第48話 触手令嬢と少年の決意

 

 気が付くとわたくしとヒロ様は、再び大広間に戻されておりました。

 いつも通り、修行の強制中断が起こったのでしょうか。しかし、修行の監視者たるおじい様はいつになく得意げな顔で、腕組みしながらわたくしたちを見下ろしております。


「はっはっは、遂にやりおったのうヒロよ!

 今発動した力こそ、お前に隠された魂の力じゃ!」


 額を押さえながら起き上がったヒロ様は、ぽかんとおじい様を見上げます。


「た、魂の力?」

「どういうことでしょう、おじい様?」


 彼もわたくしも、意味が分からず首を傾げます。

 おじい様は意気揚々と説明してくださいました。


「ふふ。お前たちの修行がどうもドン詰まっていたようなのでな。

 あのバカと一計を案じたのじゃ」

「父さんと?」

「ルウラリアがヒロを一方的に鍛えるばかりでは、いずれ行き詰まるのは分かっていた。

 そこで、お前たち以外に異分子を投入することで、また新たな展開が見られるやも知れぬと思ってな。

 ルウラリアの精神から、ちょっとしたものを引き出したのじゃ」


 へ? わ、わたくしの精神!?

 おじい様、い、一体ナニをわたくしに!?


「何、大したことはしておらんよ。

 ルウラリア。お前の心の底にある、最大の恐怖を現出させたまでのことじゃ」

「最大の恐怖……

 そ、それがあの……」


 父上だったということですか。

 どうりで、実際よりもやたら巨大だったはずですわぁ~……

 あの咆哮、未だに震えがきます。


 わたくしがちょっとぶるぶる身震いしていますと、ヒロ様はそっと背中を撫でてくれました。

 ちなみにわたくしは現実に戻ってくるなり、触手姿に戻ってしまっています。


「そっか……

 ルウにも怖いもの、あったんだな。

 強がっていても、父親って何だかんだでやっぱり怖いしなぁ」

「そ、そんなことありませんわ。

 わたくしは父上の思想が嫌いなだけで、別に怖がってなど!」

「へへっ。その割には滅茶苦茶震えてるじゃないか」

「もう、ヒロ様ったら!」


 ぷんと膨れるわたくしを、おじい様が制しました。


「それはともかく。

 ルウラリアのおかげで、ヒロの隠された力は引き出せた。

 ヒロ。何故それが出来たか、分かるか?」


 そう言われて、じっと自身の掌を見つめるヒロ様。

 今の彼は可愛らしいパーカー姿ですが、わたくしの目には先ほどの鮮やかなボロボロメイド姿が重なります。

 服をビリビリ裂かれ続け、血まみれになりながら、必死でわたくしを庇ってくださったヒロ様の姿が――あぁ、何と神々しい。出来ればもっと見ていたかったのですが。



「……俺、思ったんだ。

 ルウに守られるだけじゃない。守れる自分になりたいって」



 真摯におじい様を見上げ、断言するヒロ様。

 ぴんと伸ばされたその背筋には、実に真っすぐで強靭な意思が宿っています。

 そんな彼に、おじい様は大きくうなずきました。


「そう。何にも折れず他者を守ろうとするその意思こそまさしく、勇者たる力の源。

 かつて人と魔の和合を成し、勇者と呼ばれた者たちの力。

 それは間違いなく、今のお前にも宿っている。それは『魂術』と呼ばれるものじゃ!」

「勇者……魂術?」

「わしも驚いたぞ。お前に隠されていた力があの術だったとはのぅ……」


 勇者と呼ばれる伝説の方々。強い力と知恵と勇気を携え、長きにわたる人と魔の戦争を終結させ、和平に導いた人々。

 その方々しか使えない術があるのは、わたくしも知っていましたが――

『魂術』というのですね。

 今までヒロ様が、暴走するわたくしを止めたり助けたりすることが出来たのも、その術の無意識な発動によるものでしょう。

 なんとまぁ……

 ヒロ様、世界も認める公式勇者だったとは。


「勇者や魂術の全容は、未だに不明点も多い。特に、勇者がどう生まれるかは全くの謎……

 血筋によるものかどうかもよく分からん。

 しかしヒロ。たった今お前が発現させた力は間違いなく、魂術のそれじゃ。

 悪を滅するのみならず、誰かを絶対的に守護する力――

 それも、まだ片鱗にすぎん」


 片鱗?

 父上の必殺技さえ退けたあの力が、片鱗にすぎないと?

 な、なんと。さすがはヒロ様です!


「しかしヒロ。魂術の使用は危険も伴う――

 今のように、下手に使えば精神をすり減らし、気絶してしまうこともザラと聞く。

 ……体力に見合わぬ強い力を不用意に発動させれば、寿命を縮めてしまう恐れすらある」


 腕組みをしたまま、静かに語るおじい様。

 その眼から、いつもの茶目っ気はすっかり消え失せていました。

 それにしても……寿命を縮めてしまう術? それはいけません!


「かつて人界にも魔界にも、多くの勇者が生まれたが。

 その殆どは、戦争によって消えていった。

 魂術を限界まで使用したことによってな」

「そんな……」

「敵そのものではなく、敵の中の悪を憎み――

 また、愛する者たちを守ろうとする魂術。

 それは誠に尊い志のもとに放たれる術ではあったが、あまりに強大すぎるが故、多くの勇者たちがその命を落とした。

 その多大な犠牲のもとに、今の人と魔の平和は成り立っているのじゃ」

「……俺、そんな大それたものじゃないのに」


 掌を見つめたまま、ぽつりと呟くヒロ様。

 そんな彼の肩をぽんと叩きながら、おじい様はわたくしに言ってくださいました。


「であるからして、ルウラリアよ。

 今後も、ヒロの修行を頼むぞ。

 この子が下手に術を使い、決して無為に命を縮めてしまうことのないように。

 正しい術の使い方を、どうか教えてやってほしい。

 きちんと身体を鍛えれば、そう簡単に気絶することもなくなってくるはずじゃ」


 うむむ。魂術が何なのかがわたくしもよく分からない以上、少々自信がありませんが――

 ともかく、おじい様のお願いとあってはお断りするわけにはいきません。

 ヒロ様の為に、これからも精一杯頑張らせていただくとしましょう!

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