第97話 少年、触手令嬢を想う

 

 ヒロには、信じられなかった。

 レズンが――自分に抱いていた感情が、まさかそういう……



 告白された瞬間は、にわかに意味が掴めなかったヒロ。

 しかし無理やり抱き寄せられ、唇を奪われかけた時、ようやく分かった。

 レズンの真意。そう――それは、彼の言葉そのまま。



 レズンは、ヒロが、好きだから。



 信じられない。信じたくないけれど――

 そうだとすれば、疑問だったことの全てが繋がってくる。

 レズンがやたらと、俺の身体に触ろうとしていたのも。

 服を破って、恥ずかしい恰好にさせようとしていたのも

 ――レズンが他の生徒を使って、俺を嵌めたのも。



 身体中を這いまわり、欲求を露わにするレズンの舌。

 その感触が、否が応にもヒロに、現実を教えていた――

 レズンの告白は、間違いなく真実だと。


 きっとレズンは、そんな自分自身を認めたくなくて……

 だから、俺に当たってたのか。レズン自身が言っているとおり。


 そんなレズンの想いを分かっても、ヒロは容易には受け入れられない。

 それは相手がレズンだろうとそうでなかろうと、同じだ。こんな告白、すぐに答えなんて出せるわけがない。


 何より――

 レズンの唇が迫るたび、脳裏をよぎったのは。



 ――ヒロ様。ヒロさまぁ~!

 わたくし、ヒロ様をいつも、いつまでだってお慕い申し上げておりますわぁ~!!



 ルウラリア・ド・エスリョナーラ。

 あのおかしくも愛おしい触手令嬢の、可愛らしい笑顔。そしてあまりにも真っすぐに告げられる、強い想いのこもった言葉の数々だった。



 ――わたくし、ヒロ様と運命を共にする者ですわ!

 ――良かった! 可愛いと仰ってくださって~!!

 ――いいえ、痛いはずです。少なくとも、ヒロ様の心は。

 ――ヒロ様。きっと、ずっと、泣けなかったのでしょう?

 なら、いっぱい泣いてください。わたくし、ヒロ様の涙も鼻水も、全部大好物ですから!


 ――ヒロ様、貴方の全てが大好きです!

 一生愛しておりますぅ~~っ!!!



 いつだってルウは、俺を無条件で抱きしめてくれた。

 鬱陶しいし、うるさいし、しつこいし、おかしなイタズラも散々やってくる変な生き物。

 それでも――ルウはどこまでもまっすぐに、俺を好きだと大声で叫び続けて。

 いつだって俺のそばにいてくれて、俺を守ってくれた。

 俺が傷つけられたら、滅茶苦茶に怒ってくれて。

 俺の話を全然聞いてないように見えても、何だかんだでちゃんと聞いてくれていた。



 ベッドに押し倒され、レズンに無理やり抱きすくめられながら、走馬灯の如くヒロの脳裏をよぎるのは――

 ルウの笑顔ばかり。



 だから俺はルウがいなくなった時、あんなに不安だったんだ。

 だから必死であいつを探したし。

 魔に染まってしまったルウを見て、心から悲しくなった。

 だから――



 命を賭しても、取り戻そうと思った。

 ルウを。何よりも大切な、ルウの笑顔を。



 そうか。俺だって――

 ルウが。ルウのことが。



 そんなヒロの思考を中断するように、耳元で囁かれるレズンの言葉。


「なぁ、ヒロ。お前も言ってたよな。

 どんなことがあっても、俺たち、『友達』だろ?

 だったら、俺の気持ち。受け入れてくれよ……」

「そんな……っ!!」


 その腕の下で必死に抵抗を試みたヒロだが、肩の痛みが邪魔をして身体がうまく動かない。

 のしかかってくる、レズンの体重。その指がどんどんワイシャツの中へと入りこみ、ヒロの肌の上を這いまわる。

 そしてその舌は、がむしゃらにヒロの唇を求め続けていた――しかし。



 ――違う。

 こんなのは、違う。



 ヒロの中で、何かが敢然とレズンを拒絶する。

 やっと知ることが出来た、レズンの心。

 ずっと知りたくてたまらなかった、レズンの想い。

 だが、それを今の自分が受け入れられるかどうかなんて、ヒロは考えていなかった。


 いや、全く考えなかったわけじゃない。

 あの島でレズンに一方的に痛めつけられていた時、何となくそんな気配は感じ取った。

 でもあの時は、自分の中で完全に否定してしまった。レズンが、俺なんかにそんな感情を抱くわけがないと。自分の思い上がりにすぎない、と。


 それにあの時、思ったんだ。

 仮にそうだとしても、俺は

 ――



 その時またしても瞼の裏にほわんと広がったのは、ルウの笑顔。

 そうだ。そうだよ。

 今になって気づくなんて、本当にバカだ。

 俺は、ルウのことが――!!



 そんなヒロの思考をまたしても遮り、囁かれるレズンの言葉。



「少なくとも――

 あの触手のバケモンよりか、全然マシだろ?」



 その言葉を耳にした瞬間。

 胸の奥底で、はっきりと怒りに火がついたのが分かった。


 ずっとヒロの心を支配していた、レズンへの恐怖。

 どんなに殴り返したくても、恐怖で身体が動かなかった。

 殴り返せば、倍になって返ってくる。そう思ったら、反抗なんて到底出来なかった。

 レズンと対峙したあの島でだって、校章の雷撃を浴びせることは出来なくて、一方的にやられるばかりだった。


 しかし――

 ルウを馬鹿にされた怒りが今、ヒロの中でそれを大きく凌駕していく。



「――!!」



 気が付いた時にはもう、レズンの下腹部を膝で蹴り上げていた。

 それも、明確な憤怒をもって、叩き潰すように。

 ヒロ自身、咄嗟には信じられなかった。ここまでの怒りが自分の中に眠っていたのが。


「ぐぅっ!!?」


 思わぬヒロの反撃に、大きくのけぞってベッドから転がり落ちるレズン。

 ヒロは意図していなかったものの、急所を直撃したのか。レズンは床を転がりながら、激しい呻きをあげる。


「ち、畜生……何するんだ、ヒロ!!

 それとも――あのキモイ触手の方がイイってのかよ!?」


 腹を押さえながら、ゴロゴロのたうち回るばかりのレズン。

 ヒロは痛みをこらえて立ち上がりつつ、彼に告げた。


「ルウはそんなんじゃない。

 ルウは最初からまっすぐに、俺を好きだって言ってくれた。

 しつこいし、鬱陶しいし、しょっちゅうおかしなことされるけど、俺が本当に心の底から嫌だって思ったことは絶対しなかった!!」

「ぐ……てめぇ……っ!!」

「大勢で取り囲んで俺を溺れさせるような真似もしなかったし。

 教科書やノートをぼろぼろにしたりしなかった。

 俺を馬鹿にして他のみんなを俺から遠ざけようともしなかったし、トイレに閉じ込めて服を切り刻んだりもしなかったし、それを撮影して俺を脅したりもしなかった!!」



 レズンを前にして、激情のままに腹の底から叫び続けるヒロ。

 叫んでいるうち、気づいてしまった。

 何もかもが対照的だ。ルウとレズンは。

 同じように俺を「好き」なはずなのに、どうしてこんなにも違うんだ。

 レズンだって本当は、最初からルウみたいに素直に想いを告げたかっただろうに――

 どうして、こんなことに。



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