第39話 触手令嬢、再び学校へ!

 

 激動の一日が終わった翌朝。

 会長たちとの相談の結果、ヒロ様は再び学校へと向かいました。

 勿論、わたくしも一緒です。トイレの時以外、いえトイレの時も入口までは決して離れないという条件つきで。

 わたくしがどうしても一緒にいられない時は、サクヤさんもついてくれると約束してくれました。

 ソフィやスクレットも、自分たちも共に行くと言ってくれましたが、さすがにそこまでは無理ですね。あまり大勢に囲まれては、ヒロ様も肩身が狭いでしょうし。



 そしてサクヤさんと合流し、再び校門前にたどりついたわたくしたち。

 案の定、昨日と同じようにレズンたちがニヤニヤ笑って待ち構えていましたが――


「へぇ~。

 高等部の服にお召しかえになって、女に守られながらご登校ですか。

 いいご身分ですなぁ~」

「……!!」


 いきなり煽りながら、ヒロ様に接近してくるレズンと手下たち。

 わたくしとサクヤさんは勿論、その間にさっと割り込みました。

 ちなみにわたくしは昨日と同様、ちゃんと人間の少女の姿になっております。制服もちゃんとサクヤさんと同じ、女子用の水兵服に。

 ヒロ様の前から動こうとしないわたくしたちに、レズンは明確に苛立ちを露わにしました。


「おい、どけよ。

 俺らはヒロと話がしてぇんだ」

「ヒロ様は貴方がたに話すことなど、何もありません」

「てめぇには聞いてねえよ、化物」


 明らかにこちらを挑発してくるレズン。

 虫の居所が悪いのでしょうか、心なしか昨日より不機嫌そうに見えます。あんなことがあれば当たり前でしょうけれど。

 そんなわたくしの前に、サクヤさんが割って入りました。

 決意の漲ったまっすぐな瞳が、レズンを見つめます。


「レズン君……昨日も言ったでしょう。

 私、これ以上我慢できないの。

 もう二度と、ヒロ君に酷いことしないで」

「俺も言ったはずだぜ? 俺らは、ヒロを鍛えてるだけだって」


 いいでしょう。その挑発、ちょっとだけ乗りましょうか。

 普段なら滅多にしない高笑いをかましつつ、わたくしは哀れなクズンを見下げます。



「お~っほっほっほ!!

 残念ですが、ヒロ様を鍛えるのはこのわたくし、ルウラリアの役目ですわ~!!」



 うぅ。我ながらちょっと決まらない高笑いですわね。

 慣れないことはするものじゃないです。


「クズン殿、貴方の出番は皆無です。何故ってこのわたくし、ヒロ様のおじい様から直接仰せつかったのですからね~! ヒロ様の師匠役を!」

「な……てめぇ!!」

「ルウさんの言うことは本当よ、レズン君。

 ヒロ君には術の才能がある。それが分かったから、おじい様はルウさんにお願いしたの。

 だからもう、レズン君たちが彼を鍛える必要なんてないから」

「サクヤ……お前まで、誑かされてんじゃねぇ」


 明確に怒りを露わにしながら、それでもレズンは無理にでもヒロ様に近づこうとします。


「化物や女の言うことなんざ、誰も聞きやしねぇよ。

 ましてや魔物屋敷のジジイとか、関係ないね。

 ヒロ。俺たち――友達、だろ?」


 何という暴言でしょう。わたくしのみならず、サクヤさんやおじい様にまで……

 わたくしたちを押しのけて、ヒロ様の肩に手を触れようとするレズン。

 わたくしは昨日と同じように、それを払いのけようとしましたが――

 それより先に、ヒロ様がレズンの手をばっと叩き払いました。ご自分の手で。



「じいちゃんやルウやサクヤを――

 そんな風に言うな!」



 わずかに震えた声ながら、それでもしっかりとクズンを見据えるヒロ様。

 見開かれた大きな若草色の瞳には、決然たる意思が宿っています。

 いたいけな少年の胸中で、他者を守ろうとする勇気が恐怖を上回った瞬間。いつ見てもイイものですね。

 嬲り相手として最高の高……いや、それはともかく。



 このヒロ様の抵抗が意外だったのか、クズンは一瞬驚いたようですが。

 ヒロ様に払われた手をわざとらしく押さえながら、それでもニヤリと笑いました。


「ほぉ~……

 女と化物味方につけたからって、調子乗りやがって。

 お前、忘れたわけじゃねぇだろ?」


 せせら笑いながらヒロ様に詰め寄るクズンと手下たち。

 しかし心なしか、手下たちの様子は昨日よりおどおどしているようにも見えます。

 あのこととは勿論――ミラスコの件でしょうね。


 さすがにヒロ様も一瞬、口ごもってしまいました。

 きつく握りしめられた両拳と、さっと青ざめた横顔。そして、小刻みに震える肩。

 そんなヒロ様の様子だけでも、ミラスコの映像がどのようなものかは軽く察しがつきます。


 しかし、そんなわたくしたちの背後から不意にかけられた声は。



「忘れないでおくれよ。

 ヒロ君を守っているのは、女性だけじゃないってことを」



 落ち着き払ったその声に、クズンたちも一斉に青ざめました。

 声の主は勿論、ロッソ会長です。ジャストタイミングですね、騎士様。


「君たちにはもう、ヒロ君に簡単に手出しはさせないよ。

 生徒会長として、そして騎士団長の息子として、君たちの行為は決して見逃すわけにはいかない。

 君たちが昨日までのように、ヒロ君を脅したりその所有物を奪ったり破壊したり、暴力をふるったりすることがあれば――

 こちらも然るべき手段をとるから、そのつもりで」


 そう言いながら、ヒロ様とクズンの間にすっと割り込む会長。まさにヒロ様を守る騎士ですね。

 その言葉と視線だけで、手下たちはおじけづいたのか。こそこそと一人、また一人と輪から離れていきます。


「あ……

 お、お前ら!!」


 明らかに慌てふためいたクズンが手下たちを止めようとしましたが、それでも彼らの逃げ足の方が早く。

 哀れクズンは、あっという間に一人になってしまいました。一体どれだけなのでしょうか、騎士団長の威光というものは。


「さぁ、ヒロ君。もう大丈夫だ。

 今日からは普通に、授業を受けられるはずだよ」


 にっこり微笑みながらヒロ様の背中を押す会長。

 まごうことなき、真のイケメンの仕草です。ほのかにのぞく白い歯が眩しい。

 ――いや、浮気じゃないですよ? 違いますってば。


「あ……ありがと、会長!」


 ヒロ様の顔に、心からの笑みが溢れました。

 その大きな眼には涙さえ浮かんでいるような。あぁ、ヒロ様が学校で心から笑顔になれたのは、どれくらいぶりなのでしょう。


「俺、ちゃんと授業受ける。

 ちゃんと修行もして、みんなを守れるくらい強くなるよ。会長みたいに!」

「はは、その意気だ。

 ただ、無茶だけはしないようにね。何かあったら、すぐに僕を呼んでくれよ」

「うふふ、大丈夫ですわ会長!

 わたくしだって常時、ヒロ様のおそばに控えておりますから!」

「あ、ルウさん酷い。私だっているよ?」


 和やかに微笑みをかわしながら、無事校門を通り抜けるわたくしたち。

 しかしかすかに後方から、何かが聞こえました。



「ち、畜生……

 覚えてやがれ。絶対に、このままじゃすまさねぇからな」



 振り返ると、クズンが恨みがましくわたくしを見据えていました。

 会長でもサクヤさんでもなく、そしてヒロ様でもなく……何故か、わたくしを。

 たっぷりと憎しみのこめられた目ですが、そんなに睨まれても困りますね。ま、わたくしの登場がきっかけでこうなったのですから、クズンの恨みを買っても仕方ないといえば仕方ないですが。

 しかし恨みならば、ヒロ様の方が山ほどあるのです。返しても返し切れないレベルに!


 それが全く分かっていないのか、クズンめは無礼にもじろじろとわたくしをいつまでも見据えていました。

 一体何故わたくしを……そんなにわたくしの美少女姿と金髪は魅力的だというのでしょうか。

 いや、気にしても仕方ありませんね。ともかく今は、ヒロ様をお守りすることが第一です。



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