第24話 触手令嬢、理解に苦しむ

 

 そんな会長の言葉が、わたくしにはほぼ理解出来ませんでしたが。

 サクヤさんは何故か納得したような、諦めたような、どっちともつかない表情でため息をついています。


「あぁ……なるほど。

 会長、また例の悪癖が出たんですね」

「何を言う、サクヤ君。

 悪癖ではなく、愛と言ってくれないか」


 愛?

 ますますよく分かりませんが――

 とりあえず、サクヤさんは言ってくれました。


「ルウさん、大丈夫。

 会長は確かに胡散臭いけど……

 この言葉を持ち出した時は、怖いくらい信頼できるから。

 少なくとも、先生たちよりは頼りになると思う」


 なるほど。

 意味が分かりませんが、サクヤさんがそう言うなら多分、信頼できるのでしょう。


「ま、僕のことについては――ヒロ君が来たら改めて話そうか。

 僕の願いの成就には、彼の協力が不可欠だからね」


 会長も深々とソファに腰を降ろし、改めてわたくしたちを見据えます。

 眼鏡の奥から覗く紅の眼光は、柔らかさを残しつつもどこか厳しい。


「それよりも、君たちに……

 というかサクヤさんに、ちょっと聞いておきたいことがある。

 彼が起きてくる前にね」

「え? 私に?」


 サクヤさんも改めて姿勢を正します。

 そんな彼女に、会長は遠慮なく切りだしました。


「ルウラリアさんの介入により、ヒロ君の当面の危機は去ったが――

 それでも、彼が抱えた問題の解決にはほど遠い。

 むしろ、悪化する危険性も孕んでいる。それは、分かるね?」

「……はい」


 こくりと頷くサクヤさん。

 確かに、会長の言う通りです。わたくしがレズンたちをぶちのめしたところで、虐めが終わるかといえば――恐らく、そんなことはないでしょう。

 見えないところで、さらに陰湿に続けられる可能性は十分あります。


「少し前から、君たちのクラスを観察させてもらっていた。

 それで分かったんだが――

 ヒロ君が明確に嫌がらせをされていたのに対し、クラスの連中は何もしようとしなかった

 ――君も含めてね」

「…………」


 少し青ざめ、口ごもるサクヤさん。

 両膝に置かれた拳が、ぶるぶる震えだしています。

 それは確かに、わたくしも疑問でした――

 何故、レズンにあれほどくってかかったサクヤさんがこれまで、何もしようとしていなかったのか。

 彼女とヒロ様はお互い、不自然に距離を取るかのように行動していました。それも何か関係があるのでしょうか。



「あの時の、君とレズンの会話を聞いて思ったんだ。

 君は――あるいは、君もヒロ君も。

 レズンから、何らかの脅しを受けているんじゃないのかい?」

「――!!」



 思い出されるのは、ヒロ様の言葉。

 絶対に、おじい様にもソフィたちにも誰にも言うな――そんな、ヒロ様の願い。

 ソフィたちを気遣っての言葉かと思っていましたが、それ以外にも意味があったということでしょうか。


 サクヤさんの唇が、ぎゅっと噛みしめられました。


「絶対に、誰にも言わないって、約束してくれますか?」

「その約束は難しい。

 だが、君が言ってくれない限り、恐らく状況は何も変わらない。

 ルウラリアさんも僕も知らない爆弾を、未だにヒロ君は抱えている。

 それを無視して進むのは、地雷原を素っ裸で走るようなものだ。

 何とか出来るのは、サクヤさん。君だけなんだよ」


 そう言われてサクヤさんは、しばらく考え込んでいましたが。

 やがて顔をあげて、真っすぐに会長を見据えました。



「約束してください。

 これは、ヒロ君の名誉に関わることです」



 そんな彼女の静かな気迫に――

 さすがの会長も根負けしたのか、大きくため息をつきました。



「……分かった。

 個人的にはあまり得策ではないと思うが、約束しよう。

 君たちとヒロ君――4人だけの秘密にするよ」


 それを聞いてようやくサクヤさんも、訥々とながら話し始めてくれました。


「会長も持ってたと思いますけど。

 ミラージュスコープ……あれ、レズン君も持ち歩いてて」


 ミラージュスコープ?

 あぁ、最近流行りの携帯術具ですね。

 主に通信用に使われる術具ですが、写し絵も撮影できるとか。

 高性能のものになると、写し絵だけでなく、動く映像もそのまま撮影できると聞きました。


「あぁ、僕も持ってるよ。

 当初は禁止されていたけど、今じゃ学内の半数以上の生徒が持ち歩いてるようだね。

 街中でもしょっちゅう、歩きながら通信している人を見かける。危ないよね、アレ。

 ……で? そのミラスコが、どうしたんだい」


 ミラスコ。そういう感じに略されているのですね。

 会長の言葉に、サクヤさんはさらにぎゅっと唇を噛みしめ……

 震えるような声で、それでも懸命に冷静さを保ちながら、話してくれました。



「ヒロ君……

 レズン君たちに、ミラスコで撮られてるんです。

 とっても、酷い恰好にされたところを」



 わたくしは一瞬理解が出来ず、思わず頭のてっぺんに両方の触手の先端を乗せた、おかしなポーズになってしまいました。

 状況の理解が出来ないと、時々こういう変なポーズをしてしまうのです。

 それにしても……ヒロ様の、とても酷い姿、とは?


「あの、それは……

 今回のような、ドロドロ濡れ透け超絶セクシィなお姿に、ということでしょうか?」

「今日のも本当に酷かったけど……あれよりも、多分もっと……」


 な、なんと。

 あれ以上のことが、ヒロ様の身に!?

 うろたえるわたくしに、堰をきったようにサクヤさんは喋り始めます。


「ていうか……

 今日みたいなこと、ヒロ君、結構何度もされてるの。

 さすがにあのお酒は初めてだと思うけど、何度かあの池に連れていかれて、泥だらけにされて……

 仕方なく体操着に着替えて午後の授業受けてたこともあった」

「え、えぇ?」


 わたくしは勿論のこと、会長さえも驚いて目を見張っています。


「トイレに閉じ込められて、何度も水をかけられたり……

 逆にトイレに行かせてもらえなくて、我慢出来なくなっちゃったこともあった!」

「そ、そんな……」


 我慢出来なくなった……それは、つまり、その……

 いや、いやいや。これ以上説明を求めるのはやめておきましょう。


「先生も他の生徒も、それには何も言わなかったのかい?」


 会長が尋ねましたが、サクヤさんは首を振ります。


「レズン君に睨まれたら、先生も誰も何も言えなかったし……

 何よりヒロ君自身が、俺たちは遊んでいただけだって、そういうの。

 とても酷いことになってるのに……それでも、俺はレズンと遊んでてこうなっただけって……

 そんなわけないのに、泥まみれで笑ってばかりで、それで他のクラスの先生たちにも怒られまくって……!」


 感情のままに喋り続けるサクヤさん。

 それを押しとどめるように、会長が尋ねました。


「それと、ミラスコと。

 一体、何の関係があるんだい?」

「見るに見かねて、私、一度無理矢理にでも止めようとしたの。

 他にも協力してくれる友達もいたから、その子たちと一緒に。

 そうしたら……男子たちに、取り囲まれて」

「レズンの手下たちに、かい?」


 サクヤさんは膝の上で固めた両拳を、さらにぎゅうっと握りしめました。

 そして少々の沈黙の後、彼女の口から告げられた事実は。


「そう……

 ミラスコで、無理矢理ヒロ君の写し絵を見せられた。

 ……トイレに閉じ込められて、みんなに羽交い絞めにされて、びしょ濡れになって制服を切り刻まれてるヒロ君の……」



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