第25話 触手令嬢と見えない鎖
な……
な、なな、何と!?
「スカーフもズボンも、下着まで無理矢理、裁ちきりバサミで切られて。
肌まで傷つけられて、お腹のあたりも血だらけで……」
声を詰まらせるサクヤさん。
一瞬、見たいと思ってしまった自分が恥ずかしい。
父上であれば
「それだけじゃなくて。
写し絵のヒロ君は……あの、ここでも絶対に言えないようなことを……
泣きながら、口に……レズン君や他の子たちの……その……!」
「サクヤさん。それ以上は」
「私についてきた友達はとても正義感の強い子たちだったけど、みんな気持ち悪がって、吐いちゃった子までいて」
「あぁ、もういい。
サクヤさん、本当にありがとう。よく話してくれた」
片手をあげて、彼女を制止する会長。
激しい呼吸が止まらなくなっているサクヤさん。
その横で――
全触手を小刻みに震わせながら、わたくしは確信しました。
あのクズは、確実に殺るべきヤツだと。
「レズン君、私にこう言ったの。
これ以上ヒロ君に関わるつもりなら、私たちみんな、ヒロ君と同じ目に遭わせるって。
それだけじゃない。この写し絵を、学校中、いや街中の人間にばらまくって」
――あまりに衝撃的な、サクヤさんの告白でした。
何ですかそれは。
大陸を破壊する隕石召喚術同然ではないですか。
そんなものを使って許されるのは魔王だけ、否、魔王でさえも許されません。
でも、ということは。
そうすると、もしやわたくしの行動は、逆にヒロ様を追い詰めた!?
ヒロ様を強引に救出したことで、レズンはその写し絵を――?
「あ、あのクズン!!
やっぱり殺してやるべきだったのでは!?」
「ルウさん、落ち着いて。
恐らくまだ大丈夫だと、僕は思う。
現時点では、そこまで奴は追いつめられてはいない。
依然として、ヒロ君より遥かに優位に立っているのは間違いない」
いてもたってもいられなくなったわたくしを、会長は冷静にとりなしてくれます。
「あくまで、僕の勘だけど。
おそらくレズンという輩は、最後の最後までその、いわゆる写し絵爆弾を後生大事にとっておくつもりだろう。めったなことでは爆発させないはずだ。
そうすることで、ほぼ半永久的にヒロ君を好きに出来るからね」
「じゃ、じゃあ……
そのミラスコとやらをどうにかしない限り、どこまでもヒロ様はクズンの奴隷状態ではないですか!!」
それだけではありません。
クズンには伯爵様という、ご立派な親御さんがいらっしゃる。
その威光を利用して、息子が学園全体に圧力をかけ、ヒロ様やサクヤさんたちを退学に追い込む可能性もあります。
ヒロ様は両手両足を二重三重の鎖に繋がれ拘束され、好き放題弄られているようなものです。想像するとちょっとグッときてしまいますが、繋いでいるのも弄っているのもわたくしではなくクズン。
あぁ、悔しいったらありゃしません。
「ただ……」
そこでふと、サクヤさんが呟きました。
「レズン君の家――カスティロス伯爵家だけどね。
最近、あまり家庭がうまくいっていないって噂、しょっちゅう聞いてるの」
ほう?
そういえば、ヒロ様も先ほどそういうことをちらっと言っていたような。
「少し詳しく聞かせてくれないか、サクヤさん。
もしかしたら、そこから突破口を見いだせるかも知れない」
会長の言葉に、サクヤさんはさらに話してくれました。
「レズン君のお父上――つまり、カスティロス伯爵だけど。
代々、医術に長けた血筋の家だった。そのおかげで潤っていたところも大きいの。
だから伯爵は、レズン君にも医術を教え込もうとしていた」
あのクズンが医術を、ねぇ……
考えただけで背筋が寒くなりますが。
「だけど、それがうまくいかなくて……
伯爵はレズン君を見捨てて、散々暴力をふるった上、お屋敷に帰らなくなったそうなの。
そのせいで、お母様もちょっとおかしくなったみたいで……
長年勤めた執事やメイドを次々と解雇してるって話も聞いた」
「それは、いつ頃のことだい?」
「多分、中等部に入るぐらいの頃だったと思う」
なるほど……家庭内不和というやつですか。
父親との対立というと、わたくしも他人事ではありませんが。
「しかし、だからといって!
ヒロ様を散々追いつめていい理由にはなりませんよね?
クズの家庭の問題と、ヒロ様とは、何の関係もないはずですよ」
「……そうだよね。確かに、そう思う。
だけど……ちょっと、思い当たったことがあって」
サクヤさんは若干言いづらそうに、わたくしを見つめました。
「私がヒロ君やレズン君と一緒のクラスになったのは、中等部に上がった時だったけど。
その時のヒロ君、すごく優秀だったんだ」
「うふふ、それはそうでしょうとも!
だってヒロ様は、このわたくしが一目ぼれした運命のお方。生まれながらの天才肌に決まっておりますわ~!」
「ルウさん、軟体動物なのにいきなり話の腰を折ってくるのやめようか。
それで?」
ぐ。
こ、この会長、ちょっとうまいこと言った的な顔をして。
「運動も勉強も、魔術もよく出来て。
剣術はちょっと苦手みたいだったけど、そのかわりすばしこくて、体術の成績は抜群で。
可愛くて明るくて素直で、正義感も強くて、みんなの人気者だった」
そうでしょうとも。ヒロ様の可愛らしさと健気な性格なら、そうなって当たり前のはず。
なのに、あのクズンはとんでもない戯言をほざいておりましたね。
――こいつはな。勉強も運動もからっきし駄目で、クラスのバイキンなんだよ。
クラスの、いや、学園の……
いやいや、世界のアイドルになって然るべきヒロ様を、こともあろうにバイキンなどと。
「……なるほどね」
会長は一口ハーブティーを嗜むと、静かにカップを置きました。
その表情に、ひとつも笑みは見られません。
「サクヤさん。
ヒロ君とレズンは、昔は仲が良かったというのは本当かい?」
「はい。
最初に会った時、ヒロ君、言ってたんです。
レズンは俺の、兄貴分みたいなもんだって。
小さい頃、泣き虫だった自分を、いつも守ってくれたって。
だから私も、ずっと信じてました。レズン君を……
本当に仲のいい親友だと思ってた」
「最初は本当にそうだったんだろうね」
おもむろに切り出す会長。
「しかしそれから間もなく、レズンは勉学で酷い挫折を味わい、父親から見捨てられた。
そんな時に――
何もかも満たされているヒロ君の、輝くような笑顔を見たら、どう思うだろう?
しかもレズンにとってヒロ君は、ずっと自分が守ってきた存在。言い方は悪いが、どこかで見下してきた存在だったのかも知れない」
――そんな。
そんな馬鹿なことがあっていいのでしょうか。
「それが、奴がヒロ様をいたぶった理由だというのですか。
だとしたら、ヒロ様に何の落ち度もありはしないじゃないですか!!」
わたくしが思わず立ち上がろうとした時。
背後で、静かに扉が開く音が鳴りました。
同時に響いたのは、あの可愛らしい声――
「……会長。
ど、どうかな……? これ」
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