第47話 触手令嬢と魂の覚醒

 

 大地を揺るがすほどの衝撃と共に、いともたやすく空中に吹き飛ばされてしまうヒロ様とわたくし。

 そ、そんなはずありません。いかに父上が覇王といえども、わたくしが紙屑のように吹き飛ばされるほど強いはずが――


 しかし、そんなわたくしの動揺も露知らず。

 無防備になったわたくしに向かって、父上の触手は容赦なく飛んできます。

 いけない。あの一撃をまともに喰らったら、いかにわたくしでも――!!



 一瞬慄き、思わず眼をつぶってしまったその時でした。



「ルウ! 危ないっ!!」



 可愛らしい絶叫と共に――

 わたくしの腕の中にいたはずのヒロ様がその身を乗り出し、思いきり両腕を広げてわたくしに抱きつきました。

 つまり今度はわたくしの方が、彼に抱かれるような体勢に。

 勿論その背中は、まともに触手の一撃を喰らってしまいました――あぁ、なんということ。



「がはっ……あ、ああぁ……!!」



 メイド服の背中が一気に切り裂かれ、その裂け目から鮮血が噴き出します。

 そのまま流星の如く、地上に墜落してしまうわたくしたち。

 わたくしが自身の触手をめいっぱい広げたおかげで、何とか落下の衝撃はやわらぎましたが――

 あぁ、せっかくのヒロ様のズタボロメイド服が、右肩からお腹のあたりまで一瞬で引きちぎられてしまっています。さすがは全裸凌辱王の触手、身体を覆う布は一枚残らず剥ぎ取る勢い。

 半分ほど露わになった背筋に、つうっと鮮血が伝います。

 それでもヒロ様は激痛をこらえながら、わたくしを抱いたまま、キッと父上を睨みつけました。


「何があったか知らないけど!

 ルウを傷つけるなら、俺が許さないからな!!」

「ひ、ヒロ様……?」


 なんということでしょう。つい先ほどまで、自らの内に潜む恐怖に震えていたお子様とは思えません。

 そんな彼を前に、父上は不遜に微笑みました。



『ふふん……なかなかの面構えよ。

 このような抵抗あってこそ、脱がし甲斐もあるというもの!

 小僧。その勇気に免じて、邪魔な衣服を全て剥ぎ取ってくれようぞ!!』



 い、いけません。これはいけない!

 一体何が免じてなのか分かりませんが、ともかく父上はヒロ様にその矛先を変えています。


「に、逃げて下さいヒロ様!

 父上の毒牙にかかれば、一瞬で素っ裸にされてしまいますわ!!」

「そ……それでも、俺はっ……

 ぐああぁああっ!!」


 何か言いかけたヒロ様の背中へ、連続で叩きつけられる父上の触手。

 無惨にも切り裂かれていくメイド服。美しかったフリルは殆どが宙に消え、スカートもどんどん短くなっていきます。もはや、古代の奴隷が着用していたというボロの腰布と大して変わりません。

 それでもヒロ様はわたくしに抱きついたまま、離れてくれません。このままでは――!


『フハハハハハ!! 未成熟なその身体に、我が触手をたっぷり味わわせてくれようぞ!!

 ルウラリア、その眼に焼きつけるがいい! これぞ、全裸凌辱の醍醐味というものよ!!』


 空に轟く、父上の笑い声。

 同時にその全触手が空中で一か所にまとめられ、針の山のようになってヒロ様に向けられます。


「いけない。あの構えは父上の必殺技、『皆既絶触かいきぜっしょく』!!」

「な、何だよそれ?」

「あれを喰らって、衣を身に纏っていられた者は皆無です!

 ヒロ様、お逃げくださいまし!」


 一瞬、彼はギリッと歯を食いしばりましたが――

 それでも決して、わたくしから離れようとはしませんでした。

 わたくしを固く抱きしめたまま、その唇から放たれた叫びは。



「いいさ。俺は――

 ルウに守られてばっかりなんだ。たまには、守らせろよ!!」



 そう叫ぶなり、がばっとわたくしを抱きかかえるヒロ様。

 咆哮と共に、一斉に触手を放つ父上。

 あぁ、もう駄目です。次の数秒でヒロ様は、一糸まとわぬあられもない姿に――!



 しかし、わたくしが思わず眼をつぶってしまった、その瞬間でした。

 何やら暖かな感覚が、ふわりとわたくしを包み込みました。

 覚悟していたはずの父上の一撃は、いつまでたっても感じません。



「……?」



 不思議に思い、頭を上げてみますと。

 わたくしとヒロ様は、光り輝くエメラルドの球体に包まれていました。

 その光は羽毛のように柔らかく暖かく、それでいて、絶対にわたくしを守ろうとする堅固な意思を感じます。


「え……?

 ヒロ様、これは……!?」


 彼は必死でわたくしを抱きしめたまま、何が起こったか未だ気づいていない様子。

 そのすぐ後ろで、襲いかかってきた父上の触手が光に遮られ、轟々と火花を散らしております。あの触手の衝撃さえ防いでしまうとは――

 間違いない。これはまさしく、ヒロ様の魂の力!



「ひ、ヒロ様!」

「……え?

 る、ルウ……大丈夫か?」



 優しいエネラルドの光の中で、うっすらと目を開くヒロ様。

 そこでようやく彼は、ご自身の置かれたこの状況に気づいたようです。

 そういえばこの柔らかな光、彼の瞳の色と同じですね。



『う……この技が破られるとは!?

 こ、この光は、まさか、そんな……!

 うぐおわぁああああぁああぁああぁああ~~!!!』



 御自慢の必殺技を破られた父上はというと――

 まるでどこぞの三下の如き絶叫を残しながら、無数の触手と共に光の中へと消滅していきました。

 このような父上は、一度たりとも見たことはありませんし。

 実際似たようなことがあったとしても、父上がこんな情けない断末魔を上げるとも思えませんが――

 とにかく、危機は去りました。

 ヒロ様の力で!



「る、ルウ……

 お……俺……ルウを、守れた……?」



 何が起こったのかを未だ理解出来ていないのか、ヒロ様はぼんやりと周囲を見渡します。

 父上が消滅しても、暖かな光はまだわたくしたちを守っていました。

 しかしヒロ様は、全身ボロボロ……

 可愛らしいメイド服の半分以上を引き裂かれ、背中にも傷をつけられています。

 吐き出される息は激しく、そして熱い。

 あぁ、破られた襟の間から、詳細描写をしてはいけないものがチラチラと……


 それでもヒロ様はわたくしの無事を確認するなり、弱々しくも優しい笑顔を見せてくれました。


「良かった……

 ルウが、無事で……」


 彼はそう呟いたきり、わたくしの腕の中にがくりと崩れ落ちてしまいました。


「ひ、ヒロ様!?

 し、ししししっかりしてくださぁ~い!!」


 ヒロ様がその全体重をわたくしに預けると同時に、暖かな光も消えていきます。

 考えてみたら、父上の一撃目で気絶しなかっただけでも奇跡的。

 のみならず、続く数撃目を耐えただけでも、彼の胆力の凄まじさが分かります。

 これは、きっと――



 そう思った瞬間、わたくしの意識もふわりと遠くなっていきました。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る