第40話 触手令嬢、修行開始!
その日は勿論、ヒロ様は無事教室で授業を受けることができました。
ミソラ先生も何回か、ヒロ様の様子を気遣って声をかけてくれます。というかこれまでもそのような気遣いをして頂きたかったですが。
他の生徒たちも何人か、おずおずとながらわたくしやヒロ様に話しかけてくれるかたがいました。勿論レズンの目は光っておりましたが、それでも会長のおかげでその権勢は大きく削がれたのでしょうか。
クズンのおかげで大幅に遅れてしまった、ヒロ様の勉強。それを取り戻し授業に追いつくべく、サクヤさんも協力してくれます。
殆どがイタズラ書きされたり破られたりで、使い物にならなくなっているヒロ様のノートや本。サクヤさんはご自分の本を貸してくれたりは勿論、休み時間まで費やしてヒロ様の勉強を見ていただけました。
と、当然わたくしだって協力していますわよ! 常にヒロ様のおそばに陣取り、不埒な輩が近寄ってくれば髪の毛を触手に変化させて叩きのめしておりました。
一度間違えて、色黒マッチョ男性教師を叩いてしまいましたが、それもご愛敬ということで……
いえ、あの筋肉ダルマに突然近寄られたら誰しもビックリするじゃないですか! 仕方ないのです!!
そして、昨日のわたくしの暴走に関してですが。
ミソラ先生によると、とりあえず怪我人は出なかったということで、一言注意をされただけで終わりました。
怪我人は出なかったって……ヒロ様は殺されかけたも同然なのですがね。
彼が無理矢理お酒を飲まされた件に関しても、明確な証拠がないからということでレズンらも不問に。
沼の付近に転がっていたはずのあの小瓶は、完全に無視されてしまったようです。
学校側の対応はいつもこうだったのでしょう。ヒロ様がどれほどの目に遭おうと、事なかれ主義を貫き通す。そうでなければ学校の名に傷がつく、というのが本音でしょうか。
まったく……クズンのようなクズがのさばるには十分な環境ですね。
******
それはともかく。
ヒロ様は何事もなく学校での授業を終え、無傷でのご帰還を果たしました!
お屋敷の玄関先で、ヒロ様は満面の笑顔を見せてくれます。
「良かった……ありがとな、ルウ。
こんなに晴れ晴れとした気分でうちに帰るの、久しぶりだよ」
あぁ、こぼれた八重歯が何とも可愛らしい。
「いえいえ。わたくしはヒロ様の妻として、当然のことをしたまでですわ!
会長とサクヤさんにもお礼を言わねばなりませんね。あそこまでレズンが静かにしているとは、わたくしも驚きでしたから」
「そうだな……
ずっと何もしてこないの、ちょっと怖いくらいだったけど」
ヒロ様が少し訝しげに、小首をかしげておりますと。
突然扉が轟音をたてて開き、中からスクレットが飛び出してきました。
「おぉ~い! 待ってたぜ、ヒロ!!
よくぞ無事で帰ってきたぁ~!!」
悪魔の蔦で覆われた古いお屋敷から突如飛び出してくる、執事姿の骸骨――
人によっては心臓が止まってもおかしくない光景でしょうが、わたくしは勿論、ヒロ様も平気なようです。多分いつものことなのでしょう。
「ただいま、スクレット。
でも、どうしたんだ? そんなに慌てて……
って、痛い、イタタタタ!!」
「おぉお、ヒロ! どこにも怪我はないな!? 服も汚れてないな!
良かった、本当に良かった!!」
「痛い、ホント、マジで痛いから……ちょっ」
ヒロ様を見るなり、両腕でがっしり抱きついてきたスクレット。
普通に肉のついた生き物に抱きしめられるならいいですが、骸骨に抱きしめられるのはマズイです。せっかく無事に帰ってこられたというのに、ここでお怪我をさせるつもりでしょうか。
「あ。それはそうと、ヒロ!
大旦那が早速、修行のそーちとやらを持ってきたみたいだぜ。
夕飯前に、試してみるのもいいんじゃねぇか?」
「え?」
修行のそーち……
昨日おじい様が仰っていた、学生用の術開発装置のことでしょうか。
わたくしとヒロ様は思わず顔を見合わせましたが――
スクレットはそんなわたくしたちを、遠慮なくお屋敷に押し込んでいきます。
「さぁさぁ、善は急げだ!
ヒロ。山ほど修行して、俺様みたいな筋肉ムキムキマッチョ美男子になろうぜ!!」
うぅむ。この台詞、どこから突っ込んでいいのか分かりませんわ……
******
大広間のど真ん中では、おじい様が堂々と腕組みしながらわたくしたちを待っていました。
その前のテーブルには、頭部に装着する黒い耳当てのようなものが二組、置かれています。いわゆるヘッドセットとか言われるものでしょうか。
耳当ての部分には虹色の小さな宝石がいくつも埋め込まれ、美しく煌めいております。
おじい様が得意げに説明を始めてくださいました。
「よく来たな、ヒロ!
早速だが、これが最新式の術開発装置!
見てみるがいい。お前の父親が設計した、なかなかのスグレモノじゃぞ~!!」
ヒロ様はその言葉に、思わず装置を手に取って眺めます。
うぅむ。修行の装置というからには、お庭を覆い尽くすような巨大なものを想像しておりましたが、どうもちょっと違うようですね。
「父さんが……これを?」
装置とおじい様を交互に見つめながら、ヒロ様は首を傾げました。
ちょっと仲たがいしているといえど、やはり親子。お父上の生み出されたものは気になるのでしょう。
「それにしても、これで修行って……
どうやって使うんだ? これを頭につけりゃいいのか?」
「その通り。今用意した装置は二つ。
これをお前とルウの二人が被ると、アラ不思議!
異空間に二人は飛ばされ、そこで思う存分修行が可能になるというわけじゃ!」
い、異空間?
見た目のわりに、とんでもない装置のようです。
「ヒロ、ルウラリア。よく聞くがよい。
そこはお前たち、二人だけの魂の世界。
時間の概念がなく、好きなだけ修行が出来る世界だ。
ルウラリア。ヒロの身体を鍛えたければ存分に身体を鍛え、術の鍛錬をしたくば思う存分にすればよい。お前がヒロに何をしようとも、現実のヒロが怪我をすることはないからな!!」
「えっ!?
な、なな、何ですって!!?」
思わず飛び上がってしまうわたくし。
「つまり……
その空間では、ヒロ様を!思う存分!
好きに出来るということですね~!!?
あんなことも、こんなことも!!」
「そう! あ~んなことも、こ~んなこともじゃぞ!
勿論、どれほど暴れても現実で物が壊れることはない。当然、多少服が破れてもソフィに直させる必要さえもないぞ。好きなだけ暴れるがいい!!」
「素晴らしい! なんという夢の空間でしょう!!」
「え、えぇ……」
ヒロ様が完全に青ざめてしまってますが、わたくしとおじい様は最早止まれません。
おじい様はさらに説明を続けました。
「それと、二人とも。これはオプション機能なのだが……
異空間に入る時は、相手の服装を好きに変えられるぞ!」
「え?
つまり、わたくしの好みの衣装にヒロ様をドレスアップ出来ると!?
す、素晴らしい~!!」
「ていうかそれ、修行と何の関係が……?」
完全に引いているヒロ様を、おじい様がたしなめます。
「いやいや、大事なことじゃぞヒロよ。
お前こそ、ルウラリアの水着姿を見たくはないか?
その方が修行にも力が入るというものじゃろう」
「えっ!?
い、いや、それは……別にっ、……その」
思わず真っ赤になってそっぽを向いてしまうヒロ様。なんと可愛らしい。
それにしても……
なんという夢の空間でしょう!
ヒロ様と二人っきり。しかも、わたくしの好みに合わせてヒロ様のお洋服を替えられる……
その上、どれほど嬲ろうとも、現実のヒロ様は一切傷つかない!?
恐ろしいほどわたくし好みの世界!
「さぁさぁヒロ様! 善は急げです!!
早速試してみましょう、この夢の装置を!!」
「あ、あぁ……もう、しょうがないなぁ」
光の速さで装置を頭に装着するわたくし。
ヒロ様も渋々ながら、それでも装置を恐る恐る被りました。
すると――
目の前が不意に光に覆われ、一瞬、気が遠くなっていきます。
あぁ。これはもしや、夢の世界への入り口……?
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