第81話 触手令嬢と数々の未解決
確かに会長の言う通りです。
ヒロ様のお母様の件もそうですが、この事件については不明点が多すぎますね。
「まず、事件の発端となったレズン・カスティロス。そして、彼が濫用した『魔妃の角笛』だが――
その出処が彼の母親、レーナ・カスティロスであることは間違いない。
レズンは現在憲兵隊の元で取り調べを受けているが、彼自身がそう自白したそうだ」
「レズンが……」
ヒロ様の表情がまた沈んでいきます。
レズンに散々痛めつけられていた時、奴は何度か自分の母親を罵っていましたね。
とんでもないことを吐き散らかしていたような気も……
「俺……レズンから、初めて聞いたんだ。
父親から殴られた上、寝ているところを母親に無理やり入り込まれて、首絞められたって。
親にそんなことされるなんて……想像も出来ないよ」
あぁ……確かにそんな言葉も聞きました。
考えたら恐ろしい事態です。わたくしの『あの』父上でも、そんな真似は絶対になさらないはず。
ベッドの中とはいわば子供の最後のプライベート空間であり、同時に逃げられない場所でもある。そこへ親が一方的に潜り込んだ上、首を絞めにかかるとは――
それを思うと、さすがにレズンにもほんの少しだけ同情の念がわいてしまいます。クズにはクズになるだけの理由があるということでしょうか。
いや勿論、ヒロ様に対する所業の数々は到底許せるものではありませんが!!
しかしそうなると、ヒロ様の心の底から晴れやかな笑顔を見る為には――
レズンをクズンにさせた元凶、つまりその親をたださねばなりませんね。
会長はさらに考え込みます。
「それに、あの角笛だけが学校にあれだけの災厄をもたらしたというのも考えにくい。
角笛は確かに大量の魔物を操る力はあるし、魔妃の血を引くレズンならそれも可能だろう。
しかし――
あの時、空は急激に曇って夜のように真っ暗だった。地下からの突然の爆発も火災も、魔物が暴れた影響だけとも思えない。闇深い魔妃の力をかなり感じたからね。
しかも空の向こうに突然堅固な結界が出来て、そこにレズンは閉じこもりながらルウさんを操り、ヒロ君を結界へ連れ込んだ」
「よ、よーするにどーいうことだよ? カイチョー」
わけがわからんとばかりにスクレットは骨をガタガタ揺らします。
「つまりレズンの力だけでは、こんな所業は到底不可能だってことさ。
これは間違いなく……レーナ・カスティロス。魔妃の血を多分に受け継いだ、母親の力が絡んでる」
えぇ……?
子供のケンカに、親が絡んできたというわけですか。
しかも子供のイジメを叱るわけではなく、逆に積極的に増幅して被害を広げる方向へ?
「それでは、そのクズのクズ親は今どこにいるのです?
真っ先に問いたださねばならないのはその母親でしょう。子供をクズに仕立て上げただけでなく、無関係のヒロ様にまで魔の手を伸ばすとは。とんでもない輩です!!」
思わず怒り狂って触手を振り回してしまうわたくし。
それでも会長は落ち着き払っています。
「父親のカスティロス伯爵は今、息子のところにいるはずだ。
さっき派出所に寄った時に、たまたま見かけたよ。多分憲兵隊と交渉している最中だろう……
早ければ今夜中にも、レズンは家に帰されるだろうね」
「そんな。あれだけのことをして、クズンはほぼおとがめなしなのですか!?
全く人間の社会というのは、どうしてこうも……!」
「ルウさん、落ち着いて。
魔物と違い、人間は成熟した大人になるまで時間がかかる。それまでに犯した罪は子供だから許されてしまうことも多いんだよ」
「それは分かっていますが、やはり理不尽です!
だからこそクズンが調子に乗り、ヒロ様へのイジメがここまで凶悪化したのではないですか!?」
「僕だってそう思うさ。
だが、相手は伯爵だ。この街の権力者だ。
ヘタに逆らえばヒロ君はもとより、彼の家だって危なくなる。グラナート家は子爵家だからね……
昔ほど爵位の差は問題にならないとはいえ、僕らの親世代より上はまだまだ問題視する連中も多いんだよ。下位の者が上位に逆らうことを」
むぅ……お家の差問題まで絡んできますか。
だからこそ、貴族ではなく騎士団長の息子たる会長が割って入ったのでしょうけれども。
「ともかくそういうわけで、伯爵はレズンと一緒だ。
ただ――さっき久しぶりに伯爵を見たが、どうも少し焦りが見えたね」
「それはそうでは?
息子がこれだけの事件を起こしたのです、焦って当たり前でしょう」
「うん。ただ、それだけではなかったような気もするんだ。
今までの伯爵は、外面はいいが息子に対して酷く横柄で乱暴という印象だった。だからずっといい印象はなかったんだが
……しかし外野の僕らがいくら考えたところで、家庭内の件は分からないことも多いからね。これ以上詮索しても徒労かも知れない」
しばし考え込む会長。
うう……レズンがほぼおとがめなしとは、ものすごく腑に落ちないです!!
伯爵が奴を勘当ぐらいしてくれないと、こちらの鬱憤がたまったままですわ。今の状況ではそれを祈るしかないのでしょうか? 現実でのざまぁがこれほど難しいとは。
不意に漂ってきた土の香りに窓の外を見ると、しとしと雨が降ってきておりました。
小雨かと思いましたが、ガラス窓に流れる雨粒は次第にその量を増していきます。これから急激な嵐になりそうな予感が。
「アラ、やだ。お洗濯もの出しっぱなし……
ちょっと片づけて参りますね」
いそいそとリビングから出ていくソフィ。
すると彼女と入れ替わるようにして、ヒロ様のおじい様がやってきました。
「あ……じいちゃん!」
思わず胸元でぎゅっと拳を握りしめるヒロ様。
やはりお母様のことがずっと気になっているのでしょう。聞くのは怖いけれど、確かめなければいけない。決意と恐怖がないまぜになった横顔も可愛い。
そんなヒロ様の意思を既に悟っているのか――
おじい様の表情も、いつもより数段厳しいです。
会長が会釈しながらそっと席を移動すると、おじい様はヒロ様とわたくしの正面にどっかと座りました。
「ヒロ。お前の知りたいことは分かっておる……
ユイカ・グラナート。お前の母であり、わしの娘のことじゃろう」
直球で切り出したおじい様。
ヒロ様の喉が、緊張からかごくんと鳴ります。
「じいちゃん。俺、思い出したんだ……母さんのこと。
レズンに追いつめられて、もう駄目かと思った時――夢を見てさ。
その夢がきっかけで、俺、魂術でルウを助けられた。
夢の中で、母さんがおまじないを教えてくれたんだ。あれは多分、魂術の本来の力を引き出す為の呪文だと思う」
「なんと……ヒロ。お前は夢でユイカと会ったというのか?」
「うん。
ずっと忘れていた母さんを、どうして思い出せたのかは分からないけど……
母さんのおかげで、俺もルウも助かったんだよ」
ヒロ様の夢のお話は、先ほど泉でわたくしも聞いていました。
お母様から教わった呪文で、あれだけの魂術が発動出来たという件も。
そのお話を聞いてしまうとますます、ヒロ様がショックで忘れていただけとは思えません。
そしておじい様は、おもむろに口を開きました。
白いお髭の先がほんの少し震えているように見えるのは、気のせいでしょうか。
「――実はな、ヒロ。
わしも……なんじゃ」
「えっ?」
「わが娘ユイカ、その記憶の殆どを。
わしもつい先ほどまで――忘れていた」
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