第49話 触手令嬢、ざまぁ出来ない
ヒロ様とわたくしが修行を始めて、早くも数週間。
そして彼がいわゆる『魂術』に目覚め、数日が経過しました。
修行に励むと同時に、学生たる身分のわたくしたちは当然、登校もせねばなりません。
あのクズどもが未だにたむろしているであろう、魔の巣窟へ。
しかし、会長とサクヤさんの尽力のおかげか――
ヒロ様を取り巻く環境は、明確に変化を見せておりました。
第一に、ヒロ様に話しかけてくるご学友が徐々に増え始めたこと。
まず、モンスターの血を引く生徒たちが、おずおずとヒロ様やわたくしに話しかけてきました。
わたくしの血統のなせるわざかと思いましたが、どちらかといえば彼らはヒロ様と仲良くなりたかったようです。
それとなく理由を尋ねてみますと――
ヒロ様はなんと入学当初から、彼らのような忌み嫌われがちなモンスターの生徒たちに優しかったようで。
分かりにくい言葉を教えてあげたり、広い学内で迷ってしまった時に助けてあげたりしたことも多かったようで。さすが、あのおじい様の孫というべきでしょう。
勿論、サクヤさんを始めとして、彼女と親しい生徒たちも積極的にヒロ様に声をかけてくれます。
自然と――
ヒロ様の周囲には、人が集まるようになりました。いや、戻ってきたというべきでしょうか。
そして、修行が進むにつれ。
飛躍的に伸びていくヒロ様の能力に、徐々に気づく教師たちも現れました。
修行中に何度となく成功させた、初歩の風術を利用した高跳び3回転宙返り。クラスの誰も挑戦したことすらないこの技を、なんとヒロ様は現実の体操の授業でも成功させてしまったのです。
普段横暴だったはずの体操教師がそんな彼を見て、思いきり顎を外した光景。思い出すとつい吹き出してしまいますが――
無理もありません。何故って、その教師にとってヒロ様と言えば、体操着もレズンたちに奪われ汚され、ろくに授業の準備も出来ない落ちこぼれだったのですから。
体操のみならず、氷術や火術などでもヒロ様はその才能を発揮し始め、多くの生徒たちの注目の的となりました。さすがに魂術を披露してしまうのは危険ゆえ、わたくしもおじい様も止めていましたが――その目覚ましい成長ぶりは、わたくしでさえも目を見張るほど。
魂術に目覚めたことで、他の術の力も一気に伸びたのかも知れませんね。
当然、そんなヒロ様の周囲に人が集まらないはずもなく。
休み時間に突入したと思ったら――
「ねぇねぇヒロ君、さっきのあの術どうやったの? 教えてー!」
「先生ビックリしてたよねぇ。面白かったー!!」
「そうだヒロくぅん、昨日の幾何学の課題で分からないところがあったんだけどさー」
「ちょっと、あたしが先にヒロ君に聞いたんだよ!?」
……わいわいとご学友がヒロ様の周囲に集まるのは良いことですが、心なしか女子の割合が多い気がするのは気のせいでしょうか。
わたくしがコホンと一つ咳払いをすると、彼女たちは一斉に肩をすくめました――が、それでもなかなかヒロ様から離れてくれません。いや、よいこと……なんでしょう、けれども。
そうそう、一番大事なことを忘れていました。
あのスカイブルーと純白のコントラストが美しいヒロ様の水兵服が、戻ってきたのです!
戻ってきたというか、新調したというべきでしょうか。
最初はソフィが繕うと言ってきかなかったのですが、会長とヒロ様が必死で止めていましたね。あのボロボロになった制服を繕おうものなら、ソフィが丸裸になってしまいますから。
久しぶりにトレードマークたる水兵服を着たヒロ様は、出会った時よりも数段成長し、可愛らしさと逞しさにより磨きがかかっておりました。
高等部の制服もメイド服も花魁衣装も白ワンピも最高でしたが、それもこの、基本中の基本たる水兵服の可愛らしさがあってこそ!
そんなこんなで、ヒロ様は次第に本来の朗らかな笑顔と元気と、そして大切な友人たちを取り戻していきました。
さて――そうなると不安なのは、あのクズンことレズンの動向です。
クズンとその下僕どもが、ヒロ様に対してどう出てくるか。わたくしは勿論、サクヤさんも会長も慎重にその動きを監視していましたが――
何とも意外なことに、クズンめはヒロ様に対し、目立った行動はしてきませんでした。
クラスメイトと笑い合うヒロ様を睨みながら、苦虫を噛み潰したような顔はしていたものの、表立った行動は何もしてきません。
勿論、ヒロ様をなるべく一人にしないよう、わたくしたちが懸命に動いていたせいもあるでしょう。
単純に、暴走するわたくしに思いきりぶん殴られ沼に落とされ、恐怖を覚えたというのもあるかも知れません。器の小さいクズにはありがちな話です。
実際、クズンを取り囲んでいた下僕たちの数は、目に見えて減っていました。
それまでの態度を反省したのか、ヒロ様やわたくしに文字通りの土下座をする者まで複数現れる始末です。
その時の下僕どもの言い分がコレでした。
「ご、ごめんよヒロ!
俺たち、どうしてもレズンに逆らえなくて……仕方なくて……!」
「僕たちみんな、あいつもあいつの家も怖くてさ。
弱みを握られてる奴らが殆どだったから……!」
それにしては随分楽しそうに、ヒロ様をいたぶっていたような気がしますが。
始めは脅されて仕方なくやったのは本当なのでしょう。しかしそのうち、強者におもねり弱者を痛めつける快感に酔いしれるようになった。
クズンが調子に乗ってヒロ様に暴虐をはたらいたのは、こういう連中が群れをなし、集団となって彼を後押ししたからでもあります。それなのに――
決して自分が悪いわけではない、自分は脅されただけ、悪いのは他者であるとひたすら責任を転嫁する連中。何かあればすぐにこの者たちはまた、ヒロ様を殴る側に回ることでしょう。
そういう輩はわたくし自身はどうしても許せませんでしたが、ヒロ様は違いました。
ぶるぶる震えながら頭を上げようとしない彼らにそっと跪き、こう言ったのです。
「君たちが俺にやったことは――今でも忘れてないし、許せないよ。
だけどもう、俺は何も言わない。今俺が君たちを責めたって、何も変わらないから」
「じゃあ……!」
「でも、これだけは約束してくれ。
俺にやったことを、もう二度と他の誰かにやらないでほしいんだ。
もし、他の誰かを俺と同じような目に遭わせたなら――
その時こそ、俺は君たちを一生軽蔑する。
だからどうなるって話だけど、それでも俺は、一生軽蔑する」
きっぱりとそう言ってのけるヒロ様に、泣きながら縋りつく元下僕ども。
正直、このヒロ様の対応は良いのか悪いのか、わたくしには分かりかねます。
一発ぶん殴るぐらいでは済まないレベルの被害を、ヒロ様はこ奴らから受けているのですから。
今風に言えば――そう、ざまぁが足りない!とか言われても仕方ない対応です。
そんなヒロ様の態度は、わたくしも少し疑問に思いました。
なので、その日の帰り道――ヒロ様に尋ねてみたのです。
「ヒロ様。何故、あの者たちに情けをかけたのですか?
他者に対して甘い顔を見せるばかりが優しさではありませんよ」
「うん……
ルウなら、そう言うだろうなと思ってた」
そう微笑むヒロ様の横顔は、何故かどことなく寂しそうでした。
彼は左胸のポケットにそっと手を当て、金色の校章に触れます。それは、会長から頂いた電撃魔法つきの校章。
「結局、俺、臆病だからさ……
会長からこんなもの貰っても、ろくに使うことも出来ない。
そりゃ、今までされたことを思えば、一度ぐらいあいつらをぶっ飛ばしてやりたいって思う。
その方がルウだってみんなだって気持ちいいってことも、分かってるよ」
「それはそうです。あれだけ酷い目に遭わされたのですから、一度ぐらいちょぉっと電撃でこんがり焼いたって、バチは当たらないはずですよ?」
「頭では分かってるし、そうしたい気持ちだって勿論ある。
でもさ……
俺、出来ないんだ。
『やらない』んじゃない。『出来ない』んだよ」
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