第91話 少年、クズに助けられる
レズンは自分でも気づかないうちに、ヒロの肩に手を伸ばしていた。
ただそれは、助ける為ではない。
触りたい。濡れそぼったワイシャツから透けて見える、幼い肌に触れたい――
ひたすらに、その欲求からだ。
背中に手を差し入れて上半身を抱き起こすと、流れ落ちてくる水と共にヒロの体温が伝わってくる。
血の匂いに混じって、ヒロの匂いも感じる。
――そう。ヒロを痛めつけていた時、何度も何度も感じた匂いが。
悲鳴と共に幾度となく身体を突き抜けた快感と恍惚が、鮮烈に甦る。
――こいつが水兵服でなく、この高等部の制服に着替えて登校してきた時は、本当にムカついたもんだ。
何も出来ない癖に、化け物女やあのクソ眼鏡野郎の力を借りて、勝手に俺より上に行きやがって。
でも、その制服も、今やボロボロだ。
レズンは何も言わないまま、そっとヒロを抱き寄せた。
その姿はまるで、怪我をした少年を助けようとする頼もしい同級生のようにも見える――
しかし現実は違う。レズンの視線はヒロの胸元に向けられていた。
緩んだネクタイの間から見える鎖骨。乱れた襟の間からチラりと見えるものは、深緑のインナー。
獣の爪にでも裂かれたのか。ワイシャツもインナーごと裾が破られ、裂け目から臍やわき腹が露出していた。
そんな彼の視線に気づいたのか、ヒロは思わず身体を固くした。
助けたい。そう思ってここに来ただろうに、反射的にレズンから目を背けるヒロ。
色を失いつつあるその唇は、激しい息を吐きだしながらぶるぶる震え出している。
それは身体に刻み込まれた、レズンへの恐怖か。
そんなヒロを見て、レズンはさらに自暴自棄になっていった。
――ほら見ろ。
てめぇの本心は、どうせそうだろうよ。
偽善者ぶって俺を助けようとしても、どうせ俺を拒絶する。
そう心で唾を吐きながら、無理やりヒロの両足の下へと腕を差し入れるレズン。
「れ……レズン!?
イヤだっ、何するんだよ……!」
ヒロはやや足をばたつかせて抵抗したものの、レズンはそのままヒロを軽々と抱き上げた。
かつて何度も、ヒロを抱き上げてはこうやって川や泥沼に投げ落として、皆で笑ったもんだ。ヒロがどうしても言うことを聞かない時の常とう手段。
何だかんだ言って、こいつは軽い。俺は結構腕力がある。力や体格差の前では抗いようもない――
濡れたズボンを通して、太ももの感触がする。抱き寄せた背中からは、熱い体温や血流も感じる。
レズンに抱きかかえられ、何も出来ずに小鳥のように震えるしかないヒロ。その横顔を見ながら、さらにレズンの苛立ちと欲求が募っていく。
――畜生。
また少し、重くなりやがった。
これまでならヒロをこんな風に抱き上げた時は、太ももを撫でまわす余裕さえあったものだが。そして真っ赤になって嫌がるヒロを見て、密かに愉しんだものだが――
今はとても無理だ。見た目はそこまで前と変わらないように見えても、筋肉がついて重くなったのか。
思わずよたよたとよろけながら、レズンはヒロを抱きかかえたまま、足で乱暴に扉を閉めた。
元々は監視所だったこの小屋は意外と広く、簡易なものではあるがベッドが部屋の隅にあった。さすがに風呂はないもののシャワー室もある。
小窓のすぐ下にあるベッドに、レズンはヒロをゆっくりと寝かせる。毛布もシーツも擦り切れ、若干埃も被っているが仕方がない。
シャワー室の棚にはタオルが何枚かあったので、とりあえず適当に引っつかむ。
そしてレズンはまず濡れた制服を上だけ脱ぎ、自分の身体を拭いた。張りついてくる服がひどく気持ち悪かったし、何より――
自分がいつもボロボロに弄んでいるヒロと、似たような恰好になっている。その事実が耐えられなかったから。
随分泥だらけだったのか、タオルはすぐに真っ黒になってしまった。
ひととおり身体を拭き終わったレズンは、新しいバスタオルを手にしてベッドへ向かう。
そこではヒロがずぶ濡れのまま、自力での治療を試みていた。
「う……くぅっ……!」
浅い呼吸を繰り返しながら、水術を発動させて傷を包もうとするヒロ。
そのおかげか、ある程度出血はおさまったように見えたが、やはり完治には至らない。
びしょ濡れの身体をそのまま寝かせたせいか、シーツもかなり濡れてしまっていた。
黒い泥のシミに、かなりの赤が混じっている。
その姿を見て、レズンの口に思わず唾がたまったものの――
そんな感情を押し殺し、バスタオルを投げつけながらレズンはぶっきらぼうに告げた。
「拭けよ」
「わっ!?」
バスタオルを頭から被せられ、思わず頭を上げるヒロ。
大きな若草色の瞳が、濡れた前髪の間からまじまじとレズンを見つめる。
そんなヒロに近づいたレズンは、いきなり両手でバスタオルごしにヒロの頭を掴み、わしわしと拭き始めた。
「わ、わわ、レズン?
あ、あの……」
「黙ってろ」
「……」
やや乱暴ながらも、ヒロの頭をタオルで拭き続けるレズン。
やがて頭だけでなく、濡れた腕や肩、背中もごしごし拭いていく。
それは勿論、ヒロの身体に触れたい。その欲求からくる行動ではあったのだが――
そうしているうちに、ヒロの身体の震えは徐々におさまってきた。
背けられていた視線が、ゆっくりとレズンに向けられ。
ほんの少し元の桜色を取り戻した唇が、ほのかに微笑む。
「へへ……やっぱりレズンは、昔と同じだ。
こうやってよく、俺の身体、拭いてくれたよな」
そんなわけがねぇだろ。
どうしたらそこまで俺を信じられるんだ、てめぇは。
そう吐き出しぶん殴りたくなる衝動を何とかこらえながら、レズンはボソリと尋ねた。
「てめぇは……
何で、こんなトコまで来たんだよ」
するとヒロはきまり悪げに視線を落とし、じっと自分の手を見つめた。
そしてしばらく考え込んだ後、そっと口にする。
「分からない……
でも、レズンを探したかったのは確かなんだ。
何とかしてレズンに会いたい。会って、話をしたい。
そう思ってたら――何でか分からないけど、ここに来てた」
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