第74話 逆転!!
あぁ……これは苦痛から解放されたヒロ様の、心からの笑顔。
酷い傷を負いながらも、それでもわたくしを助けてくださった――
思えば、ヒロ様がわたくしにこのような、心の底から晴れやかな笑顔を見せて下さったのは、初めてのような気も致します。
そんなヒロ様をぎゅっと抱きしめながら、わたくしは丁寧に治癒の術を施していきました。
左肩に刺さったわたくし自身の触手を見ると何とも痛ましく、申し訳ない気持ちになりますが、こういう形であってもヒロ様とひとつになれていると考えると……
ちょっとだけ、背徳的な気分にもなって参ります。少しずつ触手を動かすたびに、ヒロ様の血肉を、鼓動を、息遣いを感じるこの心地よさ。
――しかし。
「……!!」
その時でした。またあの不快な音が、頭に響いたのは。
頭蓋骨というものはわたくしにはありませんが、それを中からガリガリ引っかかれたとしたらこんな感じなのでしょうか。そんな痛みと気持ち悪さを引き起こす音が――
「う、うぅ……ヒロ様っ……」
「ルウ?」
あまりの不快さに思わず振り返ると――
湖に浮かぶ小島。先ほどヒロ様がわたくしを抱えて飛び降りたであろう崖の端に、あの最低男・レズンが立ちはだかっておりました。
まだこりていなかったのでしょうかあのドクズは。その唇には例の、禁忌のアイテムがくわえられております――『魔妃の角笛』が。
まずい。またあの角笛を使われては、再びわたくしは――わたくしの意識は!!
しかし、思わず顔をそむけたその瞬間でした。
「ルウ! 耳ふさげ!!」
レズンの動きを素早く察したのか。
途端にヒロ様が叫びながら、がばっとわたくしの頭上にかぶさってきました。
あぁ、しっとり濡れた水兵服の襟や泥まみれのスカーフがわたくしの顔に――素肌のぬくもりが直接頬に――
いやいや、そうではなくて!!
「い、いけませんヒロ様!
治療中に傷口を動かしては、出血が増えてしまいます!!」
刺さったままの触手を、ヒロ様の動きに合わせて何とかコントロールするわたくし。
それでもヒロ様はわたくしの頭をぎゅうっと痛いくらい抱きしめたまま、離れてくれません。絶対に音を聞かせまいとするように。
「嫌だっ!
もう絶対に、ずっとルウから離れない。そう決めたんだ!!」
「だ、ダメです! 下手をすれば貫通してしまいますわ!」
「嫌だ、嫌だ嫌だっ!!
ルウをまた取られるくらいなら、腕の一本ぐらいくれてやる!!」
殆ど駄々っ子のように、遮二無二わたくしを抱きしめるヒロ様。
あぁ、いつまでも聞いていたい。この、ヒロ様の心音。
わたくしをあの恐ろしい笛から、懸命に守ろうとしてくださっている。
嬉しい。とても嬉しいですが……
「それでも物理的に離れられなくなるのは、やっぱり困りますわぁ!
それにヒロ様、ご自分の腕を粗末になさってはいけません! ヒロ様の腕はこれからも皆さまを、何よりご自分を支えていく大切なものなのですから」
「やだ! もうイヤなんだ、あんな思いをするのは!
ルウ……う、ううぅ、うわあああぁああっ!!」
な、なんということ。
ヒロ様はわたくしを抱きしめたまま、わぁわぁ大声で泣き出してしまいました。
先ほどまではちょっと大人びたイケメンにも見えたのに、急にすっかり幼子に戻ってしまったかのよう。
その号泣のおかげか、ヒロ様が身体を張ってわたくしの耳をふさいでくれたおかげか。あの不快な音色は若干薄くなった気もしましたが――
これはこれでとっても可愛らしいのですが、ヒロ様の情緒が心配になります。
わたくしを抱きしめている腕も、ぶるぶる震えている。傷だらけになりながら、赤ん坊のようにわたくしにすがりついて泣きじゃくる姿は……
可愛らしくも、痛ましい。
それほどまでに、レズンから受けた心と身体の傷は深かったのでしょう。
これ以上、こんな風にヒロ様を泣かせるわけにはいきません。わたくしも必死で、音を聞かないように精神を集中させました。
――すると。
「な……く、クソっ……!
壊れちまったか、コレ!?」
そんなレズンの罵声と共に、ふっと音が途切れました。
思わず頭をあげてみると、ヒロ様の身体ごしに、崖の上でレズンが地団駄を踏む様子がはっきり見えました。
森にたむろす魔物たちも、主を見失ったかのように動きを止め、きょろきょろとあたりを見回しながらさまよっております。
角笛はその効果が発揮されると、たちどころに魔物が集まりその全てを操ってしまえるはず。しかしそんな様子は今、全くと言っていいほど見られません。
そういえば――思い出しました。
ヒロ様が魂術の力を完全に発動させた瞬間、至近距離にいたレズンも吹き飛ばされたはず。
その時、角笛にも何らかの衝撃が加わり、効果が失われたのではないでしょうか。
人間と魔物を和合させたほどの力をもつ、勇者の「魂術」です。いくら魔妃秘蔵のアイテムといえど、直撃をくらえばただで済むとは思えません。いや直撃でなくとも、相当のダメージを与えた可能性は十分あります。
現に今レズンは、手にした角笛を不器用に弄りまくっては強引に吹き鳴らすという行動を繰り返しています。そして一向にうまくいっていない。
しまいには――
「ちっきしょう! この、役立たずが!!」
草むらに乱暴に投げ捨てられる角笛。
禁忌の秘宝に対する扱いとは思えません。
そんな時でした。
不意に空の彼方から、バリバリと雷鳴の如き轟音が鳴り響いたのは。
ヒロ様が放った光の柱。それは未だに暗い空を貫き辺りを照らし出していましたが、轟音が聞こえたのは柱の遥か上からです。
そういえばこの湖と孤島のある空間は、普段人間たちが住まう世界からは隔絶されている魔の領域。既に結界が張られ、魔妃に許された者以外は立ち入りを許されない空間となっているはず。
わたくしが角笛に侵される前から、この禁断の領域は形成されていました。いくら角笛の力があったとしても、レズン如きがこれほど強力な結界を作ったとも思えませんが――
その結界は今破られ、強烈な雷術が次々に湖に、島にと炸裂しております。
「ぐ……クソっ、クソっ、こん畜生ーッ!!」
この雷の嵐に勿論レズンはすっかり腰を抜かし、何もできずに慌てふためいております。
これほどの雷術を操る者といえば、わたくしの知る限り一人しかいません。
「ヒロ君! ルウラリアさん!
無事か!?」
バリンとガラスが砕けるような音と共に空から現れたのは勿論、あの眼鏡銀髪。
ロッソ会長でした。
「すまない、ヒロ君!
向こう側からじゃ、どうやっても結界をこじ開けることは出来なかったんだ。
あの光のおかげで、やっと君たちを助けられる!」
あの光というのは、ヒロ様が放った魂術のことでしょう。
見ると会長はいつものおかしな頭の布を外し、耳が露わになっております。
……って、あ、あれは!? あの特徴的な、蝙蝠の羽のような尖り耳は!?
ま、まままさか、魔王? もしや、その末裔ということ?!
あの眼鏡モフモフ愛会長に、まさかのそんな秘密が。
あまりの雷術の威力に驚いたのか。天を覆っていた魔物たちもみな混乱し、逃げまどっております。
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