて、思い切り全触手を一斉に伸ばしました。
ヒロ様、大丈夫です。今お助けいたします!
「!」
しかし――
わたくしの触手がレズンの背中に激突しようとしたその瞬間、何故か触手は謎の力で叩き払われてしまいました。
レズンの全身を覆っている、紫色の謎の靄によって。
「!?
この力は……!」
一旦後方に飛び退き、わたくしは状況を見据えます。
その時、ヒロ様が叫びました。
「ルウ、油断するな!
レズンは母親に乗っ取られてる!!」
母親――つまりあの、魔妃の末裔・レーナ。
レズンを使ってわたくしを操り、ヒロ様を苦しめた、全ての元凶!
何となく状況は察しました。先ほどからレズンの言動がどこかおかしいと思っていましたが、そういうことですか。
それでも――わたくしのやることは一つです!
「そちらがそう来るならば……遠慮なく、攻撃させていただきますわ!!
わたくしの超必殺技・嬢熱苛烈ハリケン百叩き!! 喰らいなさ~いッ!!」
そう叫んだ瞬間、わたくしは力いっぱい、レズンを包んでいる靄への攻撃を開始しました。
全ての触手が嵐の如く唸り、相手をボコボコにビンタしまくり圧倒するこの技は、とっておきの必殺技です。
闇の靄をものともせずにレズンへ突っ込んでいった触手たちは、そのままレズンを四方八方から一方的にぶん殴り始めました。
何とも哀れなことに、ピチピチ跳ねる触手の良いサンドバッグにされまくるレズン。
あまりのわたくしの勢いに、ヒロ様は一瞬ぽかんと口を開きながらも慌てて叫びました。
「だ……駄目だルウ!
レズンを傷つけちゃ!!」
あら。この技、ヒロ様の前では初披露でしたか。
でも心配は無用です。
「だいじょーぶですわ、ヒロ様!
この技はわたくしの並みならぬ努力の元、絶対に人間に致命傷を与えないようになっておりますから♪」
「そ、そうなのか?」
「そう、見た目の割にそこまで激しいダメージはないのです。
少なくとも、クズンのクズ父がやらかした暴力よりは、ずっとマシなはずですよ」
これはホントです。そもそも触手族は他者を、自身の趣味の範囲を超えてまで、かつ、命に関わるレベルまで傷つけてはならぬという鉄の掟があります。
その掟を死守する為、わたくしが幼き頃から修行を重ねて生み出した技。それがこれです!
「だから安心してくださいまし。
今すぐにあのゲス親を、クズンから引き剥がしてみせますので!!
さぁ、クズンから出ておゆきなさい! ゲス魔妃!!」
わたくしはさらに触手の勢いを強めます。
すると次第にレズンの動きは鈍くなり、同時に靄もその身体から離れはじめました。
ヒロ様は魂術の光をレズンにかざしながら、必死で叫びます。
「ルウ……お願いだ。レズンを助けて!
母親に操られて、こうなっちゃってるんだ。お願いだよ!!」
ここまで来てもなお、レズンを救おうと懸命なヒロ様。
最早、健気の度を超えていると言ってもいいでしょう。わたくしとしてはカスティロス家全員まとめて、触手でボコボコにして市中引き回しの刑に処したい気分でいっぱいです。
これまでの話から推測する限り、ヒロ様、そしてその母ユイカ様にとって、この一家はまさに呪い。世代を超えてヒロ様とユイカ様に執着し、その意思を無視して自分のモノにしようとするとは。
なのにヒロ様はその事情を知ってもなお、レズンを助けようとする。
いえ――事情を知ったからこそ、彼に手を差し伸べようとしているのかもしれません。何故って……
ヒロ様はやはり、勇者ですから。
「レズン……目を覚ませ!
お前の意思は、誰のものでもない! お前のものでしかないんだから!!」
そう絶叫しながら、魂術の光をかざし続けるヒロ様。
傷ついた左腕は力尽きたのか、だらんと肩から垂れさがってしまっています。それでも右腕だけを必死で伸ばし続けるヒロ様が、何とも愛おしいやら痛ましいやら。
魂術のエメラルドの輝きの中、傷ついた白い素肌が艶めかしく煌めき、裂けたズボンの裾も風圧ではためいてその内側がちらちらと
――いや、もうこれ以上はやめておきましょう。わたくしの気が狂ってしまいそうですわ!
わたくしの必殺・嬢熱(以下略)百叩きと、ヒロ様の勇者の光。
それが次第にレズンから、魔妃の靄を追い出していき――そして。
「ぐ……
うぐわぁあああぁあああぁあっ!!」
酷く醜い雄叫びをあげながら、レズンは遂に床へと崩れ落ちました。
同時にその身体からふわりと、黒い靄も宙へと脱け出していきます。
それを見て少し安心したのか――
ヒロ様もがくりと、両膝を折ってしまいました。
「うぅ……
も、もう……限界……かも……」
「ひ、ヒロ様!!」
そのまま倒れかかるヒロ様を、慌てて全触手で抱き止めるわたくし。
あぁ、この血と汗と泥の匂い。そして触手に直接吹きかかる激しい息づかい。何よりこの生肌の感触……
これだけでも辛抱たまりませんが、そんなヒロ様はわたくしの触手の中、ゆっくりと顔をあげて目を開き、わたくしを見つめてくれました。世界一美しい、エメラルドの瞳で。
「あぁ……ルウ。良かった……
お父さんから、許されたんだな」
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