第102話 触手令嬢、久々の出番


 ヒロ様がどうなっているのか、皆目不明のままですが。

 わたくしルウラリアは、ようやくカシムの拘束から解放されました!

 やはり、さすがはロッソ会長の説得。カシムの必死の謝罪を通じて、父上も納得していただけたのでしょうか――

 わたくしの拘束『銀晶の鳥籠』は、思ったよりあっさりと解除されました。



 そしてわたくしの解放の直後、会長とおじい様は光の速さで中庭に移動し、特殊術式を展開。

 勿論、例の『迷いの水晶森』に直接風穴を開ける為の空間術式です。

 とはいえ、普段は人の立ち入りが禁止されている領域。つまり、カスティロス家以外の人間が容易に踏み込むことは許されない。

 許される人間がいるとすればそれは恐らく、カスティロス伯爵か、それこそ例の魔妃の末裔・レーナに認められた者でしかないでしょう。

 森へ強引に囚われたヒロ様はともかく、わたくしたちの侵入はちょっとやそっとでは絶対無理です。



 それでも会長とおじい様は協力し、非常に大がかりな術式を編み出していました。

 会長の膨大な魔力で森へのワープホールを作りだし、おじい様の作り出した最新の魔鍵解錠装置で封印を突破する。

 その中心にわたくしの触手をぶつけることで、圧倒的火力で強引に森へとワープする。

 それが今回の、ヒロ様救出作戦です!



 会長の魔力が凄まじいのは周知の通りでしたが、おじい様の持ち出してきたこの解錠装置も凄まじい。

 最初見た時は、自走砲だの魔戦車だのレールガンだの超弩級攻城兵器だの全領域汎用支援火器だの、そんなワードが頭を駆け巡りました。

 ちなみにこのような装置、普段は屋敷の地下に隠しているそうです。

 さらに言うと他にも、様々な機動兵装的な何かが多数あるそうな。ロマンすぎます。


 しかし、やはり森にはレーナによる強固な封印が施されているのか。

 会長の魔力を、おじい様特製の魔大砲――もとい解錠装置に集めてぶっ放しても、どうにもならず。

 そこへわたくしの触手を思い切り叩きつけても、ほんの少しワープホールの向こうが揺れるだけ。まるでゴムまりのように、触手が跳ね返されてしまいます。


「うぅ~、じれったいですわぁ!

 どうしてこの結界、こうも固いんですのぉ!?

 固いというか、まるで弄ばれているようで腹が立ちますわ!!」


 思わず地団駄を踏むわたくし。

 ちなみに触手で思い切りぶん殴る為、わたくしはすっかり元の触手形態に戻っております。

 お庭の、それもある程度広いスペースに移動していただいて良かったですわ。そうでなければわたくし、イラだちのあまり床を踏み抜いていたかも知れません。


 それでも会長もおじい様も、決して負けませんでした。

 ようやく小降りになってきた雨の中、会長は両手に再び魔力を集中させて結界に挑みます。


「ルウさん、諦めるな!

 さっきカスティロス家で試した時よりは、ずっと手ごたえがあるよ!」


 そ、そうなのでしょうか。だったら良いのですが……

 でも確かに言われてみれば、思い切り触手を叩きつけるたび、ワープホールの向こうの光の揺れが心なしか大きくなってきている気もします。

 おじい様の用意した大出力連装エネルギー砲――もとい解錠装置も、先ほどから何度となく膨大な火線をワープホールへ放ち続けております。

 最初は屋敷どころか、街が一撃で吹き飛ぶかというほどの威力でビックリでしたが、早くも慣れてしまいました。まるでエネルギーの殆どが結界に吸収されているかのようです。

 装置が若干煙を吹いておりますが、おじい様は一向に気にしません。


「そうとも、さっきは何をやっても霞を掴む如きで、ウンともスンとも反応がなかったからのぉ!

 こうして少しでも反応があること自体、大進歩ぞ!!」


 ソフィもスクレットもカシムも、展開された術式のあまりの威力に震えながらも、しっかり見守ってくれています。勿論安全の為、ちゃんと屋敷の中に避難しながらではありますが。


「ルウラリア様、旦那様、ロッソ様……どうか一刻も早く、ヒロ様を!」

「ガンバレー、もうちょっとだぜルウ! 多分!!」

「お嬢様、いざとなればエスリョナーラ王に直接お越しいただくことも考慮に入れたほうが……!」


 皆の声援で、わたくしの触手にも再び力がみなぎります。カシムが何気にとんでもないことを言っていますが。

 とにかく――ヒロ様を救い出す。

 その一点のみに意識を集中させ、わたくしは再び触手をエイヤと振り上げました



 ――その時。

 ほんの少し、見えたのです。

 淡い光が水のように揺れるワープホールの向こうに、ヒロ様の姿が。



 しかも誰かに抱えられながら、ベッドに寝かされている姿。

 まるで水の中の光景のようで、そこまではっきりとは見えませんでしたが

 ――確かに、数時間前までここにいたはずのヒロ様と同じ、高等部の制服姿です。

しかし……


「ひ、ヒロ様!?

 な、何故、ほぼ半裸に近い状態までボロッボロのドロッドロなのでしょう!!?」


 衝撃のあまり、思ったことを脳をほぼ通さずそのまま叫んでしまいました。

 美しかった半袖の白いワイシャツは泥まみれ、しかも胸元も袖も大きく引きちぎられ、見る影もありません。

 さらに言うと、雨に打たれたのか全身ずぶ濡れ。身体にぴったりくっついたワイシャツから肌や下着が透けて……

 うぅ、ボロボロの水兵服も最高でしたが、清楚なワイシャツがボロボロになった姿も最高の高。どちらも甲乙つけがたいですわ!! 

 ズボンも裾からかなり破れて、裂け目から太ももがチラチラ見えているのも

 ……って、言っている場合ではありません!


 しかもよく見ると、ヒロ様の左腕はかなり広範囲が赤く染まっているように見えます。あれはまさか……出血?

 あぁ、せっかく治りかけていた傷がまた開いてしまったのでしょうか。


 そして、あの可愛らしいお顔まで殴られたのか、頬が赤く痛々しく腫れあがっております。

 今すぐにでも全触手をその服の中に差し入れて、全力で抱きしめて癒して差し上げたい!

 そう思うとたまらなくなってきましたが、残念ながらあのボロボロヒロ様はワープホールの向こう側。

 これほどもどかしいことがあるでしょうか。愛しのかたの超絶えっちなボロボロ姿を目の前に晒されながら、何も手が出せないとは。まさに悪魔の所業ですわ!!



「どうしたんだい、ルウさん?

 もしかして、ワープホールの向こうのヒロ君が見えたとか!?」


 呆然としてしまったわたくしを呼び戻すような、会長の声。

 それで何とかわたくしは我に返りました。いけない、またしてもヒロ様ご自身のあの魅力にやられてしまっていました……


「会長、その通りです!

 ほんの少しですが、ヒロ様のご様子が!

 恐らく幻ではなく、今のヒロ様がそのまま見えているのだと思います!!」

「なんと……!?」


 おじい様も慌てて振り返ります。


「それで、他には誰が!?

 まさか、あのレーナ・カスティロスが直接……?」


 思わず声を荒げるおじい様。

 ようやく救出したと思った可愛い孫がまた囚われて怪我をさせられていると聞いては、そうなって当たり前でしょう。

 わたくしも懸命に目を凝らし、ワープホールの向こう側を観察しました。


 確かに、ヒロ様の他に誰かがいます。

 結構背丈のある、大人の男性のような。

 女性ではありませんし、子供でもない。そこまで強い魔力も感じません。

 わたくしの視界からではその男性は背中しか見えず、顔もよく分かりませんでした。

 ただ――


 その男性はどういうわけか、ひどく優しげにヒロ様の手当てをしていました。

 ヒロ様の髪をそっと撫ぜながら、慣れた手つきで傷の消毒をしているようにも見えます。


「お医者様でしょうか?

 恰幅の良い男性が、ヒロ様の手当をしておられます。

 しかし何故、人の立ち入りが容易でない森に、お医者様が

 ――あっ!!」


 思わず頭を上げたわたくしは、おじい様と目が合ってしまいました。

 おじい様の表情が物語っています。わたくしの想像が、妄想でも何でもないと。


「ルウラリアよ。恐らく、其方の想像通り――

 その男は、カスティロス伯爵。レズンの父親じゃろう」


 普段からは考えられないほど、痛ましく顔を歪めるおじい様。

 そう――サクヤさんも言っていました。レズンの父親カスティロス伯爵は医術に長け、それで家は潤っていたと。

 そしてあの森に普通に足を踏み入れられる者はごくわずか。カスティロス家の者と、彼らに許された者のみ。


 間違いありません――

 ヒロ様を手当しているのは、カスティロス伯爵。

 そして伯爵はかつて、ヒロ様の母・ユイカ様に恋心を抱いていた。

 ということは――



 とんでもない事態になりそうな予感がビンビンしてきました。

 おじい様が歯をぎりっと噛みしめながら、再び解錠装置に挑みます。


「あの男は恐らく、ヒロにユイカを見い出しておる――

 このままではまずい。何としても早く、この結界を突破するぞ!」


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