第55話 会長無双と彼女の機転
一撃で、蜘蛛の子を散らすように四散していく魔物たち。
それでも空中で蠢く魔の群れはさらに増え、一気に学校ごと会長を押しつぶさんとばかりに降下してくる。
だが――会長の冷静さが崩れることはなかった。
ずっと頭を覆っていた白い布を、彼は躊躇なくするりと自ら引き剥がす。
「か、会長……!?」
ヒロもサクヤも、固唾をのんでその光景を見ているしかなかった。
布の下から現れたものは、
コウモリの翼にもよく似た形の、黒々とした長い耳。
学園祭で使った飾りでもつけているのか。ヒロは一瞬そう思ったが――
その異様な形の耳は、元々会長の耳だった。その証拠に、耳と顔の皮膚の間には禍々しい紫に染まった血管が無数に浮かび上がっている。
その両掌からは人間のものとも魔のものともつかない、神々しくも禍々しい光が放たれていた。
そのまま彼は大きく両腕をかかげ、持てる力の全てを爆発させる。
「魔族究極奥義・第三式――
幻晶防壁!!」
静かだが、地の底までずしりと響くような低音で、会長は叫ぶ。
同時に学校の上空に、まるで水晶のような光が縦横無尽に走り――
一瞬にして、空中の魔物たちが塵と消えた。
あれだけ無数に湧きだしていた魔物たちが、見事に全て消失したのである。
「な……
一体、何が?」
「す、すげぇ……つぇえ……」
ヒロもスクレットも、ただただ唖然とこの光景を見上げているしかない。
だが会長のこの術の効果は、それだけではなく。
同じように空を見上げるままだった教師たちが、思わず声を上げた。
「見ろ!
光が、学校を守っている……!?」
そう。会長の放った光の術は魔物を殲滅したのみならず――
学校全体を覆うドームとなって空に拡大していた。ほんの少しだけ星のように光を放つ、透明なドームに。
それは堅固な壁となってしっかりと学校全体を包み、空から生まれた新たな魔物の侵入を完全に拒んでいる。
校庭に降りようとしても、見えないドームに阻まれ弾き飛ばされ、魔物たちは完全にそれ以上の侵攻を阻まれた。
そんな魔物たちの醜態をゆっくりと確認しつつ、会長はヒロたちを振り返った。
唇には余裕の微笑みさえ見える。
「さて……
僕も今やっと来たばかりで、殆ど状況が掴めてない。
サクヤさん。話せる範囲でいいから、話してくれないか。
君は、知っているんだろう? 何が起こったかを」
******
会長の張った防壁により、何とか学校は魔物の襲撃から守られた。
救急隊も消防隊も次々と校内に入り、ようやくまともに救出作業も消火活動も開始された。
そんな中、ヒロたちの元にふわりと降り立つ会長。
それに加え、ヒロたちに気づいたのか。彼らの担任教師ミソラが、大慌てで駆けつけてきた。
「貴方たち!
まだ避難していなかったの? 早く……!」
そう言いかけてヒロとサクヤを見た途端、彼女は思わずはっと口をつぐんでしまった。
左肩が血まみれのヒロに、彼の治癒術を受けてもなおボロボロのサクヤ。
そんな生徒たちを前に立ちすくんだミソラに、会長が声をかける。今更何をしにきたと言いたげに。
「先生。サクヤさんは恐らく、ここで何が起こったかを知っています。
どいてくれますか。今から少し話を聞きたいので」
黒いコウモリの耳を曝け出したままの会長。
その言葉は静かだが、底冷えを感じさせる声音だった。
今までヒロたちを放置していた分際で。そんな怒りが明確にこめられている。
会長の威迫に、ミソラは思わず背筋を震わせたが――
それでも彼女は、ヒロとサクヤのそばから離れようとしなかった。
「分かりました……
でも、このぐらいはさせてください」
そう言いながら、ミソラはゆっくりとヒロの左手をとった。
ヒロに触れた彼女の手から、暖かなオレンジの光が溢れる。
「……先生?」
「これは陽術。水術と同じ、治癒の力を持つ魔法よ。
すぐに完治させるのは無理でも、痛みを和らげて回復を促すことは出来る」
彼女の言葉と共に、ヒロの傷は少しずつ治癒していく。
真っ赤に染まった袖までは元に戻らないものの、それでもその下の傷の痛みが、水のようにみるみる溶けていく感覚が心地良かった。
「……ごめんなさいね、ヒロ君。
私、……今まで、貴方に何も出来なくて」
そう呟きながら、彼女は傍らに抱えていた救急箱を開いた。
術をかけたガーゼを丁寧に傷口に当て、慣れた手つきで包帯を巻いていく。服の上からの治療ではあったが、それだけで痛みは嘘のように引いていった。
次いで、サクヤにも手早く治癒の術をかけ始めるミソラ。しかし――
「ごめんなさい、先生。
ヒロ君たちに、どうしても見てもらいたいものがあるんです」
そう言いながら彼女は、内ポケットから自分のミラスコを取り出した。その手も声も、わずかに震えている。
「サクヤ。少し休んだ方が……」
ヒロが静止しようとしたが、サクヤは頑なに首を振った。
「ううん、駄目。一刻も早く何とかしなくちゃ……
ちゃんと見てて、ヒロ君」
そのまま強引に、サクヤはミラスコを起動した。
彼女のただならぬ様子に、ヒロもスクレットも、そして会長も思わずその手元を覗き込む。
ほのかに光り始める画面。
やがて、そこに映し出されたのは――
ヒロたちも見慣れた、紺のブレザーと桜色の美しいロングヘアの少女、その背中。
ほの暗い術実験室の中、誰かと対峙している。
「ルウ!?」
ヒロは思わず身を乗り出し、叫んでいた。映像の中の彼女に呼びかけるように。
そのルウは彼女らしく、一切怯まず真っ向から相手に呼びかけている。
《レズン・カスティロス。
貴方が謝罪したいというお話でしたから、わたくしたちはここへ参りました。
心からヒロ様へ謝罪し、誠意を見せたいというならば――
まずは、貴方のミラスコを出していただきます》
凛としたルウの声は、ミラスコごしでもはっきりと響いた。
サクヤが説明する。
「万一に備えて、私のミラスコで一部始終を録っておいたの。
レズン君との会話をね。
彼にバレないようにこっそり録ったから、はっきり見えないかも知れないけど……」
ヒロは食い入るように映像を見つめる。
ルウの堂々たる背中の向こうに、短く刈り込まれた金髪、そしてグレーの瞳がちらちら見えた。
間違いない……レズンだ。
《分かった、分かったよ。
これで満足だろ?》
ルウを嘲笑うかのようなレズンの声。
彼女の肩ごしに、わずかにその表情が見える。
それを確認した瞬間、ヒロは知らず知らずのうちに呻き声をあげてしまった。
ルウとサクヤを値踏みするかのように、上から下まで眺めまわすレズン。
口元に浮かぶ薄ら笑い。粘つくような声色。
灰色の瞳に、ヒロたちに対する反省や情らしきものは、何一つ見られなかった。
――あぁ。
俺をトイレに閉じ込めて切り刻んでいた時と、全然変わらない。
悲鳴を上げ続ける俺を楽しそうにじろじろ見ていた時と、何にも……
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