第66話 少年、ボロボロにされる


《作者注※今回、かなり激しめのイジメ描写と流血描写があります。苦手なかたはご注意ください》


******


 

 森の奥から無数に伸びて来た枝はギリギリと軋みながらヒロを縛りつけ、手首や腕のみならず首、胸元、腰にまで絡んでいく。

 しっかり握りしめていたはずの校章も落としてしまったが、最早拾うことも出来ない。思わず叫ぼうとしたが、その口元にさえ枝がぎゅっと絡んでまともな言葉さえ出せなくなってしまった。

 空から伸びた大量の枝に吊り上げられる体勢となってしまったヒロは、そのまま宙へと持ち上げられていく。両足がふわりと大地から浮いた。

 まるで十字架にかけられたような恰好だ。両側から絡みついた枝が互いに引っ張り合い、その力だけで引き裂かれるほど痛い。


「う……あぁ……ぐっ……

 な、なんで、レズ、ン……!!」


 裾から胸元にまで容赦なく入り込む枝の感触に、ヒロは必死でもがきながら小さく悲鳴を上げていた。

 まだ自由になっている両脚をジタバタ動かしながら、脱出方法を探っていたが――


 すぐ下の草むらから、今度は黒々とした蔓が土くれを吹き飛ばしながら生えてきて、そのままヒロの両足首を掴んだ。

 蔓が掴みかかる勢いはかなり激しく、それだけで左の靴が脱げてしまったほどだ。

 上半身に巻き付いた枝と同様、草むらから伸びた蔓は次々にヒロの両脚に絡みつき、上まで這い上がっていく。


「うっ……げはっ……

 る、ルウ……」


 最早完全に四肢の自由を奪われ、がんじがらめに縛られ空中に吊り上げられたヒロ。

 首と口に巻き付いた枝で咳き込んでしまった。ろくな呼吸も出来ないしまともな声も出せない。

 左肩や右太ももの傷にさえ枝が食い込み、激痛と共に血が滲んだ。

 枝は水兵服の裾やズボン、その中にまで入り込んで身体を直接まさぐってくる。ずるずると皮膚の上を這い回る枯木の感触が、とてつもなく気持ち悪かった。



 ほぼ無防備になってしまったヒロの姿を、満足げに見上げながらレズンは嗤う。



「さぁて、ヒロく~ん? 罰の時間だぜ。

 さっきは俺に、こわ~い思いをさせてくれたなぁ?」



 玉座を降りてヒロに近寄ったレズンは、吊り上げられたヒロをじっくりと眺めまわした。

 枝が巻きついて若干めくれあがった裾。その隙間からはほっそりした腰と、小さなへそがちらりと覗いている。

 この口調からして、縛り上げられただけでは絶対に終わらない――

 その直感に、ヒロの背筋がぶるっと震え、思わず目をつぶってしまう。


 しかしそんな僅かな逃避さえも、ヒロには許されなかった。

 曝け出された臍のすぐ脇を、何か小さなもので衝かれたような刺激が走る。

 その直後、全身を痺れさせるかのような強烈な衝撃が、ヒロを襲った。



「ぐ……っ!?」

「言っておくが、気絶すんなよ?

 こいつを食らわせてやるからな」



 熱でも氷でもない、得体の知れない衝撃。

 だが、ヒロには分かっていた。ルウのそれを散々食らったから、もう分かる。

 これは間違いなく、雷術だと――

 わずかに鼻をつく、布の焼ける臭い。まさかと思い、震えながら目を開く。



 そのすぐ下にあったものは、にんまりと自分を見つめるレズンの笑顔。

 そして、その手に握られていたものは――

 ヒロが先ほどまであれだけ撃つのを躊躇していた、金色の菖蒲を象った校章だった。



 ニヤニヤ笑いながらレズンは楽しそうに校章を手にし、弄っている。

 ――間違いない。レズンは今、俺を、校章で撃った。

 裾やスカーフの端が少し黒ずんで、わずかに煙まで出ている。焦げた臭いが、嫌でもヒロに現実を教えていた。



「なるほどな~。この赤い石で出力も調整できるわけだ。

 良かったなぁ、ヒロ。さっきの威力のままだったら今頃お前、死んでたぜ?

 つまりお前、俺を殺そうとしてたってことだよな?」



 違う。ヒロは首を振ろうとしたが、枝が強く絡んで頭さえもろくに動かせない。

 あれは軽めの電撃魔法だって、会長も言っていた。見た目は派手だけど、そこまでの威力はないのかも知れない。少なくとも、誰かを死なせるほどの力は。

 現にさっきの獣も麻痺しただけで、死んではいない。

 だけど俺は、使うつもりなんてなかったから、調整方法も知らなかった。誰かを傷つけたくない、死なせたくない。だからずっと使えなくて……



「一度ならず、二度までもよぉ。

 最初の一撃だけならまだ俺も許したけど、あの後ももう一度向けたよなぁ?

 明らかに、殺意があったってことじゃねぇか」



 違う。俺はレズンに……

 ルウを元に戻してほしかった。

 そして、レズンには……少しでもいい。考え直し、立ち止まってほしかった。

 元の優しいレズンに戻りはしないまでも、せめて、今やってることは思い直してほしかったんだ。

 ただただ、それだけだったのに。


 でもその為に、無我夢中でレズンにあの校章を向けたのは……

 やっぱり、やっちゃいけないことだった。レズンの言うとおり、下手をしたら死んでいたかも知れないんだから。



 しかしそんなヒロの呟きは、誰にも届かない。

 巻き付いた枝によって、ぐいぐい空に向かって引き上げられていくヒロ。

 周囲を見回すと、ヒロを囲む木々は全て彼を嘲笑うようにケタケタとざわめき、その幹から次々と枝が伸びて宙を舞っていた。

 細いもの太いもの、中には小さな刺がびっしり生えたものまである。

 そして下を見ると――


 イブルウルフの群れが、吊り下げられたヒロの身体、そのすぐ下に集まってきた。

 ヒロの血の匂いに惹きつけられたのか。グルルと唸り声を上げながら、飴に群がる虫のように集まってくる双頭の獣たち。


 群れの後ろで、ニヤニヤ笑いながらヒロを見上げているレズン。

 そしてその脇に控えながら、身動きひとつしない触手令嬢――ルウ。


 今度こそ激しい恐怖と命の危険を感じ、ヒロは思わず叫びかけた。



「る、ルウ……!

 助け……!!」



 だが、満足に叫ぶことも出来ないうちに――

 無防備にされたヒロの背中を、不意に強烈な打撃が襲った。



「……!!」



 それは宙に伸びた枝が鞭の如くしなり、ヒロを襲った一撃。

 だがそれだけでヒロは一瞬意識が飛ぶほどの衝撃に見舞われ、思わず激しく咳き込んだ。

 背中も大きく傷ついたのか、肌が裂けて血が滲む感覚さえする。

 打撃で破られたのか。白い水兵服の切れ端が、身体の下へ落ちていくのが見えた――


 しかし当然、それだけでは終わらない。

 吊るされたヒロを悠然と眺めながら、レズンは唇の端を明確に歪めた。



「さぁて、ヒロ。その身体で払ってもらうぜ?

 こともあろうに、お前如きがこの俺を殺そうとした……その代償を、な」



 その言葉が合図であるかのように、ひゅんと枝が風を切る音が鳴り。

 ヒロの周囲を漂っていた枝という枝が、一斉にヒロへの攻撃を開始した。

 さっきの一撃と同じか、それ以上の重さの打撃。それが次から次へとヒロへと襲いかかり、その身も心も削っていく。



「あ、あぁ、あうっ……ぐぁああぁああ!!!」



 どれだけ悲鳴を上げても、苦痛による涙を流しても。

 ルウは答えてくれない。レズンは嗤い続けるばかり。

 両肩、両腕、背中、胸、腰、太ももにいたるまで――ヒロは容赦なく打たれ続けた。

 既に怪我をしている左肩も打撃が襲い、そこへ枝が食い込み、真っ赤な血飛沫が舞った。



 ――ルウ……たす……け……!



 嵐のような打撃に苛まれる中、ヒロは必死でルウに視線をやった。

 それでもルウは微動だにせず、レズンの隣でかしずいたまま。

 そんなヒロとルウを見たレズンが、勝ち誇ったかのように高笑いを轟かせる。



「ハハハハハ、ぶざまなもんだなぁヒロ!!

 バケモンに頼って、女の後ろに隠れて、俺を嗤い続けるのは楽しかったかよ!?」



 レズンの高笑いと同時に、ヒロの真下にいたイブルウルフたちが、一気にヒロの脚に食らいついた。苦痛はこれだけでは終わらないとばかりに。



「……が……あぁ……!!」



 鋭い牙が肉を穿つ痛み。まるで釘でも打たれたかのようだ。

 獣たちの牙はヒロの脚を服ごと喰い破る。ズボンが裾からビリビリ引きちぎられていく。

 それはかつてレズンたちにやられた暴行を連想させ、ヒロの四肢を完全に硬直させた。

 靴も靴下も脱がされ、最早獣たちを蹴飛ばすことさえ出来ない、血まみれの裸足。



 ――ごめん……ルウ……

 俺、結局、なんにも出来ない。


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