第83話 少年と母とまさかの関係


 思わず声を詰まらせるおじい様。

 しかしヒロ様はそれだけで何となく納得したのか、静かにうなずきました。


「そうだったんだ……じいちゃんは、そこまで分かったんだね。

 だからあの頃の俺に、母さんのことを一切聞かなくなったんだ。

 それが――母さんの願いだったなら」


 な、なんということでしょう……

 一体どれだけの危険が、ユイカ様に差し迫っていたのでしょうか。

 ヒロ様を守る為、全ての人々の記憶から自身を消してしまうほどの術。

 それほどの術をユイカ様に使わせたものとは、一体?


 おじい様はしんみりと呟きます。


「思い起こしてみると、不思議だったことがひとつあってな。

 何故かカスティロス伯爵と、ユイカの墓で何度も顔を合わせたことだ」

「カスティロス伯爵?

 レズンの父親と、ですか?」


 会長がきらりと眼鏡を光らせました。

 確かに不思議です。あのクズの父親とユイカ様に、何の関係が?


「伯爵はわしに会うたび、言っておった……

 何故か意味が分からないが、家族に黙ってここに来てしまうとな」

「もしや、伯爵とユイカさんは知り合いだったのでは?」


 会長の質問に、おじい様は首を振りました。

 しかしその振り方は、否定とも肯定ともとれるあやふやなもので。



「わしもやっと、思い出したが……

 確かにカスティロスとユイカは、古い友人じゃった。

 幼い頃に社交パーティで知り合って以来、あの男はユイカに惚れていたふしもある」

「えっ???」



 この場の全員が初耳です。

 まさか、ヒロ様のお母様と、レズンの父親。そんな因縁が?



「だが、そんなカスティロスをユイカは受け入れなかった。

 家柄もそうだが、何より性格が合わない。よくユイカがそうぼやいていたよ」


 ヒロ様は目を大きく見開いておじい様のお話を聞いています。

 それはそうでしょう。ヒロ様にとっては、生まれてすぐに亡くなったという以外にほぼ情報のなかったお母様のお話です。

 おじい様は続けました。


「貴族制がほぼ形骸化している今の時代、爵位はそこまで問題にはならんとしても――

 清廉潔癖な風格を重んじるカスティロス家と、代々魔物研究に命を捧げる我が一族とでは、後々のトラブルは目に見えておる。

 わしは元から反対じゃったし、そもそもユイカ自身、あ奴を全く気に入っておらんかったよ。

 それでもカスティロスは諦めきれなかったようじゃが、親族に泣きつかれてようやくユイカを諦め、別の女性との結婚を決意したらしい」

「それが――レーナ・カスティロス。

 魔妃の末裔ですか」



 会長が呟くと、その場に一瞬不気味な静けさが舞い降りました。

 わたくしの全触手も、思わずぶるりと震えあがります。

 先ほど確かおじい様はおっしゃいました。ユイカ様はママ友とトラブルを抱えていたとか……

 その問題のママ友とは、まさか。



 ヒロ様の額には、ほんのりと冷や汗が浮き上がっています。顔色も真っ青。


「う、嘘だ……

 俺の母さんと、レズンの家に……そんな関係があったなんて。

 俺、小さい頃は何も知らないまま、レズンと遊んでたのに。

 レズンは昔からずっと頼りになって、俺に優しかったのに……!」


 むぅ……この様子からするとどうやら、ヒロ様の忘却はお母様に関することのみのようですね。

 おじい様やレズン、その他の人々に関しては記憶の消失・改ざんなどはほぼなさそうです。

 ということは、クズンが昔は本当にヒロ様に優しかったというのも真実の模様。

 そこらへんはヒロ様の記憶が歪められている可能性さえあるのではと、わたくしは考えたのですが。だって到底信じられませんもの、あれだけのクズンが昔はヒロ様に優しかったなどと!!


 会長が唇を嚙みながら呟きました。


「情報を整理しよう。

 ヒロ君がまだ幼い頃、ユイカさんとレズンの母親レーナ・カスティロスの間で、何らかのトラブルが発生した。カスティロス伯爵を巡っての対立かは分からないが――

 事件に巻き込まれた結果、ユイカさんは亡くなった。

 しかしその際、ユイカさんは自分にまつわる殆どの記憶を、関係者から消し去った。父や夫、息子に至るまで。

 状況から考えて――魔妃の脅威から、ヒロ君を守る為に」


 改めて言葉にすると、何と重苦しい事実でしょうか。

 おじい様の横顔をそっと確認する限り、会長の認識で間違いなさそうです。


「そして今、ユイカさんに関する関係者全員の記憶が蘇ったということは――

 彼女が自身の存在全てを賭けて守ろうとしていたものに、再び危険が迫っている可能性が高い。

 つまり……」


 ゆっくりとヒロ様に視線を向ける会長。

 わたくしにも分かります。その脅威はヒロ様に迫りつつある――

 というかクズンの存在自体が既に脅威ではありますが、恐らくあれを軽々と超えるほどの危機が。



 その時でした。会長の懐で、ミラスコがぶるぶる震え出したのは。

 彼はそっと会釈しつつ席を立ち、わたくしたちから少し離れた場所で通話を始めました

 ――が。


「あぁ、僕だ。うん……伯爵が……

 ――何だって!?」


 会長の声のトーンが、不意に一段階跳ね上がりました。

 思わずわたくしたちも一斉に振り向いてしまいます。

 ミラスコをさりげなく手で押さえながらも、わたくしたちに視線を向ける会長。その顔は彼にしては妙に青ざめていました。

 そして、告げられた言葉は。



「レズンが……

 家を飛び出して、行方不明になった」


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