第87話 触手令嬢と楽しい触手談義
「…………」
ヒロ様はじっとうつむいたまま、答えてくれません。
ぎゅっと握りしめられた両拳。手の甲に貼られたガーゼが、何とも痛ましい。
やがてその唇からぽつりと転がり出たのは、とても寂しそうな呟き。
「……結局、俺、子供だからかな。
ルウのこともレズンのことも……母さんのことも。
誰かに頼らなきゃ、どうしようもできない。
情けないよ」
そんなヒロ様の肩を、おじい様がぽんと叩きました。
「今はそれでいいんじゃ、ヒロ。事実、お前はまだ子供じゃからの。
本当に必要とされる大人になるまで、よく眠りよく食べよく遊び、よく育つ――それが子供の義務よ。
いつも言っておるじゃろう」
「じいちゃん……」
「そうだよ、ヒロ君」
会長もとりなしてくれます。
「今はここで、動かずに待っていてくれないか。
じっと状況を見極め、動くべき時に動くんだ。ただ闇雲に進むだけが戦術じゃないよ。
レズンの件は、今すぐ君一人で解決できるようなことじゃない。どうか今は、僕や子爵に任せてくれないだろうか」
ヒロ様はさらにじっと考え込んでいましたが――
それでもやがて、きっぱりと顔を上げてくれました。
「……分かったよ、会長。じいちゃん。
俺、今はここで、ルウと一緒にいる。
でも、レズンが見つかったら……その時は、俺も連れてってくれないか。
あいつにやられたことを思い出すと、やっぱり怖いよ。未だに身体中痛いし。
それでも俺、もう一度、ちゃんと話をしたいんだ。レズンがどんな奴になってたとしても!」
そんなヒロ様の表情は、断固たる決意がみなぎっています。
ここまでヒロ様の心を奪うレズンには、もはや嫉妬さえ覚えますね。
あぁ。わたくしもここまでヒロ様に想われたいものです……
「分かった。ならば約束してくれ、ヒロ君。
君はどうか、ルウさんやカシム殿、そしてソフィさんたちから離れないでくれよ。それがみんなの為でもあるからね。
カシム殿……お願いします」
「合点招致でございます!」
カシムの呑気な声。
それとほぼ同時に、会長もおじい様も足早に部屋を出ていきました。
雨脚はさらに強くなり、全ての窓がガタガタいうほどの嵐になりつつあります。
嫌な予感しかしませんが……しかし今のわたくしは、状況に身を任せるよりほかありません。
ここは会長とおじい様を、信じるといたしましょう。
******
そして数十分後。
雨はいっこうにやまず、わたくしはリビングのど真ん中で鳥籠に捕らわれたまま。
ヒロ様とスクレットはやはりまだ傷が痛むのか、ソファで横になっております。スクレットなどは骸骨でありながら、何故かいびきをかき始めている始末。
ソフィはお洗濯ものを取り込んだ後、庭の花が心配だから見てくると言って出て行ってしまいました。妙なフラグにならないといいのですが。
そして、わたくしとカシムはといえば。
「……そうなのです、お嬢様。
私もかつて、セーラー服の美少女を捕らえたことがありまして」
「まぁ。お堅いとばかり思っていましたが、カシムにもそんな過去が」
「水兵服タイプの制服というものは、いかなる時代も性別問わず魅力的なものですな。
袖を破られ、スカーフがほどけ、スカートが縦に裂かれて太ももがチラリと見えたあの姿は、全裸凌辱派の私でさえ心が動くものがありました」
「そうでしょう、そうでしょうとも!
そのような姿にされてもなお強気を貫き、頬を赤らめて恥辱に耐えるその姿が至高なんですよねぇ~!!」
「淑やかなれど芯が強く、誇り高い人間であればあるほど、そういった瞬間の神々しさが映えるもの。
これは全裸凌辱派か否か問わず、触手族共通の常識ですな」
「それはそうです! だからヒロ様のようなかたは最高の高なのですよ!!」
「ほぼ完全に同意いたします、お嬢様!
たとえ男といえど――いや、少年だからこそのあの独特の色香はたまりませんな~
我が触手族のオスどもには、男というだけで捕縛対象から外してしまう狭量な輩も多いですが、何とも情けないものです。あの美少年ならではの儚さと純真さと健気さが分からんとは」
「全くですわ。わたくしなど、可愛くてえっちであれば女子でも全然イけるというのに……あの狭量なオスどもにヒロ様の可愛さを分からせるには、どうしたらよいのでしょう?」
「お嬢様がヒロ殿を婿にとった暁には、まずはあやつらの洗脳から始めねばなりませんな。
男だからというだけで食わず嫌いをかます輩は、触手族の恥だと!」
「全くですわ! 出ている部分がちょっと違うだけではありませんか!!」
ソファに横たわるヒロ様を眺めながら、わたくしとカシムの触手がうねうね蠢きます。
見事なジト目でそれを睨みつけつつ、唇を尖らせるヒロ様。
「……さっきから何の話してんだよ、お前ら」
あぁ、いいのです。これに関してはヒロ様は何も知らなくて良いのです。むしろ知らない方がいいですわ!
しかし、そんな風にわたくしが盛り上がる一方、何故かカシムはゲンナリと触手をしおらせてしまいました。
「それでも……
ヒロ殿の可愛らしさをもってしても、我が王の全裸凌辱主義を変えるのは難しいでしょうな」
大きくため息をつくカシム。
うぅ。それを言われるとわたくしも自信がなくなってきます……
確かヒロ様の写し絵を見ても父上は、さっさと脱がせろと仰せだったとか。
「ずぶ濡れになったヒロ殿の水兵服姿、個人的にはなかなかのものでしたがなぁ。
薄い布地が張りついて露わになった身体の線は目を見張るほどの美しさですが、それでも王のお気に召さなかったようで……
昔から、王はそのようなかたでした。先ほどお話した私好みの美少女も、王の前に連れ出した瞬間……うぅっ……」
カシムは触手で顔を覆い、全身を震わせています。
ま、まさか。父上、その美少女にまでも……?
「お察しの通りでございます、お嬢様。
美しかったセーラー服は、王の手により一瞬で粉々に……!!
彼女は無残にも、一糸まとわぬただの裸体でしかなくなってしまいました……
他はともかく、その少女は私にとって特別だったのです。彼女はセーラー服を纏ってこそ魅力的だったというのに……セーラー服まで含めて彼女の本体だったものを!
その瞬間、自分でも驚くほど彼女への熱情が冷めてしまったのを、鮮明に覚えております
――肌には傷ひとつつかなかったのは、さすが王の技量というところでしたが」
「な……なんと惨いことを……!
聞くも涙、語るも涙の惨劇ですわ!!」
「わ、分かっていただけるのですかお嬢様ぁああぁあ!?」
なんと……カシムにそのような重い過去があったとは。
全裸凌辱派だとばかり思っていましたが、その少女に対する感情だけは違っていたのでしょう。男女問わず、水兵服には謎の魔力がありますから。
「分かります。分かりますわカシム!
傷ついた素肌をさらされながら、それでもボロボロに破れた布地で恥部を隠そうとしながら必死で立ち上がろうとする、あの仕草がサイコーなのではないですか! それを一瞬で裸になどと、父上は何も分かってらっしゃらない!!」
「そうなのです。私も全裸凌辱派ではありましたが、あの少女の件をきっかけに何かに目覚め始めておりました……それを、王は……!!」
「あぁあぁ……カシム! 貴方にそれほど悲惨な過去があったなどと、わたくしは露知らず!!」
「おお、お嬢様! 貴女ならばきっとお分かりいただけると思っておりました!!」
銀の格子ごしに、しっかと互いの触手を握りしめあうわたくしたち。
そんなわたくしたちを、もはや何も言わず相変わらずのジト目で眺めているヒロ様。
氷の如く冷たい視線さえ、今や心地よいです。
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