第58話 骸骨執事、まさかの裏切り!?

 

「や、ヤベェ……このままじゃ、防壁が!

 ヒロ、サクヤちゃん! オレの後ろへ隠れろ!!」


 場が一気に緊張に包まれ、スクレットがヒロたちを守るかのように構える。

 しかし、その瞬間だった。




 ――イクら あがいても ムダだ。

 おマエは もう オレのもの。

 おマエの タマシイも カラダも ぜんぶ……




 さっきと同じ、声がした。

 ヒロの頭の中に、直接呼びかける声が。

 もうヒロには分かっていた。それが――他でもない、レズンの声だと。

 それだけじゃない。自分を上から下まで眺めまわすかのような粘ついた視線を、どこからか感じる。

 これも多分――レズンの視線だ。

 俺を散々痛めつけていた時と同じ、あいつの視線と声。



 ヒロは胸元の校章を、ぎゅっと握りしめる。

 レズンは元に戻ってなんか、いなかったんだ。

 認めたくなくて、俺はルウと喧嘩して……

 結果、このありさまだ。

 だったら――

 本当にレズンのことを考えるなら。



 校章を握りしめた手が、ぶるぶる震えだす。

 出来るのか、俺に。今も俺を憎み、痛めつけようとしているレズンと……

 正面から向き合うことが。



 だが、ヒロにはもう逡巡の時間すら与えられなかった。

 上空の黒い渦がさらに勢いを増したかと思うと、突然空気が妙に張りつめていく。

 ふとした拍子にバチッと電気が走りそうな、凍てついた空気。ヒロの背筋にも緊張が走った。

 その時――



「な……何だ?!

 か、身体が……勝手に!!」



 ヒロの眼前で構えたまま、スクレットがぶるぶる震えだしていた。

 その表情からいつもの陽気さはかき消え、左右に踊るような特徴的な動きもなくなっていた。

 不自然にガタガタ骨を鳴らしながら、ヒロを振り返ったスクレット。

 手にした剣は上段に、大きく振りかぶられていた――何故か、ヒロに向けて。



 何が起こっているのか一瞬では把握できず、ぽかんとスクレットを見上げるばかりのヒロ。


「スクレット?

 ど、どうしたんだ」

「ひ……ヒロ……逃げ……っ!

 ちくしょう、駄目だ、やめろ、バカヤロー!!」



 スクレットの大きく開いた眼窩の奥には、今まで見たこともないような禍々しい紅の光が見える。全ての骨という骨をミシミシ軋ませながら、彼の眼窩は大きく歪みつつあった。

 どうしようもない憤怒と苦悩が、彼の中で激しく争っている。それぐらいはヒロにも分かった。

 剣を振り上げた右腕は自分の意思ではどうにもならないらしく、どうしても元に戻らない。

 その剣は明らかにヒロめがけて振り下ろされようとしていたが、スクレットは強引にそれを左手で押さえていた。



「この音……ヤバイぜ! ヒロ、オレから離れろ!

 多分これが、カイチョーの言ってた……ぐぅうっ!!」

「!!」


 その言葉で、ヒロも理解した。

 突然変化したこの空気。レズンの気配――

 まさか。


 その瞬間だった。

 突然眼前が爆炎に包まれ、スクレットの身体が一気に吹き飛ばされる。

 炎の威力はかなり強く、骸骨執事は十メートルほど離れた壁まで叩きつけられた。


「す、スクレット!?」


 慌てて駆け出そうとしたヒロを、背後から強引に止める手。

 それは会長だった。わずかに顔をしかめ、額を押さえている会長の。


「気をつけろ。

 今この一帯には、『魔妃の角笛』がガンガン鳴り響いているよ……僕すら耐えられないレベルの音量でね」

「そ……そんな!」

「彼は自分の意思に反し、主たる君を襲おうとした。よりにもよって、ずっと守ってきたはずの君を。

 彼さえ一瞬で支配下に置いてしまうほど、角笛の威力は強いんだ。スクレットが辛うじて自分を押さえられたのは、強靭な意思の力というほかない」


 ヒロは憔悴を隠せず、スクレットに駆け寄ろうとする。しかしまたしても強く会長に止められてしまった。

 そうしている間にも、天の渦はどんどん勢いを増していく――

 渦の中心からは、大蛇の頭にも似た黒い何かが、何本も何本も出現している。

 それは触手だった。雲から地上へ伸びるように、その先端をもたげ、何度も何度も天の防壁を殴りつけている。

 強烈な打撃が繰り返されるたび、地上の人々を護る光の天井には亀裂が入っていく。稲光にも似たその亀裂は容赦ない攻撃のたびに、加速度的に広がっていった。



「駄目だ!

 このままじゃ……!!」



 空へ向かって絶叫する会長。

 その瞬間、一段と強い力で天空から触手が叩きつけられ――



 パリン。

 そんな乾いた音と共に、呆気なく防壁は破れた。

 魔王の末裔たる会長の、決死の防壁。それが、いとも簡単に。



 破れた防壁の破片が、避難した生徒たちの頭上に次々と降り注ぐ。

 この事態に、生徒たちのみならず教師や憲兵隊までが悲鳴を上げていた。


「いやぁああぁあっ!?」

「そ、空が! 防壁が壊れた!!」

「ど、どうするの私たち!? 会長の術も破られたら、もう……!!」


 そんな悲鳴をねじ伏せるかのように、再び飛び出していく会長。

 天から降りてくる黒の触手に向け片腕を伸ばすと、その掌の中心から一気に火線が迸る。


「皆、伏せろ!

 豪炎魔動砲!!」


 黒雲の中心へ伸びていった数条の閃光はやがて激しい爆炎へと変わり、触手を燃やし尽くす

 ――かに、思われたが。


「!?」


 会長の放った炎は、触手の一撃によって瞬時に薙ぎ払われた。

 天井のドームを破壊し続けながら、幾多もの触手はほぼ一つの塊となってゆっくりと降下してくる。生徒たちの悲鳴。

 雲の如く黒煙を吐き出しながら、地上からの攻撃をものともせずに降りてくるそのさまは、まるで超巨大な隕石でも落下するかのようだ。

 力の差が圧倒的すぎる。そう判断した会長は、すぐにヒロたちに叫んだ。


「全員逃げろ! ここから出来るだけ遠くに……

 っ!!?」


 しかし再び、彼は頭を押さえて顔をしかめてしまう。またしても『魔妃の角笛』が鳴り始めたのか。

 ミソラたち教師は慌てふためきつつも、生徒たちを避難させ始めていたが――

 その生徒たちにすら、異変が起きていた。



「い、いやあぁああっ!? な、何するの!」

「こ、こいつ、急に俺の腕に噛みついて……うわぁああっ!!」



 避難しようとしていた生徒たちのうち数人が、他の生徒や教師たちに襲いかかっている。

 襲っている方の生徒たちは全員奇妙に目が血走り、顔が青黒くなっていた。

 中には足が複数本になったり腕が伸びたり目の数が増えたり、姿形さえ変貌してしまった者さえいる。


 あたりは一気に、狂乱の地獄に叩き落された。

 ヒロはただどうすることも出来ないまま、会長の背後で立ち尽くしているしかない。


「か、会長……みんなは一体、どうしたんだよ!?」

「これも『角笛』の影響だよ。

 変化してしまった生徒たちは皆、元々魔物だったか魔物の血を引いている者たちだ。

 ヒロ君、今すぐ逃げろ。僕も多分、無事ではいられない……!」


 そうしている間にも、ヒロの周囲にも魔に侵された生徒たちが、じわじわと接近してくる。

 さらには再び雲からも魔物が雨の如く襲来し、その被害は学校のみならず街全体にまで拡大を始めていた。

 だが会長は最早、ヒロやサクヤの周囲から魔物を排除するだけで精一杯。

 しかも魔に侵された生徒たちは、どういうわけかヒロを狙っている――

 その中には、ボロボロになりながら再び強引に立ち上がらされたスクレットまでいた。


「や、やめろぉ! 頼む、やめてくれぇえ!!

 オレにヒロを殺させないでえぇええぇえ!!」


 そう絶叫しながら跳ね上がり、ヒロに向かって剣を振り下ろしてくるスクレット。

 眼窩からは滂沱の涙が溢れている。

 そんな骸骨執事がヒロに飛びかかろうとした瞬間――

 咄嗟に張り巡らされた会長の閃光によって、またもやその身体は弾き飛ばされた。

 会長の放った一撃は正確にスクレットの片腕を破壊し、その肘関節から先を剣ごと空中へ散らしていく。

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