第34話 触手令嬢とおじい様

 

「なぁるほどな……

 まさか学校で、最愛の我が孫にそのような大惨事が起こっていようとは!」


 初めてお会いするヒロ様のおじい様は、何故か異国の着物を纏って刀を背負っておりました。魔物研究を生業とされているそうですが、武術の師匠にしか見えません。

 いかにも頑固者そうな白髭白髪を揺らしながら、おじい様は怒りを露わにしていました。

 それでもヒロ様は怖気づくことなく、堂々と話します。


「でも、じいちゃん。俺は学校から逃げたくない。

 俺、みんなでもう一度、ちゃんと勉強したいんだ。

 だって昔はレズンとだって、あれだけ仲良かったし楽しかったんだから!」


 おじい様はそんなヒロ様を見て、思わず目を細められました。


「おぉお……

 青臭いながらも、正義感溢れる表情。何とも、ユイカに似て来たのぉ」


 ユイカ?

 わたくしが思わず触手の先端を頭頂に乗せると、ヒロ様が説明してくれました。


「じいちゃんの一人娘。俺の母さんだよ」


 あぁ!

 亡くなられたヒロ様のお母様。

 ということはおじい様は、ヒロ様の母方の祖父ということですね。

 むぅ……そうなると、人づきあいが苦手というお父様と、この頑固そうなおじい様。

 ヒロ様のお母様が間に立ってバランスを取っていたであろうことは容易に想像できます。

 そのお母様が、若くして亡くなられてしまったとなれば――

 お父様とおじい様の間で、かなりの諍いが発生してもおかしくありませんね。幼くして母を亡くしたヒロ様は、その争いに巻き込まれ大変な思いをしたに違いありません。

 仕事上は何とかお付き合いされているというお話ですから、その諍いもやや沈静化していると願いたいですが。


 ヒロ様を支援するべく、わたくしも声を張りました。


「おじい様、ヒロ様の仰る通りですわ。

 ヒロ様は何も悪いことはしていないのです。

 彼もサクヤさんもソフィさんたちも皆それぞれ、ご自分を責めていらっしゃいますが……

 わたくしに言わせれば、何を馬鹿なことを言っているのか!ですわ。

 悪いのはここにいる誰でもない。間違いなく、あのクズンです!」


 触手を振り上げつつ大演説するわたくし。

 そんなわたくしを、おじい様は興味深げに見つめておられます。

 うふふ。やはりこの煌びやかな桜色の触手の魅力、分かるかたには分かるのでしょうね。


「ふむ……

 ルウラリア、と言ったか。

 あのエスリョナーラ一族の娘ということは、相当の手練れであろうのう」

「勿論です!

 直系の血をひく娘ですもの。体術も拘束術も緊縛術も変身術も、各種属性魔法だってお手のものですわ~!」


 嬉しさで空中にふよふよと触手を広げるわたくし。

 しかしそこですかさず、ヒロ様が突っ込みます。


「でも、泳ぎは苦手だったよなお前」

「な、何を仰います!?

 あれはただ、ヒロ様のあまりの魅力に興奮しすぎて、自重で沈んだだけで」

「それを苦手って言うんだろ。

 俺が引っ張り上げなきゃお前、そのまま……」

「あ、あの時のことは本当に感謝しておりますわ!

 しかし水が苦手というのは違います。水の溢れる湿地帯こそが触手族の活動の場、それを苦手などと」

「溺れたのは間違いないだろ」

「で、でも~!!」


 わたくしが必死で弁明していますと、おじい様がふと顔を上げました。


「んむ?

 ヒロ。お前、溺れるルウラリアを、引っ張り上げて助けたのか?」

「う、うん……そうだけど?」

「一体どうやって?」


 突然のおじい様の問いに、きょとんとするヒロ様。


「いや……どうやっても何も……

 ルウが滅茶滅茶暴れてたから、俺、無我夢中で引っ張ってただけで」

「ルウラリアは、興奮状態で我を失っていたのじゃろう?」


 うぅ。恥ずかしながらその通りです……

 先ほどヒロ様は悪くないと申したばかりですが、この件に関してはヒロ様が、ヒロ様の魅力が悪いですわ!!


「むぅ……

 我を失い暴れる触手族は、大の大人が数人がかりでも手を焼くものだぞ。

 ましてや相手は、触手族最強と言われるエスリョナーラ一族。

 それも水中、下手をすれば自分も溺れてしまう場所で彼女を抑えこみ、助けだすとは。

 ヒロ。お前はもしや――」

「じ、じいちゃん?」


 おじい様はヒロ様の両肩をがしっと掴みながら、その瞳をじっと見据えます。

 ヒロ様がわたくしを助けてくださったのは、ひとえに彼の胆力と深い愛と無垢な魂のなせる業だと思っていましたが――他にも何か秘密があるのでしょうか。

 よく考えてみれば確かに、底力があるといえどもヒロ様はまだ子供。しかもどちらかと言えば華奢な身体。わたくしの本気の一撃を喰らえば、骨の2、3本は一瞬でイってしまうでしょう。

 それでも――何度殴られても、振り回されても、ヒロ様はわたくしを離そうとしなかった。

 最初の出逢いの時は勿論、あの泥沼で暴走した時もです。


「ヒロ――わしに提案がある。

 ルウラリアと共に、修行をしてみる気はないか?」

「へ?」「はい?」


 ぽかんとおじい様を見つめてしまうヒロ様とわたくし。

 というか、修行? わたくしが? ヒロ様と?


「修行って……じいちゃん、一体何の?

 俺、剣とか槍は苦手だって知ってるだろ。弓やレイピアだって、サクヤの方が全然うまいし」

「それは知っとるよ。

 だから、剣の修行ではない。術と、魂の修行じゃ」


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