第57話 会長の願いと一縷の希望
脳天をガンと思いきり殴られたような、会長の言葉だった。
それじゃ、ルウは……ルウは!!
いつの間にかガタガタ震えだし、その場にがくりとうずくまってしまうヒロ。
そんな彼を、慌ててスクレットが支えた。
「ひ、ヒロ! 大丈夫だって、ルウに限ってそんなことありゃしねぇ!
そうだろ、カイチョー!?」
ヒロを支えながら、スクレットは大慌てで問いただす。
しかし会長は、そっと頭を横に振った。
「残念だが……角笛の効果は非常に強大だ。あの魔王ですら操られかけ、一族皆殺し一歩手前まで行った。それほどその術は危険なんだよ。
その魔物の意思や魂と呼べるものは吹き飛び、ただの抜け殻になり、強制的に服従させられる」
――絶望的な言葉だった。
それじゃルウはあのまま、レズンに操られてしまったのか。
多分彼女だったら、末代までの屈辱恥辱!舌を噛み切ります!!と大暴れするだろうに。
しかし会長はそっとヒロの正面に膝をつき、ゆっくりとその肩を支えた。
涙で濡れたままの若草色の瞳と、どこまでも冷静な紅の瞳。その視線がかちあう。
「ヒロ君、よく聞いてくれ。
かつてのヴィミラニエは角笛を使って大量の魔物を縦横無尽に操り、魔王軍にまで壊滅的な被害を与えた。そして魔物も人間もあらゆる命を我が物とし――
遂には、星をも滅ぼす力を手に入れる寸前まで行ってしまったんだ。
だがそれを阻止したのが、人間たちの介入だったんだよ」
「人間……の?」
本来人間は、魔物よりも無力な存在だ。
それ故、魔王や魔妃といった存在に長い間苦しめられてきたのはヒロも知っている。
それでも――知恵と勇気で人間は強くなり、生き残り、遂には魔物との和合を果たした。
祖父からもよくそういい聞かされたものだ。
「角笛の効果が及ぶのは魔物と、その血を引く者たちだけだ。
つまり、魔物にしか聞こえない音を使っている。人間には効果がないんだ」
「詳しいなぁ、カイチョー」
スクレットの疑問に、会長はそっと自分の耳に触れた。
コウモリの翼に似た黒い耳は、今も鋭く尖っている。
「……僕自身、魔物の血を引いているしね。
この耳がその証明だ。魔王の眷属であることの、ね」
ヒロもサクヤも、はっと顔を上げた。
つまり……今の今まで、普通に会話をしてきたこの男は。
ヒロは勿論、そこそこつきあいのあったはずのサクヤも、にわかには信じられないという表情だ。
「か、会長が、魔王の?」
「嘘……全然分かりませんでした。
いつもの頭の布、てっきり会長独特のファッションだとばかり……」
「うん、俺もそう思ってた。
そもそも、何で隠してたんだ? 学校には魔物の生徒だって多いし、別に問題ないだろ?」
ヒロの問いに、会長はいつもの微笑みと共に首を振る。
「魔王の血を引くとはいえ、僕はあくまでクォーター。
君たちが恐れるような力なんて何もないよ」
いや、さっきの術は十分脅威に値すると思う――
そう言いかけたヒロを、会長は制した。
「ただ僕は、あくまで普通の学生として、日々を過ごしたかっただけなんだ。
ちょうどルウさんが、君に熱烈な愛を訴えたように――
僕だって、周りの皆と同じように、誰かに愛を捧げたかった」
その愛を捧げる相手が、ソフィだったということか。
彼女に対する会長の熱烈な語りを思い出しながら、ヒロはいつしか神妙に彼の話に耳を傾けていた。
「魔王としてではなく、僕はあくまで対等に、皆と接していたかったのさ。
だけど魔王の血を引く人間であることが知られてしまっては、それすら出来なくなるかも知れない。人間からは勿論、同じ魔物からも必要以上に恐れられてしまう可能性がある。
だからこの耳も、本来の力も、ずっと隠していた。それでもいつの間にか、生徒会長になっちゃってたけどね」
ルウのような純然たる魔物でもなく、ヒロたちのような人間でもない。
いくら魔物と人間が融和した世界とはいえ、会長のような混血の者、しかも魔王の眷属ともなれば――
普通の青年として生きていくのは想像以上に難しいのだろう。それぐらいは、ヒロにも想像できた。
それでも。
これまでの平穏な学園生活を捨てることになるかも知れない。そんな覚悟を決めてでも――
会長は力を行使し、自分たちを救ってくれたのか。
改めて彼をまじまじと見つめるヒロ。
しかし会長はさっと話題を元に戻した。自分の決断など、何でもないことかのように微笑んで。
「いやぁ、この際僕のことはいいよね。
今問題なのは、あの忌まわしき術具にどう対処すべきか、だ。
さっき言ったとおり、あの角笛の音は魔物を大いに狂わせるが、人間には効果がない。
だから当時の魔王は、ずっと対立してきた人間と手を組み、指笛の威力を少しでも抑えようとした。
魔妃は当時の人間たちにとっても、魔王以上に脅威の存在だった。だから魔王の申し出は、人間側にも願ってもないものだったのさ。
そして――星の破壊者となった魔妃を、魔王軍と人間たちが封じ込め、ここに魔と人間の和合が成立した。
中でも人間側の最大の力となり、同時に積極的に魔王に手を差し伸べた者たち――
それが、『勇者』だと言われている」
ヒロをじっと見つめ返した会長。
その紅の瞳の中で、周囲の炎が微かに揺らめいている。その妖艶な煌めきは、まさしく高貴な魔の者を思わせた。
「勇者……つまり君だ、ヒロ君。
君ならば、魔妃の脅威を打ち破り、ルウさんを元に戻すことができるかも知れない。
勇者の力に目覚めた、君ならね」
「……!」
そう言われ、ヒロは改めて自分の掌を見つめた。
スクレットに守られなければろくに戦うことすら出来ず、レズンと向き合えず、サクヤがいなければ真相を知ることも出来ず、会長がいなければ多分死んでいた自分――
そして、ルウを信じることさえ出来なかった。
そんな自分に――出来るのか。みんなを救い、ルウを取り戻すことが。
逡巡しながら、じっと俯くしかないヒロ。
しかし、そんな時だった。
黒い空の遥か彼方で、ドドォンと奇妙な音が響いた。
まるで雷でも近くに落ちたかのような。
周囲の生徒たちも一斉に悲鳴を上げ、不安げに空を見つめている。
会長が、術による防壁を張り巡らせているはずの空を。
「ろ……ロッソ君! あれを!!」
不意に響いたものは、ミソラが会長を呼ぶ声。
ヒロも弾かれたように顔を上げ、空を仰ぐ。
すると――
「あ……あれは?」
防壁が、破れかけている!?」
ぎりっと唇を嚙みしめる会長。
その視線の遥か先では、ガラスの天井にも似た防壁が――
ミシミシと嫌な音をたてながら、大きく揺さぶられていた。
防壁のさらに向こう側の空は黒く淀み、雲が渦を巻き、さらには稲妻のような閃光までちらついている。
上空からの奇妙な圧力により、鉄壁の術が破られようとしている。そのぐらいは、ヒロにも分かった。
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