第85話 触手令嬢と罪と罰

 

 あぁ。カシムは完全に父上の手先……

 ヒロ様の一大事だというのに、何故こんなタイミングで父上はこんなえげつない真似を。


「お嬢様。よもやお忘れではないでしょうな?

 貴女は、王より一族を追放された身なのですぞ」


 伸び放題の眉毛の下から、ギロリとわたくしを睨む眼光。

 昔からカシムのこの眼光だけは慣れません。いつもは物腰穏やかで丁寧な執事でしたが、時々こんな目をしてわたくしを震え上がらせることがよくありました。

 髭の奥から淡々と語られたのは、驚きの事実。


「王は貴女を追放してからも、たびたび密かに使者を送っては貴女を見守られていました。

 それもこれも、王の親心あってのこと。アレでも王は貴女の父親、娘が心配なのはどの種族でも変わらぬことです」


 な、なんということ。

 使者を送ってわたくしを監視していた!? 父上が?


「なのに貴女はそうとも知らず一族を抜け出し、勝手に人間の領地に入り込んだばかりか。

 行く先々で暴力事件などのトラブルを引き起こした。しかも人間の子供に対して、暴行を」

「だからそれは……!!」

「分かります。貴女の行動は全て、ヒロ殿をお守りする為――

 その事情は王も理解しておられました。

 何故さっさと脱がさぬかと、使者の報告とヒロ殿の写し絵をご覧になりつつたいそう憤慨してもおられました」

「えぇ、ちょっ……ヒロ様の写し絵まで?」

「しかし!

 同時に王は、ヒロ殿の境遇に密かに同情を寄せてもおられたのです。お嬢様が何とも出来ぬなら、自分が乗り込むとも仰っていたほどで」


 なな、なんと。

 父上は既にヒロ様をご存じで? しかもヒロ様をある程度理解しておいでだったとは……

 うぅ、心が揺らいでしまいます。あれほど父上に反発していた心が。


「ですが、此度の件まではさすがの王も看過が出来ませんでな。

 貴女はこともあろうにまんまと操られ、学校に多大な被害を与え、多数の負傷者を出した。

 死者が出なかったのはただの幸運に過ぎぬと、王は大変にご立腹です。

 しかも守るべきヒロ殿のお命さえも脅かした。彼の献身がなければ、貴女は魔妃に操られたまま、どれほどの被害を出していたかも分からないのですよ?

 死者が出なかったから、操られていたからといって簡単に許される所業ではない!」


 カシムの言葉は、痛いほどに胸に刺さってきます。

 そう――非常に悔しいですがこればかりは、カシムの、父上の仰る通りです。


「ましてやそれが、王の眷属によって為された所業とあっては――

 ひと昔前であれば、一族の恥として即刻溶解刑に処されても文句は言えぬとの

 ――王のご伝言です」

「…………」


 こうなってはさすがのわたくしでも、何も言えません。

 全触手切断されぬだけありがたく思えと……そういうことでしょう。



「そんな……

 やめてくれよ。ルウが何したっていうんだよ!!」



 それでもやはり納得できないのか、必死でわたくしに縋るヒロ様。

 しかし無情にも、わたくしとヒロ様の間をガシャンと音を立てながら、光り輝く銀色の柵が両断していきます――あぁ、これも父上の得意技『銀晶の鳥籠』。

 術によって空中に鳥籠にも似た防御壁を生み出し、それをそのまま相手におっかぶせる。人や魔物だけでなく、同じ触手族にも有効な術です。これをやられては、父上に解呪していただかなければ脱出は不可能。

 幼い頃おいたをした時によくやられた術ですが、まさか今になってやられるとは。


 カシムは落ち着き払って、ヒロ様をおしとどめました。


「どうか恨まんでくだされ、ヒロ殿。

 命がけでルウラリア様を救った貴方の心意気に免じて、王はお嬢様の処罰を出来る限り軽くしたのです。

 本来なら極刑でもおかしくないところを、たった1週間の拘禁で済まされたのですからね」

「い……1週間も、ルウをこの中に?

 何でだよっ! ルウは被害者……」

「ですから。

 その論理は通用せんのです、分かってくだされ」


 わたくしは鳥籠の中で、ひたすらにうなだれるしかありません。

 ヒロ様はあぁ仰ってくださいますが、それだけのことをしてしまったのですから。

 会長もおじい様もスクレットさえも、触手族の事情はヒロ様よりは把握しておられるのか、唇を噛みしめるばかり。

 しかし、もうちょっとだけ待ってくれてもいいじゃありませんか、父上――


「カシム。先ほどまでのわたくしたちの話を聞いていたのなら分かるでしょう?

 今はヒロ様の危急の時なのです。せめて事件が完全に解決してからでも……」

「なりませぬ」


 わたくしがどんなに訴えても、カシムは頑固でした。


「この件は魔妃の匂いを強く感じます。

 お嬢様がヘタに首を突っ込み、またしても魔妃に操られては、今度こそ極刑は免れませぬ」

「バカを言わないでください。同じあやまちは二度とは……」

「繰り返さぬと何故言えます!?

 相手はただ者ではない、星を滅ぼしかけた魔妃ですぞ。

 どうか、お静かになさってください。ただの親子喧嘩ならまだしも、王がお嬢様を処するなどという光景は見とうございませぬ」


 静かに告げるカシム。

 穏やかながらもその裏に秘められた岩のような厳しさは、昔から変わることはありません。触手族ならばもうちょっと柔軟な思考をしてくれてもよいものを。

 しかし、カシムの言葉にも確かに一理あります。わたくしが再び魔妃の力に操られぬ保障はどこにもありません。うぅ、悔しい。


 ヒロ様の肩をぽんと叩きながら、スクレットも口を挟みました。


「まぁ……そーいうことなら、仕方ねぇやな。

 オレら骸骨だって、破っちゃならねぇオキテはある。人間と争わずに生きる為のオキテがな。

 人間だったら許されても、オレらの間じゃ許されないことだって結構あるもんだぜ……ヒロ」

「でも……!

 ルウはそもそも、俺を助けようとしてこうなったのに!」


 鳥籠の柵を掴み無理にでもこじ開けようとしていたヒロ様でしたが、当然扉はびくともしません。



 そんな時でした。またしても、会長のミラスコがぶるぶる震えだしたのは。

 会長は再びこちらに背を向け、囁くような声で応答します。


「うん……僕だ。

 ――え? 今はちょっとこっちも……えぇ? 伯爵までも?

 全く――!」


 やや乱暴に通話を切る会長。眼鏡の奥の瞳に、明らかに苛立ちが見えます。

 そして唇を噛みしめながら、おじい様に切り出しました。


「グラナート子爵……大変お手数をおかけして申し訳ありません。

 レズンの捜索中、さらにおかしな事態が発生したようで」

「何じゃ」

「カスティロス伯爵の屋敷内に、奇妙な魔法陣が発見されたようです。

 恐らく魔妃関連のものゆえ、早急に対応しなければ危険です。しかし憲兵たちだけでは力不足ゆえ、ここはやはり専門家の子爵の手を借りたいとのことでした」


 おじい様は会長の言葉に、鼻を鳴らしつつ考え込みました。


「魔妃の残した魔法陣……研究資料としては非常に興味深いところだが。

 伯爵は何と?」

「それが……

 伯爵自身、監視の目を振り切ってレズンを探しに出てしまったそうで。

 現在息子共々、行方知れずだそうです」


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