第75話 触手令嬢、ざまぁの瞬間?
わたくしもヒロ様も呆然としている間に、会長に続いて次々と憲兵隊が乗り込んできます。
会長の瞬間移動の術によるものでしょうか。あっという間にレズンは憲兵隊に取り囲まれ、拘束されてしまいました。
憲兵たちに両腕をがっちり捕らえられながら、それでも未練がましく喚きまくり、ジタバタ暴れようとするレズン。これぞまさしく、ざまぁです!
――しかし。
ヒロ様はじっと、その光景を見つめていました。
取り押さえられ叫び続けるレズンを凝視するその横顔は、何故か物悲しい。
そうかも知れません。わたくしから見ればレズンは何度ぶち殺しても殺し足りないくらいのクズでしかありませんが、ヒロ様にとっては――
するとヒロ様はそっとわたくしの耳に唇を近づけ、囁きました。
「なぁ、ルウ。お願いがあるんだ。
俺を……あそこへ、連れてってくれないか」
「あそこ?
れ、レズンのところへですか!?」
「うん。
だって俺……レズンと、何も話してない。
レズンから、何も聞けてない。
レズンが、本当は何を思って、俺にあんなことしたのか……」
――確かにそうです。
ヒロ様がたった一人でこの場所に来た理由。その想いは、わたくしにも分かります。
ヒロ様がここに来る直前、会長に告げた言葉。今ならわたくしにも思い出せますから。
――どうしてそんなに、俺が嫌いになったのか。ちゃんと知りたいから。
あの時のヒロ様の、強い決意を秘めた瞳。何故わたくしはあれを前にしてさえ、ひとつの興奮もしなかったのでしょう。触手族として大恥もいいところです。
全てはレズンと話をする為。ヒロ様にとっては無二の親友であったレズンが、ここまで変わってしまった理由を知る為でした。
なのにあのクズ野郎はその想いを踏みにじりまくった上、とんでもない言葉をヒロ様に吐き散らしましたね。そして、自分の欲望のままにヒロ様を傷つけた。
あの行為を考えれば、そう簡単にヒロ様をあ奴の前に放り出すわけにはいきません。例え、ヒロ様が望んだとしても。
「ヒロ様。レズンはもう……」
しかし、諦めろと言いかけたものの――
ヒロ様の哀しげな横顔を見ていると、とても言えません。
レズンは既に完全に無力化されています。最早、ヒロ様に手出しは出来ない状態。
なら、……仕方ありませんね。
「ヒロ様。一度だけですよ?
それに、レズンが何も話さない可能性もあります。というか、その可能性の方がはるかに高いでしょう」
「分かってる……それでも、もう少しだけ、話をしたいんだ」
そんなヒロ様の言葉を受けて、わたくしは思い切り水面を蹴って大きくジャンプしました。
ヒロ様を抱えたまま、一息に孤島の端、レズンが捕らえられている崖へと舞い降ります。
レズンは憲兵に両脇を抱えられ、さらには会長の電撃術によって軽い拘束も受けていました。
悔しげにわたくしとヒロ様を見上げる目に、反省の色は全くありません。
「畜生、畜生!
あのババア、どこ行きやがった!?
俺じゃない、全部あのクソババアが悪いんだ。俺にこんな役立たずの道具を押しつけて、勝手にどっかに行きやがった!」
喚くレズンを、会長がたしなめます。
「静かにしろ、レズン・カスティロス。
誰が悪いとかいう問題ではない。これは君自身の罪だ!」
「けっ!」
そんな会長の言葉さえ、レズンは聞いちゃいません。
「どうせみんな、俺のせいだと思ってやがるんだろう。
でもなぁ、悪いのは俺じゃねぇ。てめぇらが俺が悪いと思ってんなら、大間違いだ。
悪いのは俺じゃなく、俺をこんな人間にした親と、てめぇらだからなぁ!!」
な、何という開き直り。
この期に及んで、まるで自分の罪を認めようとしないとは。
さすがの会長も業を煮やしたのか、紅の瞳がやや吊り上がりました。
「君は禁断の道具を使い、何の罪もないルウラリアさんを操り、学校を破壊し、多くの学生や関係者を傷つけた。人も、魔も。
しかも――君と話をしようと一人でここまで来たヒロ君さえ、散々痛めつけて!」
会長の手にはいつのまにか、あの校章が握られています。
レズンが落としたものを拾ったのでしょうか。会長はその感触を注意深く確かめながら、怒りを隠さずレズンに詰め寄りました。
「この校章は、僕がヒロ君に渡したものだ。ヒロ君が自分の身を守れるようにと――
なのに、レズン。何故かヒロ君ではなく、君が何度も使用した形跡がある。ヒロ君の血の跡もある。
君はこれをヒロ君から奪って……一体、何をした?」
押し殺したかのような会長の低い声。
そばにいた憲兵さえ震えあがるほど、その声は怒りに満ちています。しかしレズンはそっぽを向いたまま。
「俺は俺のしたいようにしただけだ。誰がどう傷つこうと、俺ぁ関係ねぇな。
そんで一番悪いのは、角笛を渡して逃げたクソババアと、俺たちを散々殴った挙句捨てやがったクソ親父だ。
――みんな、ぶっ壊れちまえばいいんだよ」
何という言い草。これはもう、黙っていられません。
クソババアとクソ親父とは、レズンの両親のことでしょうか。だとしても、レズンに責任がないなんてことはありえません。
「レズン! 貴方って人は……!」
「ルウ、待って」
思わず叫びかかりましたが、ヒロ様がそんなわたくしを止めました。
わたくしたちに気づいたレズンが、なめるような視線をヒロ様に投げてきます。あぁ、気持ち悪い。
「よぅ、ヒロ。
嬉しいかよ、俺のこんな姿を見て。
クズの俺をぶちのめして、さぞかし気持ちイイこったろうなぁ?」
何を言っているのでしょうか。
ついさっきまでヒロ様をぼろぼろに傷つけて一人で気持ち良くなっていたのは、どこのどいつか。
怒りに震えるわたくしの触手をおしとどめながら、それでもヒロ様はじっとレズンを見つめています。
そんなヒロ様に投げつけられたのは、さらなるレズンの暴言でした。
「てめぇはいつもそうだ。
泣けばすぐ誰かに守られて、悪いのはお前じゃないと言ってくれる。
お前は結局正義の勇者様で、俺はクズの悪魔。誰もがそう思うだろうよ、俺とお前を見れば」
当たり前です。それ以外にどう見ろというのでしょうか。
「てめぇだってそう思ってんだろ、ヒロ。
だけどなぁ。俺をこんなクズにしたのは、ヒロ……てめぇのせいでもあるんだ。
俺がこうなったのは、俺のせいじゃねぇ。親父もクソババアも、学校のド畜生どもも、てめぇも含めて……
みんな、気に入らねぇ。俺は――」
しかし、その時でした。
ヒロ様がわたくしの触手を優しく押しのけ、傷だらけの右手を差し伸べたのは。
その手の先にいるのは、悪態をつきまくっているレズン。
血走り吊り上がった彼の目をまっすぐ見据えながら、ヒロ様は必死で右腕をレズンに伸ばします。
「レズン……
そんなこと、ない!」
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