第32話 触手令嬢、打ち明ける

 

「まぁ、とりあえずさ。

 ルウとカイチョーと、サクヤちゃんのおかげで何とかなったけど。

 さて、ヒロ。お前は明日っからどうするよ?」


 ソフィの体毛問題で数分間、会長を交えてちょっとした騒ぎになったものの。

 サクヤさんとスクレットが割って入り、何とかその場は落ち着きました。

 骸骨をガシャガシャ揺らしながら、常時踊るように身体を揺らしているスクレット。

 正直うるさくて仕方ありませんが、言っていることはまともですね。


 確かに、明日以降の件は何も策がなされていません。

 まず、ヒロ様はこれまで通り学校へ行くべきなのか。

 これまで通りの生活をするべきなのか否か。


「わたくし個人の意見としては、今すぐヒロ様をかっさらって触手族の街でハネムーン♪

 というのがサイコーなのですが……

 色々事情がありまして、無理なのですよねぇ」

「事情って?」


 やれやれとばかりにわたくしを見上げるヒロ様。

 もう。あまり大っぴらに言いたくはなかったのですが、そんな可愛らしいジト目で見つめられては仕方がありませんね。


「わたくし、実は追放されたのですよ。父上に」

「えっ!?」


 こちらを軽蔑するようだった目が、驚愕で大きく見開かれる――

 あぁ、この一瞬もたまりませんね。ヒロ様の中でわたくしの存在が一気にクローズアップされるのが肌で分かります。


「追放って……父親に?」

「えぇ、ちょっとした意見の食い違いで喧嘩になりまして」

「そんな……

 俺……ルウのことも、全然知らなかったんだな」


 神妙に俯いてしまうヒロ様。


「ソフィのこともだけどさ。

 俺……自分のことしか、考えてなくて。

 ルウがどこから来て、これまでどう暮らしてたのか、何も知らなかった。

 それどころか、考えることもなくて……ホント、ごめんな」

「それはそうですよ、ヒロ様。

 学校でこんな酷い目に遭っていれば、そりゃ他人のことまで気が回らなくなるのは当然でございましょう?」

「でも……親から追放なんて……

 そんな大変なこと」

「いいのです。

 追放されたといえど、わたくしがわたくしでなくなるわけではないし、自身の力が衰えるわけでもありませんからね。

 むしろ自身を鍛え、見聞を広める絶好のチャンスと捉えています。

 こうしてとっても可愛らしいヒロ様と、運命の出逢いを果たせたわけですし!」


 わたくしはヒロ様の両肩にきゅっと触手を巻きつけて抱きしめました。

 そうです。わたくしは数ある追放令嬢のように、追放されたら途端にどん底に落ちてしまうような雑魚とは違うのです!

 現に、わたくしが追放されたと聞いても、ソフィもスクレットも会長も殆ど動じておりません。少々きょとんとしてはおりますが。

 それだけエスリョナーラ一族、それぞれの力は知れ渡っているということです。例え追放されたとしても、その実力が揺らぐことは決してありえない。

 何だかんだ言って、魔物の世界は実力主義ですからね。


「それに、あのように頭の固い父上は、少々時間をおいて頭を冷やすべきですわ。

 時代の流れなど露知らず、昔ながらの即時全裸凌辱しか頭にないのですから」

「そ、即時全……なんて?」


 突っ込みかけたヒロ様を触手で制しつつ、わたくしは話を戻しました。


「とにかくそういうわけで、触手族のもとでヒロ様をお預かりするのは得策ではありません。ごめんなさいね」

「それじゃ、こんなのはどうだ?」


 スクレットが身体を揺らしながら提案します。何故か楽しそう。


「ほとぼりがさめるまで、ヒロはずっと屋敷にいるってのは?

 その間、オレがみっちり修行してやるぜ! まずは毎朝屋敷周りを20周な!!

 勉強の方はオレの知り合いの、メッチャ頭イイ奴を呼んでやるから心配すんな!!」


 あぁもう、脳筋モンスターはこれだから。

 骸骨なのに何故脳みそが筋肉なのでしょうか。分かりません。

 わたくしが突っ込む前に、サクヤさんと会長が止めてくれました。


「駄目だと思う……

 ヒロ君が学校に行かなくなったら、レズン君はきっとこの屋敷にも押しかけてくる。

 そうなったら、ヒロ君の逃げ場がますますなくなっちゃう」

「その通りだね。

 それに、例のミラスコの問題もある。ヒロ君が逃げたり抵抗したりしようとすれば、当然レズンはあのミラスコの写し絵をばらまくと脅してくるだろうし――

 最悪、実行される危険もある」



 うぅむ……

 ミラスコ問題は非常に厄介です。

 これがある限り、ヒロ様がどこへ逃げようとも常に恐怖に苛まれることになってしまう。

 ――あ。そういえば、ふと思い出しました。


「ヒロ様。

 お父様のところに行くことは出来ませんか?

 確か、王都でお仕事三昧の日々とか……」

「え?」


 思わずヒロ様は顔を上げてわたくしを見つめましたが、すぐに怒ったようにぷいと横を向いてしまいました。

 万一この街で写し絵をばら撒かれたとしても、ヒロ様が王都にいればそこまで影響はない。そう判断しての提案だったのですが――


「……嫌だ」


 頑なに拒絶するヒロ様。

 こ、これは一体……?


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