第28話 触手令嬢と会長の秘密
ゴミ箱に捨てられたヒロ様の水兵服を、大急ぎで取り戻した直後。
わたくしとヒロ様はリビングに戻りました。
「はぁはぁはぁ、あぁ、脱ぎたて生乾きの制服の匂い……
泥と、ヒロ様の血と汗の香りがほんのり混じって……いや、もう、これはたまりません!
裂け目から零れ出た糸の感触がまた最高なんですよねぇ~!!」
「「「…………」」」
水兵服入りのゴミ袋に頭部を突っ込み、ひたすらその香りを愉しむわたくし。
ヒロ様は勿論、会長たちもドン引きしていますが、いいのです。これが触手の生きざまというものですから。
「ボロの体操着はあれだけディスった癖に、何で制服になったらそうなるんだよ?
わけ分からん」
「だってこの制服は、ヒロ様がつい先程まで着用されていたもの。
しかも、着用時の可愛らしいお姿がこの眼球と脳裏に焼き付いている宝物ですよ?
純白とスカイブルーのコントラストが眩しかった制服が今やボロ布と化し、血と泥の香りに塗れている……それは全て、ヒロ様があの理不尽な暴力にひたすら歯を食いしばり唇を噛みしめ、耐え抜いた結果! つまりヒロ様の闘いの証明!!
その痛ましくも美しい姿を思い起こすだけで、わたくし、歓喜と憤怒と背徳感でどうにかなりそう……あぁっ!!」
「はぁ……もういいや」
そんなわたくしから若干距離を離して座りながら、ヒロ様は会長に尋ねました。
「でも、会長。
どうして会長は、俺にこんなに良くしてくれるんだ?
それに、俺たちのことを前から見てたって……どうして?」
そう――それは確かに疑問でした。
何故会長はここまで、ヒロ様やわたくしたちを助けてくれるのでしょう?
ヒロ様がとてつもなく愛らしいから、という理由ではないのは先ほど説明されています。
すると会長はまたもや眼鏡をくいっと直しながら、紅の瞳をキラリと輝かせました。
「ふふ、よくぞ聞いてくれたねヒロ君。
いつその質問が来るか、今か今かと待っていたところだよ」
そう言うが早いか、ヒロ様の正面にぐいっと得意満面の顔を近づける会長。
「ヒロ君。
君のお屋敷には、夢のように可愛らしい美少女がいるだろう?」
「へ?」
ヒロ様は思わず、わたくしを見つめます。
ふふ、美少女といえば思い起こすのはわたくしということですか、ヒロ様?
彼は困ったように会長を見つめ返します。
「といってもウチには美少女どころか、俺とじいちゃん以外には魔物しかいないけど……」
「いやいや、いるじゃないか!
とぉ~っても可愛らしい、メイドのお嬢さんが!!」
もはや会長はヒロ様にキス可能というレベルににじり寄っています。危ない。
眼鏡の奥の瞳は爛々と輝き、何故かその眼光がハート型に見えてきました。
「……って、会長!
もしかして、ソフィのこと!?」
そんなヒロ様の言葉に、会長はにっこり笑顔で大きく頷きました。
「そのとぉ~り!
ソフィさん。彼女は僕の、運命の存在なんだよ!
ルウラリアさんにとっての君がそうであるように!」
「は、はい……」
会長のあまりの熱意に、ついつい敬語になってしまうヒロ様。
サクヤさんが大きくため息をついております。
多分こういった会長を、彼女はよくご存じのようで。
「1カ月ほど前だったかな。街を散歩していた時、たまたま彼女を見かけてね。
小さな背中に懸命に買い物袋をしょいこみながら、店員に値切り交渉を挑むその可愛らしい姿と、ちょっとすれ違った瞬間――
僕はビビッと来てしまったんだよ!
そう、あれが、あれこそが運命の出逢い!!」
「……静電気でも食らったかな?
ソフィ、毛むくじゃらだし」
大仰に両腕を広げて恍惚とする会長。そこに冷静に突っ込むヒロ様。
サクヤさんも呆れたように肩を落とします。
「会長、もふもふとなると性格変わるの。
ノーム族なんかは特に大好物で、ノーム図鑑全30種をコンプリートしてるレベル。
部屋もそうだけど、生徒会室ももふもふだらけで……
毛が苦手な子はいつも防護術を顔に施して生徒会に来てるくらい」
「そ、そうなんですね……」
うぅむ。さすがのわたくしも、この会長の勢いには若干引いてしまいますが。
わたくしのヒロ様に対する熱情も、第三者から見たら似たようなものでしょうか。
「しかし、彼女の観察を始めて数日。僕はすぐに気づいた!
ヒロ君。君は気づかなかったかい? 雇い主たる君は」
「え、えぇ……?
確かに最近ソフィには俺、怒られてばっかりだったけど。
よく服を汚すからさ」
納得したように、会長はまたクイッと眼鏡を上げます。
「君は恐らく、学校でのことをソフィさんたちにはひた隠しにしていた。
彼女たちを巻き込みたくない、迷惑をかけたくない、その一心で。
だからどれほど制服や持ち物が汚されても傷つけられても、自分が喧嘩して暴れたせいだとごまかしていた。
違うかい?」
「う……
そうだけど」
ちょっときまり悪げに俯くヒロ様。
「そしてノーム族の栗毛種・雌型――つまりソフィさんの種族は、とてつもなく甲斐甲斐しくお人よし。主人の言葉なら何でも信じてしまう習性だ」
なるほど……
ソフィがヒロ様の言葉を全く疑わず、そのまま信じてしまった理由も納得です。
「君の言葉をそのまま信じた結果、学校で何が起こっているかも分からず、彼女はひたすら君の制服の洗濯・修繕を繰り返す日々……
それはストレスがたまるだろうね」
「……あいつもスクレットも、人がいいから。
人じゃないのにな」
それ以上何も答えられず、ヒロ様は肩を落としてしまいました。
「ヒロ君。君は気づいていたかい?
彼女の毛並みが明らかに艶を失い、少しずつ薄くなってきていることに」
「えっ!?
そ、ソフィが……?
俺、全然そんなこと……」
「君が苦しんでいたと同様に、彼女も陰ながら苦しんでいた。
君が制服を破損するたびに、彼女は一晩で修繕する。
何故そんな芸当が可能か、考えたことはあるかい?」
「それって……ちょっと待ってくれ。
まさか」
ヒロ様は青ざめて、ソファから思わず腰を浮かせます。
「そう……
君の服を、彼女は魔術を使って、いつも綺麗に完璧に修繕していた。
自分の体毛を代償としてね。
ノーム族栗毛種、特有の魔術だよ。
衣服の破損状況が酷くなればなるほど、必要な体毛の量も多くなる」
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