第67話 少年、再びめちゃくちゃにされる


※作者注※前回に引き続き、かなり激しめのイジメ描写があります。苦手なかたはご注意ください※



******


 

 苦痛にあえぐヒロに浴びせかけられる、レズンの罵倒。

 それはどんな打撃よりも激しく、ヒロの心を打ちのめす。



「ずっと鬱陶しかった。

 昔のガキだった頃の俺なんかにいつまでも拘って、俺に守られ続けようとしてるてめぇが!

 俺が駄目となったら、今度は女に、バケモンに守ってもらって調子乗りやがって……」



 ――そうだ、よな……

 俺、弱いまんまだった。

 ルウと一緒にいられたから、強くなったと思い込んでいただけだ。

 ルウがいなかったら……こんなにも……



「化物がいなきゃ何にも出来ない癖に、俺を踏みつけて自分が強くなったからって、俺に手を差し伸べようとかしてくるその傲慢さが、マジムカつくんだよ!

 いつもいつも、犬みたいな目で俺を見てきやがって……

 何が、出来ることなら何でもする、だ! てめぇに出来ることなんて、こうやって痛い目みて泣きじゃくるぐらいだろうが!!」



 胸元にも情け容赦ない打撃が飛び、スカーフ留めごとスカーフが切り裂かれ、鮮血のように宙を舞う。

 どれほど殴られても傷つけられても、レズンの言葉通り、ヒロにはもうなす術がない。



 ――ごめん、会長。サクヤ。スクレット……ソフィ……じいちゃん。

 俺、勇者なんかじゃなかった。

 だって、こんなにも何にも出来ないのに。ルウ一人、助けられないのに。

 こんな俺が、勇者なわけ、ないよ。



「俺が優しい? ふざけるな、俺は元からこんなんだったんだよ!

 親父から殴られまくって見捨てられたことも、お袋がトチ狂ってベッドまで入り込まれて首絞められたこともない癖に、分かった風な口きいてんじゃねぇよ!!」



 ――え?

 レズン……それって……やっぱり、家が……?



 ほんの少し目を開けるヒロ。

 血と涙で汚れた視界の向こうに、レズンの姿が僅かに見えた。

 だがその視線すら気に入らなかったのか。レズンの意思を示すように、ヒロの右頬が容赦なく枝で殴られる。

 脳が耳から噴出するかというほどの打撃に、意識も飛びかけたが――

 腹のあたりに再び強烈な刺激を感じ、激しい電撃と共に強引に彼の意識は引き戻された。



 ――レズン。また、校章を使ったのか。

 俺、一度もまともに使えなかったのに……



 レズンはもう笑ってはいない。

 酷い憎悪をこめた目でヒロを睨み、罵声を浴びせてくる。


「ずっとムカついてた。

 犬みたいに俺についてきたお前が、いつの間にか俺より上にいやがって。

 成績がいいとか友達が多いとか顔が可愛いとか、そんなクズい理由だけで俺を見下して、俺を嗤って……!

 俺が親父に殴られた次の日にてめぇ、大喜びで成績表見せに来たことあったよな。

 俺の成績がどうだったかも知らないで!!」



 ――違う……あの時は、そんな……

 俺、レズンがそんなことになってたの全然知らずに……ただ、俺だって出来るようになったんだって、レズンにも喜んでほしくて……!!



 何度も何度も、激しい打撃はヒロを打ちのめし。

 苦痛に苛まれるヒロの眼からは、玉のような涙が零れだした。

 それさえもあざ笑い、レズンはさらにヒロを言葉でも叩きのめしていく。



「お前はいいよな。いつもそうやって泣きじゃくってれば、誰かが助けてくれる。

 被害者ぶって泣いていれば、汚れずにいられる。清廉潔白の素直な優しいガキでいられる。

 何にも考えずに俺のことを笑って、どれだけ人をムカつかせたかも知らないで……

 てめぇの笑顔は、いつも、いつだって俺にとっちゃ……!」



 そこでレズンは何故か、不意に押し黙る。

 肩を震わせながら、じっとうつむくレズン。自分が何故こんなことをしているのか、僅かに戸惑っているようにも見える。

 そんなレズンの心の動きを嗅ぎ取ったのか。枝も獣たちもほんの少しだけ、ヒロへの攻撃の手を緩めた。

 ぜいぜいと激しく喘ぎながら、何とか声を絞り出すヒロ。



「れ、レズン……

 そんなに、俺が……嫌いなら。

 俺、もう、泣かない……笑わない……」

「…………」

「俺……ずっと、母さんがいなくてさ。

 父さんは仕事ばっかりで……小さい頃から、ずっと、寂しかった。

 でも……レズンがいつも、そばにいてくれたから。

 レズンが、励ましてくれたから、俺……

 いじけずに、生きてこられたんだと……思う。

 ……だけど」



 強い拘束と全身の痛みに呻きながら、それでもヒロは言葉を絞り出す。

 痛みに満ちた言葉と共に、涙があふれた。



「俺のことが、そんなに嫌いだったんなら……

 俺、もう、レズンに……何もしない。

 レズンに……二度と、何も、話しかけたり、しない。

 だから……お願い、だよ。ルウだけは……

 ルウだけは、元に……!!」



 しかし、そんなヒロの言葉さえも。

 レズンは絶叫と共に一蹴した。



「うるさい!

 お前に、俺の気持ちなんか分かるわけない!

 俺を絶対に受け入れない癖に、中途半端な偽善ばかり言いやがって!!」

「……!!」



 怒れるレズンの昂ぶりを示すように、ヒロの眼前へ不意に蔓が伸びあがった。

 それは先端に蛇にも似た頭部を持つ、黒紫の魔草。植物ではあるが獲物をすする為の口があり、小さいが牙もある。

 今、その口腔からは大量の分泌液が溢れだし――

 ヒロに叫ぶ暇も与えないまま、その口へ容赦なく蔓の先端がねじ込まれた。



「んぐ、ん、んん……っ!!」

「これは罰なんだ。

 ずっと俺を苦しめて、俺を受け入れなかったお前への!

 化物女を盾にして、俺を馬鹿にし続けたてめぇへのな!!」



 ――分からないよ、レズン。

 俺がお前を受け入れなかったって、どういうことだよ。なんで……?



 しかしそんな呟きさえ、今のヒロには許されず。

 再び激しい打撃がヒロの背中に、両肩に、脚に、叩きつけられた。


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