第41話 触手令嬢と夏の白ワンピ

 

 気がついた時にはわたくし、輝かんばかりの青空の下に寝そべっておりました。

 周囲からは鳥のさえずりが。そしてむせかえるほどの草木の香りが鼻孔をついてまいります

 ……ん?


 きちんと顔の真ん中で匂いを感じるということは、わたくしはまだ人間の少女の姿のままですね。

 あら。しかもわたくし、紺色の、とてつもなく地味な水着を着ています。脇に入った白いラインも、これまたセンスが前時代的。

 これはひょっとして……いわゆる、スクール水着というものでしょうか。

 わたくしがこの姿になっているということは、ヒロ様、おじい様の言葉どおりわたくしの水着を見たかったということですね!!

 いきなり水着と言われても、そういった経験の少ないヒロ様の認識では、スクール水着ぐらいしか思いつかない。でもそこはやはり年頃の男の子、わたくしのナイスバディは見てみたい……

 いやはや、その思考過程までがあまりにも初々しく愛らしいです。


 しかし――

 わたくしがヒロ様好みの姿になったということは、つまり……?

 思わず周囲を見回してみます。

 そこは多くの草木が生い茂る山の中のようで、すぐそばから清冽なせせらぎの音が聞こえます。そこには、思わず釣りでもしたくなるほど澄み切った小川が流れておりました。

 どこまでも広がった青空に、燦燦と照りつける太陽。あぁ、こんな川べりでヒロ様とピクニックしたら、とっても楽しいことでしょう! まさに夢の世界!!


 ――って、駄目です。わたくしとしたことが、勘違いしてはいけません。

 わたくしはここにピクニックをしに来たわけではありません。ヒロ様の修行を……


「はて?

 そういえば、ヒロ様は?」


 肝心のヒロ様の姿が見えません。

 おかしいですね。気配は感じるのですが……

 わたくしがキョロキョロとあたりを見回すと、やがて木陰から、小さな声が聞こえてきました。



「おい……ルウ」



 どこか不満げながらも可愛い声に、思わず振り向くと。

 すぐ後ろの木の陰から、ヒロ様が何故か頭だけを出して、わたくしを睨んでおりました。

 顔は耳の端まで真っ赤。ですがちゃんとわたくしの想定通り、麦わら帽子をかぶっております。

 木陰からちょっと覗いている、生白い片腕。一瞬ヒロ様は裸で転送されたのかと思いましたが、どうやらそうではないようです。

 ちゃんと肩のあたりで風にふわふわ靡いている白いリボンが見えますから……おぉ、これは恐らく完全にわたくしの想定どおり。何という素晴らしい装置でしょう。


「あらあらヒロ様!

 二人とも無事、この世界に来られたようですね。早くそのお姿をちゃんと見せてくださいま」

「見せられるか!

 何だよ、このカッコ!! ルウ、何でいつもの制服にしてくれなかったんだよ!?」

「制服も勿論可愛らしいですが、たまには別のお洋服も見てみたいものですし。

 別に素っ裸というわけではないのですから、いいじゃありませんか」

「いいわけあるか!

 これじゃ裸の方がまだマシだよ!!」


 大変に恥じらいながら、必死で木陰に隠れて顔だけ出して怒るヒロ様。

 仕方ありませんね。わたくしはわざとらしくぷんと頬を膨らませてみました。


「ヒロ様。せっかくおじい様とお父上が用意してくださった修行の場、無駄にしてはなりませんよ。

 恥ずかしがることはありません。ここはわたくしとヒロ様、二人きりの空間。

 他に誰も見ている者はいません。いるとしてもせいぜい、おじい様ぐらいでは」

「俺自身がとてつもなく恥ずかしいんだってば!

 お前、装置を完全に悪用して……って、うわぁっ!?」


 ヒロ様の不平と同時に、一気に触手化してしゅるしゅると伸びるわたくしの髪の毛。

 一瞬の間に、わたくしの触手は木陰のヒロ様を捕まえました。逃げようったってそうはいきません。


「う、うわ、うわぁあぁ~~~っ!?

 ルウ、やめろ、やめろってばぁ!!」


 全身にわたくしの触手が絡み、空中に高々と吊り上げられるヒロ様。

 その姿が文字通り、白日の下に晒されます。



「お、おぉ……

 なんとまぁ、これは……!!」



 ヒロ様が着ていたお洋服は、真っ白なノースリーブのワンピース。

 わたくしの好みドストライクの、無地のシンプルイズベストの白ワンピでございます。目立つ装飾といえば両肩で結ばれている大きなリボンぐらいでしょうか。

 ヒロ様がじたばた暴れようとするたびに、ふわりと裾が風に靡いて陽光を反射し光り輝いております。あぁ、まるでヒロ様の魂の如く純潔な白。サンダルもワンピースに合わせたように可愛らしい白で、花飾りまであしらわれております。

 強い光で薄い布地が透けて、ほっそりした脚の線も露わに。

 素晴らしい。ここまでわたくしの好みを再現してくださるとは、ヒロ様のお父上はまさしく天才に違いありません。

 左肩からちょっとずり落ちた肩ひもと、ほどけかけたリボンもまた良いですね。


「い、イヤだ、やめろってルウ……

 う、うぅ……!!」


 細い手足を触手にがんじがらめにされた状態のヒロ様。

 風でスカートが大きく翻り、ふくらはぎ、膝、太もも、そしてその上の白いものまでちらりと……

 あぁ、これ以上はいけませんね。ヒロ様が本気の涙目になってきておりますし。

 でも、このままスカートや脇の下に触手を這わせてみたいのも事実。実際、わたくしの理性とは裏腹に、ほぼ勝手に触手の先端は肩ひもの下から胸へと潜り込んでおります。

 乾いたまっさらな布地、すべすべの肌、その間をぬめぬめと這い回る触手……



「や、やめっ……本当に、頼むからぁっ……!!」



 あっ……

 ヒロ様の眦から、涙がぽろりとひとしずく、流れ落ちました。

 これ以上はさすがにいけませんね。無理強いをしてはわたくしもあのクズンと同レベルになってしまいます。

 修行と言いながらヒロ様を弄んでは、遊びと言いながらクズ行為をやらかしたクズンと何も変わりません。

 わたくしは急いでヒロ様を、すぐそばの草むらへと降ろしました。

 大きく風に靡くスカートを必死で押さえながら、涙目でわたくしを睨むヒロ様。


「お前……ここは俺の修行の場所だろ?

 こんなカッコで修行なんて出来るわけないじゃないか! 脚はやたらスースーするし、それになんか……この下着、変だし」


 草むらにぺたんと座りながら、ヒロ様はもじもじと股のあたりを押さえます。頬は勿論真っ赤。


「当然ではないですか。

 ワンピースを着るならば、下着もちゃんと女性用のものにしなければ」

「いや、だから何で!!?

 ていうか修行ならそれこそ、武闘着とか稽古着とか、そういうの用意してくれよ! 動きにくい!!」

「違いますよヒロ様。

 動きを抑制された環境でも普段通りの動きが出来てこそ、本物ではないですか。

 敢えて動きにくい服装で修行をすれば、いざという時に予想以上の力が出るものでしょう?」

「モノは言いようだよな……

 俺てっきり、全身に重しつけてひたすら腕立て伏せみたいなの想像してたけど」

「スクレットだったら考えそうですね。

 しかしそれは前時代的な発想ですよ。重しをつけて走り回ったりしたら、下手をすれば怪我をしてしまいますから」

「慣れないワンピースで走り回っても怪我しそうなんだけど……」


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