第33話 触手令嬢と、ちょっと複雑な家庭環境

 

「な、何故です?

 この街も良いですが、わたくし、王都にも行ってみたいですわ」

「何でお前が来る前提なんだよ」

「だってわたくし、ヒロ様の妻ですし。

 それに、王都であればミラスコの影響はそこまで及ばないはずです。

 万一この街で写し絵が拡散されたとしても、王都であれば……」

「嫌だったら嫌なんだよ。

 っていうか俺、お前を妻って認めた覚えはひとつも」

「ま、まさかヒロ様……

 お父様にまで暴力をふるわれ……!?」

「違う。違うけど……

 とにかく嫌なんだ。父さんは……

 仕事以外、何にも考えてないし」


 王都行き、つまりお父様のことは頑なに拒絶するヒロ様。

 ソフィとスクレットが説明してくれました。


「それも無理だと思いますよ、ルウラリア様。

 あの旦那様――つまりヒロ様のお父上は、術研究においては天才肌と言われるほどのお方ですが、人間関係構築能力となると壊滅的でして。

 その非凡な頭脳だけで今の地位を築いてらっしゃいますが、それがなければとっくに路頭を彷徨っていたことでしょう。

 奥様――つまりヒロ様のお母上が亡くなられた直後も、ヒロ様をどう扱っていいのか散々悩んだというお話ですし。

 それが元でおじい様――ここの旦那様と大喧嘩されたようなものですからね」

「あのジジイも変人だが、オヤジも負けず劣らずの変人だからなぁ。

 ヒロがまともに育ってるのが不思議なくらいだぜ。

 変人研究者同士、仕事は何故かうまいこと連携してるっぽいけどさ。それ以外だと顔合わせるたびに喧嘩ばっかし」


 うぅむ……

 予想以上にヒロ様の家庭環境も複雑なようです。

 既に亡くなられたというヒロ様のお母様は、相当まともなかただったようですね。

 会長がうーんと唸りながら考え込みました。


「やはり、ヒロ君を学校から遠ざけるのは悪手だな。

 それに、ルウラリアさん。彼を強引にお父上の元に避難させたとしても、ばらまかれた写し絵が王都まで飛び火しないという保障はない。今のミラスコの拡散能力を馬鹿にしちゃいけないよ。

 その前に、どうやってミラスコ問題を解決してヒロ君の安全を確保するかを考えた方がいい」


 う、うぅ。良い案だと思ったのですが。

 ヒロ様もこくりと頷き、会長を真っすぐ見つめました。


「ありがとう、会長。

 俺だって、このまま学校から逃げるのは嫌なんだ。

 昨日までは、俺はずっと一人だって思ってたけど……

 今は、こんなに味方がいるって分かったんだし」

「ただ、君の現状はなかなか複雑だ。

 仲間や力を得て有利になった気がしても、それが一瞬で引っ繰り返されてしまうこともありうる。

 レズンの家――カスティロス伯爵の家系も調べたのだが、思った以上に厄介な相手だ。

 伯爵の権力は勿論、その奥方の血族もかなり脅威だと見ていいだろう」


 伯爵の奥方? クズンの母親のことでしょうか。

 不思議に思っていると、会長は驚くべき事実を口にしました。



「レズンの母親――レーナ・カスティロス。

 彼女はかつて人界のみならず、魔界すら窮地に陥れた魔妃・ヴィミラニエの末裔。

 彼女自身の魔力はそこまでではないものの、今なおその権勢は強い。

 その力を目当てに、伯爵は彼女を妻にしたとも言われている」



 ……何やら話が妙に大きくなってきましたが、大丈夫でしょうか。

 魔妃ヴィミラニエといえば、何百年も前に禁断の魔術を暴走させ、星もろとも破壊しようとした恐るべき魔物。

 当時の魔王の力で何とか抑えられたと聞いていますが、未だにその力に恐怖を覚え、その一族に傅く者は多いです。魔物でも人間でも。


 うぅむ……

 確かにそのような化物を相手にするとなれば、会長の警戒も分かります。

 世代を重ねて著しく薄まっているといえど、その魔力はクズンにも備わっている可能性がある。

 ヒロ様も考え込みました。


「レズンの母さんか……

 そういえば、あまり会ったことなかったな。レズンの父さんにもだけど。

 小さい頃のレズンは、メイドや執事にすごく可愛がられてて、いつも一緒にいた感じしてたけど……親には滅多に会わせてもらえなかった。

 俺ずっと、その時いたメイドや執事がレズンの親だって思い込んでたくらいだから」


 かなり大きくなってきた問題に、揃って首をひねってしまうわたくしたち。

 その時でした――

 玄関先から、いささか乱暴な呼び鈴と共に大きな声が聞こえてきたのは。



「おぉおーい!! 大旦那様のお帰りじゃぞー!!

 何やっとる、ソフィ、スクレット! さっさと迎えにこんか!!

 早うヒロに会わせてくれ~い! 愛しの我が孫よ!」



「だ、旦那様!?」

「いっけね! こんなに早く帰ってくるたぁ思わなかったぜ!」


 飛び上がって転がるように部屋から出ていくソフィとスクレット。

 ヒロ様は思わず嬉しそうに顔を上げましたが、すぐに思い直したのか、両膝で拳をぎゅっと握ります。


「じ、じいちゃん……

 やっぱり、じいちゃんにも……説明しないといけないよな」

「それはそうです。

 味方は多い方がいいですわ。わたくしたちにはない知恵をお持ちかも知れませんし。

 大丈夫。ヒロ様にはわたくしがついておりますから」

「うん……分かったよ。

 俺、じいちゃんにもちゃんと話す。頑固者だけど、しっかり話せば分かってくれるから!」


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