第29話 触手令嬢、意気投合する

 

 あぁ……!

 あの毛並みは、ノーム族の生命と言っても過言ではないはず。

 クズンはヒロ様を傷つけるのみならず、ソフィの命まで縮めていたとは。


「そ……

 そんな。そんなことって……!!」


 ヒロ様の全身がぶるぶる震え、呼吸が浅くなってきております。

 慌ててわたくしも、そんな彼の背中を撫でさすりました。


「ヒロ様、落ち着いてくださいな。

 悪いのはクズンです。貴方じゃありません」

「でも、俺……全然知らなかった……気づかなかった!

 俺……俺、ソフィに何てこと……

 ずっと一緒にいたのに!!」


 ヒロ様は両手でぐしゃぐしゃと髪を掻きむしり、じっとうなだれてしまいました。

 やっぱりヒロ様は、どこまでも優しい少年です。自分が傷つくのは一向に構わないのに、周囲の者が傷つくと激しく心を痛める――


「分かるよ。

 君はきっと、自分さえ我慢していれば――そう思っていたんだろう。

 それに、ずっと一緒にいるからこそ、却って変化に気づかない時もある。

 君が責められることじゃない」


 会長は優しくヒロ様の肩にぽんと手を置きながら、それでもはっきりと宣言しました。


「ただ、僕はそんなストレス地獄から、彼女を救いたい。

 君を助けることが、彼女をも救うことになるなら――

 そう思ったから、密かに君の調査に乗り出した」

「会長……」

「君の状況は正直、目を覆いたくなるほど凄惨なものだったけど。

 それでも色々と手を回して、君を観察していたんだよ。

 この手の集団暴行に対しては、むやみに動くのは危険なんだ。裏に何が潜んでいるか分からないからね。

 だけど、さすがの僕もそろそろ耐えきれなくなって――

 つい手を出そうとした時に現れたのが、ルウラリアさんだった。

 これは完全に予想外の事態だったよ」



 なるほど。会長の事情はだいたい分かりました――そういうことだったのですね。

 もしかしたらわたくしの介入がなくても、いずれ会長はヒロ様を助けていたのかも知れない。

 むしろ会長がいなかったら、わたくしは事態をさらに悪化させていただけかも知れません。

 そう考えると若干腹が立ちますが。


「あぁ、ルウラリアさん。気にしないで。

 生徒会長といえど、僕の力だって無限じゃない。

 やっぱり仲間は多ければ多いほどいいものだ。君が介入してくれたのは百人力だと思ってるよ。

 勿論暴力は良くないが、後ろで手をこまねいているだけじゃ出来ないこともあるからね」

「うん。

 ルウさんが暴れてくれたから、私もちゃんと立ち向かおうと思えたんだよ?」


 サクヤさんも言ってくれます。なんといういい子。

 ヒロ様が勇者で会長が騎士なら、サクヤさんは聖女の血を引いているに違いありません。


 そしてヒロ様は、やがてゆっくりと顔を上げました。

 目はまだ腫れぼったいですが――

 それでもその若草色の瞳には、一つの決意がみなぎっています。



「分かったよ……会長。サクヤも。

 俺、もう逃げたりしない。

 レズンが荒れても、俺さえ我慢してればって思ってたけど――

 それでソフィや俺の周りが傷つくのは、絶対嫌だから」



 あぁ――何という勇気ある言葉。

 まさに勇者の宣言です。

 まだまだ幼さの残る横顔ですが、それでも昨日より一段と大人になった感じさえします。

 そういえば、わたくしがヒロ様と出会ってから1日しか経過していないはずなのに、なんだかその時よりも数段たくましくなったような感じがしますね。



 しかし、そんなヒロ様にわたくしが感銘を受けていますと。

 会長はヒロ様の両肩を改めてがしっと掴みながら、満面の笑みをこぼしました。


「よく言った、ヒロ君。

 それなら早速、君のお屋敷に行こうじゃないか!」

「……えっ? 今日? 

 っていうか、今?」

「勿論さ。

 善は急げというからね!!」


 確かにその通りですが、会長の目は爛々と輝いております。

 何を狙っているかは明白すぎるほど明白。サクヤさんがまたもやため息をつきました。


「会長……

 ソフィさんに会いたいならそう言いましょうよ。バレバレですよ?」

「サクヤ君。

 愛とはそう滅多にひけらかすものではない」


 得意満面に眼鏡クイッをかます会長。

 どうでもいいですが、会長はモードが切り替わるとサクヤさんへの呼び方も変わるようです。


「時には忍んでこそ愛。僕の彼女への愛は、海よりも深く空よりも清い。

 ルウラリアさんのような猪突猛進な愛も良いが、僕はソフィさんを、あの美しく柔らかなもふもふを、いつまでも静かに眺め、触れ、そして愉しみたいんだ。

 互いに言葉はなくとも、僕が彼女のもふもふに触れ、そして彼女も僕のナデナデに気持ちよくなり、共に熱く柔らかく深く抱きしめ合う――

 それこそ本物の愛だと思わないかい?

 ルウラリアさん。深くヒロ君を愛する君なら分かるはずだ。

 僕のこの、固く強い愛が!」


 こう熱弁されているうちに――

 何故でしょうか。わたくしの中でも何となくスイッチが入ってしまいました。


「えぇ、分かります。分かりますとも!

 ヒロ様を抱きしめた時のあの、幼くともしっかりした筋肉の感触。

 布地と素肌の間に触手を這わせた瞬間の、とてつもない恍惚。

 痛みに打ち震えながらもわたくしを求めて縋りつく、小さな手。

 撫でるたびにぴくりと反応する身体――あぁもう、全てがサイコーですわ!」

「おぉ、うらやましい! 僕はまだソフィさんの身体には触れていないんだ!

 あのもふもふを誰よりも観察しているのに、まだ僕は一度たりとももふもふを愉しめていない!

 彼女を抱きしめられたら、すぐにでも僕の愛は伝わるだろうに。あぁ、なんともどかしい!!」

「大丈夫、きっと会長の愛はソフィさんに伝わりますわ!

 わたくしの愛はヒロ様にちゃーんと伝わりましたもの!」

「ルウラリアさん、ありがとう!

 君なら絶対に分かってくれると思っていたよ! 心の友よ!!」


 完全に意気投合したわたくしと会長。

 いつしかわたくしたちは抱きしめ合っていましたが、ヒロ様、誤解しないでくださいね。これは決して浮気ではありませんから!

 これは、そう――愛しの存在を守り支える者同士の、結託の証です!



「……サクヤ。

 俺、ソフィに逃げろって言った方がいいのかな……」

「た、多分大丈夫だと思うよ……多分……うん」



 何故かヒロ様とサクヤさんがそう囁き合う声が聞こえた気がしましたが、気にすることはないでしょう。

 何だかんだで彼らが普通に話せるようになったのは、とても良いことですしね。


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