第95話 クズ、暴露する
「そうだよ。レズンはあの時、俺を助けてくれた。
昔だけじゃない。あの時だって、今だって、レズンは俺を助けてくれた!!」
レズンが何も語らない中、熱をこめて喋り続けるヒロ。
レズンが俺を助けてくれた。そう連呼しながら、自分の言葉に必死に縋りつこうとしているようにも見える。
「怪我した俺を川まで連れてって、身体も洗って泥も落としてくれたし。
あの時は本当に怖かったけど、レズンが来てくれたから……心底、嬉しかったんだ。
レズンはやっぱり、どこまでも俺の友達なんだって。俺を助けてくれるんだって!」
だが。
これを聞いていたレズンの心は、何も動かない。
逆にため息さえ出たほどだ。
何でって? そりゃあ――
「レズンは何も変わってない。
いや、変わったかも知れないけど、昔の優しさが消えたわけじゃない。
だから、お願いだよ。みんなに――!」
必死で訴えかけるヒロ。その姿に、『あの時』のボロボロの彼が重なった。
あの時の制服は夏服と違い、ベースが多少濃いめの水色。ヒロの制服は若干袖が長めで手首までが隠れ、それがまた可愛かった。
――引き裂いてボロボロにしてやりたい。そんな欲求が軽々と浮かぶくらいには。
レズンは思いだす。
あの頃の俺は、ヒロへの性的欲求を自覚するかしないかの頃だったっけ。
俺はただ、自分にくっついてくるヒロが鬱陶しくて。
それでいて、自分より上になっているヒロが憎くて。
だから、ヒロが嫌いなだけだと――
ひたすら、そう思っていたかった。
しかし、夜毎に湧き出る苛烈な欲求から目を背けることは、決して出来なかった。
だけどあの時の俺は、自分からそんな行動には出たくなかった。あの頃の俺は、まだ、表面上だけはどうにか正気を保とうと努力してた気がする。
だから―― 一計を案じた。
グループ分け担当の教師を裏で脅し、粗暴さで有名な学生どもをヒロと一緒の班にする。
そしてヒロを襲わせる。
教師どもも学生どもも、カスティロス家の名を出せば一瞬で言うことを聞いた。
あのクソオークなんぞは、ヒロをヤれるとでも思いこんだのか、目を輝かせてたっけ。
「――ホント、バカだな。
まだ分かってなかったのかよ」
「えっ?」
ヒロの眼前で、レズンはニヤリとほくそ笑んだ。
大きな瞳をぽかんと見開くヒロ。
――あぁ、そうだ。あの時も泥だらけのまま、こんな風に俺を見てたっけ。
襟も袖も引きちぎられて、真っ黒になってしまった水兵服。オークの野郎が手でも突っ込んだのか、ズボンまで脱げかかっていた。
それでもヒロは俺を救世主と信じ、わぁわぁ泣き叫びながら抱きついてきた。
「あの時あいつらをけしかけたのは、俺だぜ?」
エメラルドの瞳が、大きく見開かれる。痛々しいまでに。
まじまじと自分を、自分だけを見つめるヒロの眼。胸の前でぎゅっと握られた拳が、ぶるぶる震え出している。
満足げにそれを眺めながら、レズンは言い放った。ヒロと自分の醜態を嘲り、愉しむかのように。
「ビックリだねぇ。まーだあの時のこと、そんな風に覚えてやがったとはなぁ~。
俺、先公どもを脅して、あいつらとお前を一緒の班にさせたんだぜ?」
痛みさえ忘れたのか、思わず身を起こしたヒロ。
全身が小刻みに震え出している。彼が心から信じていたものが、根底からガラガラと崩れ去ろうとしているに違いない。
それでもレズンはほくそ笑んだ――
ざまぁみろ。お前が何の根拠もなく信じていた『お優しい』俺なんて、もうどこにもいないんだよ。
「嘘だ……」
「嘘なんかじゃねぇ。なんなら、先公どもに聞いてみたらどうだ?
俺の脅しが効かなくなった今なら、あいつら簡単に口割るだろうし」
こう言葉にして初めて、レズンは自覚した。完全に自暴自棄に陥っている自分を。
もう、どうでもいい。俺はここまで堕ちてしまったんだ――
何も失うものなんてない。愛だの友情だの信頼だの絆だの、俺はそんな言葉とは無縁の場所にいるんだよ、ヒロ。
――お前のせいでな。
それでもヒロはそんなレズンを、断固として否定する。必死で頭を振りながら。
「そんな……そんなバカなことばかり言うなよ!!
あの時のレズンは今と同じに不器用だったけど、同じように優しかった!
あいつらを本気で殴ってたし、本当に強かったじゃないか!!」
レズンは思い出す。あの時必死で自分だけにすがりついてきた、びしょ濡れのヒロを。
気絶するまで激しくオークを殴り続けた自分の姿は、多分ヒロには天から舞い降りた救世主の如く思えたことだろう。
俺はただ単に、指示した以上の行為に及ぼうとしていたオークにブチ切れただけなのに。
俺より先にヒロに手を出そうとしていた奴を、憤怒のままに一方的に殴り続けただけなのに。
そんな俺でも、ヒロには勇猛果敢な英雄サマに見えたんだろう。
そして、近くの川に運んでいって二人で川に浸かりながら、丁寧にヒロの身体を洗った。
ヒロは何も疑わず、泣いて俺に感謝しながら、俺に身を任せていた。
濡れた紅い髪を撫で、泣きじゃくるヒロを抱きしめながら泥を洗い流す。濡れた制服に透けた肌。あの弾力と暖かさは今も忘れられない。
それでも表面上はまだヒロの『親友』だった俺は、堂々とヒロに触れられた――
それは最高の快楽だった。
父に疎まれ、母に泣かれ、自分の無能に失望し続けていたその頃の俺にとって、とてつもない快感で……
同時に、そんな自分に絶望したのも覚えている。
自分はサクヤではなく、ヒロが好きなんだ。そう自覚し始めたのもその頃だった。
それでも、決して自分で認められなくて――
「違う!
違う、違う、違う! そんなの嘘だっ!!」
レズンの思考を遮るように、ヒロは激しく首を振りながら、血を吐くように叫んでいた。
「レズンがそんな嘘つく理由も分からないし。
もしそれが本当だとしても、そんなことする理由が全然分からない!
レズン。俺が嫌いになったから、そんな嘘つくんだろ?
俺が嫌いになったから、俺に酷く当たるようになったんだろ?
だったら、理由を教えてくれよ!!」
「理由?
理由なんかお前に教えて、どうなるってんだよ」
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