第53話 少年、初めての実戦

 

「スクレット……?」


 骸骨執事に抱え上げられながら、一瞬ぽかんとして彼を見つめるヒロ。

 そんな彼らに、デッキブラシを手にしたソフィがいそいそと駆け寄ってきた。


「スクレットが行くなら、私も行きます!

 ヒロ様と二人だけでは……!」


 しかしそんな彼女を、スクレットは強く押しとどめる。


「いや、駄目だ」

「何故です!?」

「こいつは……結構ヤバイ魔の臭いがしやがるぜ。

 大した戦闘能力を持たないお前が行くのは、ヒロが一人で行くよりもっと危険だ」


 クンクンと鼻(に当たる部分の骨)を鳴らしつつ、スクレットはいつになく冷静にソフィを諭す。

 それを聞いて、彼女は自分のデッキブラシを眺めつつしょぼんと肩を落とした。


「うぅ……戦闘能力のことを言われては、どうしようもありませんね。

 それに、スクレットの嗅覚は意外と当たりますし」

「そうそう、ソフィ。お前はいつも通り屋敷で待機して、ルウやオレらの為に料理と風呂と着替えを用意してくれよ。きっちりルウたちを助けて戻ってくるからさ!

 お前が後方でデーンと構えてくれてりゃ、オレたちも百人力だぜ!」


 ソフィはこくりと頷き、小さな黒目でキッとスクレットを見据えた。


「分かりました。

 でも、スクレット。決してヒロ様にご無理をさせてはいけませんよ。

 やみくもに突っ込むだけが戦術ではありません。本当に危険だと感じたらすぐに戻ってきてくださいね」


 彼女の言葉に、スクレットはもう一度ニカッと笑い、思いきりヒロを頭の上まで抱え上げた。


「了解、任せとけって!

 それじゃヒロ、ルウ救出作戦に出発だー!!」

「う、う、うわぁああぁっ!?

 お、落ちる、落ちるって!!」


 そのままの体勢で、スクレットは勢いよく走り出す。

 そのスピードはそのへんの自家用術式車や馬車などあっという間に抜き去ってしまうほどで、まるでミサイルだ。

 ヒロは彼の身体に必死にしがみつき、落ちないようにするだけでも精一杯だった。



 ******



「こ……

 これが、学校?」


 数分後。

 普段の通学時に比べ3倍以上も早く、学校に到着したヒロとスクレットだったが――

 眼前に広がった惨状に、二人ともただただ息をのむばかりだった。


 美しかった赤レンガの校舎は半分ほどが崩壊し、無残に鉄骨が露出している。

 崩れた建造物から噴きあがる炎は未だ天空を染め上げ、おさまる気配がない。

 校庭に避難した数多くの生徒たちの姿が見えたが、3人に1人は怪我をして倒れているといったありさま。


 何より異様なのは、真っ黒に染め上げられた空。

 ヒロたちが来る直前はまだ夕焼けが見えていたのに、何故か校内に突入した瞬間から、その空は黒く染まっていった。

 まるで、夕陽の絵画を無理矢理墨で塗りつぶしたかのように。


 しかも学校の真上で、雲は轟々と渦を巻き。

 その中心で、雷にも似た閃光がチラチラ見え隠れしている。

 さらに――



「あれは……

 まさか、魔物!?」



 思わずスクレットにしがみつきながら、上空を睨みつけるヒロ。

 視線の遥か先、渦巻く雲の中心からは、何故か大量の魔物が出現していた。

 それも、いつもヒロが見知っているような友好的な魔物たちではない。黒雲がそのまま実体となったようなその魔物は、どいつもこいつも全身が黒く染め上げられ、牙を剥きながら真っすぐ学校へと襲いかかってくる。

 残された教師たちが必死で応戦していたが、数に押されてどうにもならなくなりつつあった。


 街の四方八方から消防隊と救急隊、そして憲兵隊までも駆けつけてきたが、それすらも魔物の軍勢に襲われ、容易に学校へ近づくことも出来ない。

 勿論ヒロたちも、校庭に踏み込もうとした瞬間から、降下してきた魔物に次々と襲われ出した。


 スクレットの肩から飛び降りたヒロはすぐさま、攻撃用の簡単な火術を両掌で充填し始める。

 同時にスクレットも腰の細剣を抜き放ち、襲いかかってきた魔物を次々と斬り捨てていく。

 そんな彼と背中合わせになりながら、ヒロも懸命に火術を放ち援護した。

 両手から放たれた術が大きな火炎弾を形成し、連続で撃ち放たれる。


「いいぞ、ヒロ! 修行の成果だな!!」

「う、うん……でも」


 ヒロの放った火の玉は予想外の威力で、瞬く間に巨大な火球と化して魔物たちを焼き尽くしていく。

 自分でも驚くほどの力だった。

 ルウやスクレットたちと同じ魔物を、自分は殺してしまうのか――

 一瞬、そんな想いに囚われてしまったヒロだったが。


「ヒロ、心配すんな。こいつら多分、魂を持たねぇ魔物だぜ。

 雲を無理矢理魔物化させて操ってやがる……」


 ヒロが火術を放った先を、スクレットが指さす。

 焼けたはずの魔物は、鳥のように甲高い悲鳴を上げながら、まるで蒸発するように空気の中へと消失していった。


「魔物だって、死ぬ時はちゃんと死体が残るんだ。

 いくらお前の火力が高いったって、こんな風に消えるなんて普通はありえねぇ。

 あるとしたら、そのへんの水やら雲やらを魔物化させた時ぐらいだ。

 だから、心配すんな。オレたちの邪魔をするヤツは遠慮なく吹っ飛ばせ!」


 そう言いながら、次々と斬撃を放つスクレット。

 その言葉に励まされつつ、ヒロも改めて心を決め、術を放つ。



 ――そう。今は、ルウやサクヤたちを助けるのが第一だ。

 それに……レズンも、きっと。



 しかし校庭に向かおうとすればするほど、ヒロたちに群がろうとする魔物ども。

 その動きはまるで、ヒロ自身を狙っているかのようにすら思えた。

 最初は考えすぎかと思ったが――

 それが錯覚ではないことは、ものの数十秒もしないうちにスクレットの言葉が証明した。


「何だ……何なんだ、こいつら!?

 まるで、オレらを……ヒロを狙うように動いてやがる!」


 まるで雲霞の如く湧き出しては、ヒロたちに襲いかかる黒い魔物たち。

 どれほど斬り捨てても焼き払っても、奴らは一切怯むことなく次から次へと湧き出てくる。

 その軍団に阻まれ、学校が、校庭の生徒たちがどうなっているかもろくに見えない。

 さすがのスクレットの表情にも焦りが見え始めた。人間であれば明らかに眉間に皺が寄っているであろうほどに額と眼窩の形を歪め、スクレットは怒りを露わにする。


「ヒロ!

 油断するな。自分でも自分の身、ちゃんと守れよ!!」

「わ……分かってる!」


 ヒロを守りながら、眼前の魔物たちを薙ぎ払うスクレット。

 その背中で、次々に術を撃ち続けるヒロ。

 スクレットの言う通り、やはり修行の成果か。ヒロの術の威力は想像以上で、一撃で十数体以上の魔物を蒸発させるレベルになっていたが――


 それでも、多勢に無勢。

 二人を取り囲んだ無数の魔物の輪は、急速に狭まっていく。


「く……クッソー!

 どっから湧いてやがる、こいつら!?」


 スクレットの怒号も、黒い天に虚しく消えていくばかり。

 さらに――

 強力な術を放ち続けていたヒロに、僅かに疲れが見え始めた。


 ――そりゃそうだ。修行前は、手から小さな火の玉一発出すだけでもヘトヘトだったんだから。

 俺がここまで戦えるようになれたのも……きっと、ルウのおかげだ。

 だから……ルウ!


 額から玉のような汗を噴き出しながら、それでもヒロは眼前の魔物たちを焼き払い続ける。

 もう何十体吹き飛ばしたか、全く数えられなくなってしまった――

 そんな瞬間だった。




 ――ヨウヤク きタカ。

 ――オまえ ノ こころ モ カラダ モ……

 ――すべテ オレ ノ もの。




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