第80話 触手令嬢、大コーフン

 

 そう。あれは確か――

 わたくしが完全に操られ、学校からヒロ様を無理やり結界へ連れ込もうとした時のこと。

 思い出しました。ヒロ様はわたくしを取り戻し、皆様を守る為。そしてレズンと話をする為に、果敢に結界に飛び込んだのです。

 自らわたくしの触手に包まれ、ヒロ様はたった一人で危地へ向かわれた。

 その時――ヒロ様はわたくしに抱かれながら……



 ――ルウ、大丈夫だって。

 そんなにきつく縛らなくても、俺、もう逃げたりしないからさ。



 思い出しました――あの時のヒロ様の言葉。

 心を失ったわたくしに拘束されながらも、そんなわたくしを決して拒まず、優しく触手を包んでくださった。そして、そして――



 ひ、ひゃぁあ。頬どころか髪の毛の先の先まで、かぁっと熱くなってまいりました!!

 そんなわたくしを、ヒロ様はそっと振り返ります。

 そのお顔もやっぱり、かなり紅潮していました。


「なぁ……ルウ。

 お前も、思い出してないこと、まだあるだろ?」

「は、は、は、はい……っ!」

「えと、その

 ……俺、あの時さ。

 きす……した、つもり

 ……だったんだ、けどな……」

「!!!!!!!!!!」


 わたくしの全身が、興奮でぶるっと震えあがりました。

 とても恥ずかしそうに、上目遣いでわたくしを見上げるヒロ様。頬どころか首筋まで真っ赤です。

 あぁ、もう、そんなお顔をされては……わたくし、もうっ……!!!


「ひ、ヒロ様、ヒロ様ぁああぁあぁ~~!!!」

「う、うわぁっ!? ちょ、ま、ルウ……っ!!??」

「ヒロ様、貴方の全てが大好きです!

 一生愛しておりますぅ~~っ!!!」


 一瞬の間に熱情が最高潮に達したわたくしは――

 気がついた時にはヒロ様に全触手で抱きつき、そのまま泉にざばんと飛び込んでしまいました。



 ******



「――ふぅ、良かった。

 何とかヒロ君もルウさんも、元気になったみたいだね」


 泉での治療を完了し、数時間後。

 お屋敷の居間で休息をとっていたわたくしとヒロ様のもとに、ロッソ会長がやってきました。

 会長と一緒に包帯だらけの骸骨執事・スクレットもついてきています。ヒロ様とわたくしの姿を見て、いつも通り踊りだしていました。


「おぉ、ヒロにルウ!

 すっかり元通りだな、本当に良かったぜ!……って、イテテテ」

「ほら、スクレット。貴方だって結構なケガをしていたのですから、静かにしてなさいな」


 台所から飛び出してきたソフィが、慌ててスクレットを支えました。

 会長もスクレットも学校での戦いで負傷していましたが、何とかある程度治療できた様子です。会長の頬にも痛々しくガーゼが貼られていますが、それでも彼はわたくしたちに微笑んでくれました。

 ちなみに、既にあの魔王の耳はいつもの布で隠されてしまっております。ソフィへの気遣いでしょうか。


「あの後学校での騒動は、何とか収束したよ。サクヤさんもミソラ先生も治療を受けて、すぐに回復した。今は二人とも家に戻ってる。

 けが人は多く出たが、死者がいなかったのは不幸中の幸いだった」


 わたくしもヒロ様も、ほっと胸をなでおろしました。

 何しろサクヤさんは、影の功労者と言っても過言ではありません。彼女がヒロ様たちに真相を伝えてくれていなければ、一体どうなっていたことやら。サクヤさんには盛大な感謝をせねばなりませんね。

 それに――操られていたとはいえ、死者を出したとなってはわたくし、刑は免れません。

 ミソラ先生への一撃は特に不安でした。ヒロ様の件で好きになれない人間だったとはいえ、わたくしはなんということを……

 人間界ではどうにか許されたとしても、触手界においては人間に死者を出すのは絶対の禁忌ですから。触手界で「操られていた」は免罪符にはならないのです!


「良かったぁ……

 俺、ルウが人殺しになったらどうしようって、ずっと心配だったんだ」


 わたくし以上に安心した表情を見せてくださるヒロ様。

 会長からいただいた高等部の制服に着替え、ネクタイをきっちり締めた彼は、一段と大人びて見えます。

 というか、先ほどの泉でのわたくしとのアレヤコレヤもあって、まだ少々頬が赤らんでいますね……頬や額や腕に貼られた絆創膏やガーゼまでが、痛々しくも可愛らしい。

 あぁ、美しい泉の中で抱きしめたヒロ様の身体の感触。あの後の詳細は決して申し上げられませんが、あれはもう最高の高で――



「というか、ルウ様?

 身体、そのままで良いのですか?」

「てかルウ、滅茶苦茶つやっつやしてるな!! 今までになく!!」



 ソフィにスクレットが突っ込んできます。

 わたくしはと言えば、未だに上半身人間で下半身が触手のまま。一応、上に制服は羽織っております。スカートは履けませんが。

 そして――自分でさえも分かりますが、全身が見事にテッカテカのツヤッツヤ。

 あぁ、それもこれもヒロ様のせいですわ。ヒロ様があのような可愛らしくも美しいお姿をわたくしに晒しまくってくださったおかげで――


「ルウさん……一応聞くけど、ヒロ君にヘンなことはしてないだろうね?」


 会長にもツッコまれましたが、わたくしは元気に答えます。


「大丈夫です。公序良俗に触れるようなことはしていませんから!

 勢いあまって、ちょっとズボンが完全に破けてしまいましたが……」

「えっ」


 ソフィが青ざめます。あぁ、彼女にはかなり悪いことをしてしまいましたね……

 ヒロ様は真っ赤になっていますが。


「ご、ごめんなソフィ!

 しばらくはこの会長の制服で過ごすから、お前は何もしなくていいよ。

 あぁ、もう……っ!!」


 思い出してしまったのか、ぶんぶん頭を振るヒロ様。

 額までがトマトみたいに赤くなっています。先ほどのお姿を思い出すとまた、コーフンしてきますねぇ……

 どんなお姿だったかって? いやいや、とても言えません。

 わたくしはそんなヒロ様をきゅっと抱き寄せました。


「心配いりませんよ、ヒロ様。

 破れた水兵服もズボンもお下着もぜーんぶ、わたくしがちゃんと、ほつれた糸の一本一本に至るまで保管してありますから」

「何が心配ないのか、全然分かんねぇけど」

「うふふ……血と汗がしみこんだ、ぼろぼろの制服の感触は本当にたまりません……

 わたくしにとっては伝説の勇者の鎧そのもの。いえ、それにも遥かに勝る宝物ですわぁ~♪」


 そんなわたくしとヒロ様を見つめながら、小さな黒目からほろりと涙を流すソフィ。


「まぁ……とにかく。

 お二人も、スクレットも、ロッソ様も……戻ってこられて、良かったです。

 傷だらけのヒロ様を見た時は私、卒倒するかと……!」


 そんな彼女を眺めながら、会長も安心したように微笑んでいました。

 彼の表情は慈愛に満ちています。本当にソフィのことがお好きなのですねぇ……


 しかしやがて、会長はすっと冷静な顔に戻りました。

 そして淡々と話し始めます。


「とりあえず、事態は沈静化したわけだけど。

 全てが解決したわけじゃない。むしろ、未解決案件の方が多いといえる」


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