第23話 触手令嬢、過剰摂取

 

 それから数刻後。


「はぁ、はぁ、はぁ、ふぅ、ふひはぁ……

 も、もう駄目……た、たたたたまりませんわぁ~~!!!」

「ど、どうしたのルウさん! 大丈夫!?

 身体中が異様にテッカテカよ!?」


 ヒロ様より先にお風呂から上がったわたくしは、リビングに入った途端、全ての触手をへなへなと絨毯に広げて伸びてしまいました。

 待っていたサクヤさんが、慌ててこちらに飛んできます。

 わたくしはすっかり元の姿に戻ってしまっていますが、サクヤさんは特に気にせず受け入れてくれました。わたくしの変貌がどうでもよくなるレベルの事態ゆえでしょうが。

 対してロッソ会長は、そんなわたくしを興味深げに観察していました。


「なるほど……触手族によくある、養分過剰摂取だね。

 ひょっとして君、ヒロ君についた泥を吸い込みすぎたかい?」

「は、はぁ……多分それもありますが……」


 いや。追放されたといえど、わたくしは腐ってもエスリョナーラ家の娘。

 ちょっと泥を吸い込み過ぎた程度で、こんなへにょへにょもへじになるほど貧弱ではありません。

 原因はまず間違いなく――アレです!



 そう。

 ヒロ様の、ぜ、ぜぜぜぜ全裸を見てしまったせいです!!



 仕方がないのです。仕方なかったのです!!

 きちんとヒロ様の治療をするには、脱いでいただくより他にありませんでしたから!!



 あの後――つまり、ひとしきりお風呂で抱きしめ合った、夢のように幸せな時間の後。

 わたくしはヒロ様の全身を診る為、服を全部脱いでいただくようお願いしました。


 わたくしは触手族の中でも誇り高き、着衣凌辱派代表です。つまり、全裸よりも着衣状態に燃えるタイプ。即時全裸派のような脳筋とは違うのです!

 全裸になられたら正直、逆に萎えてしまいます。濡れ透けボロボロ水兵服で抱きつかれている方がむしろ、興奮しすぎて危険なほど。

 現に、ヒロ様がわたくしに抱きついて泣きじゃくっていた、あの数分間は――

 あまりの快感に、脳裏いっぱいに極彩色の花々がチカチカと明滅を繰り返し、正気を保っているのも精一杯でしたわ。


 その後、ヒロ様は意外と素直に脱いでくださった、の、ですが――


 そこにあったものは、初めて目にする、愛するかたの裸体。

 いかに着衣凌辱派といえども、これはさすがに……刺激が……強すぎて……!

 忘れていました。そもそも内側に美しい肉体を隠しているからこそ、着衣凌辱は燃えるのだと。

 あぁ。思い出したらまだ、頭がくらくらします。詳細を思い描こうとすれば、全身の穴という穴から色んな液体が噴出してしまうでしょう。

 しかし。



「それで?

 ヒロ君の怪我、大丈夫だった?」



 心配そうにわたくしを覗き込んでくるサクヤさん。

 恐らく未だ汚れを知らないであろう彼女に、真相を打ち明けるわけには参りません。ヒロ様の全裸で気絶寸前でしたなどと!!


「は……はい。

 古い痣まではまだ難しいですが、池でつけられた切傷は全て消毒して、無事治癒しましたよ!

 今はちゃんと身体を拭いて、脱衣所のベッドで横になっていただいてます」


 これはホントです。治療自体はちゃんと終わらせました。鋼の執念で。

 ほっと胸を撫でおろすサクヤさん。


「良かったぁ……

 それにしても会長の部屋、すごいね。脱衣所にベッドがあるんだ」

「そうなんですよ。それも、とってもふっかふかで気持ちのよいベッドが!」

「生徒会室もそうだけど、本当に会長、好きだなぁ……そういうの」

「おや。サクヤさんは会長とお知り合いで?」

「うん。委員会の仕事で、時々会うから」



 ――しかし。

 あまりの興奮の連続で失念していましたが、わたくしたち、実は色々事情を理解出来ていないですね。

 まず、何故ロッソ会長が、わたくしたちを助けてくれたのか。

 そもそも、ヒロ様とあのクズとの関係にしても、まだ不明な点が多いです。

 レズンは何故、あそこまでのクズンになったのでしょう。

 ヒロ様は自分が弱いせいだと言っていましたが、とてもそうは思えません。そもそもヒロ様は弱くはありませんから。

 他にも問題は山積しています。とりあえず、さしあたっては――



「そういえば……

 わたくしたち、授業を放り出してきてしまいましたね……

 せっかくのプールの授業でしたのに」

「あ、そうだ……すっかり忘れてた、どうしよう……」



 わたくしもサクヤさんも、ふっかふかのソファに深く沈み込みながら、茫然と天井を見上げました。

 かといって、今更教室に戻る気にもなれません。

 はぁ……ヒロ様を助けられたとはいえ、初日からとんでもない暴走をしでかしてしまいましたね。

 花嫁を結婚式場から奪い去った直後の若者の気分というのは、こんな感じかも知れません。

 愛しの存在を強引に取り戻したはいいものの、これからどうすればよいか分からない。


 しかしそんなわたくしたちに、ロッソ会長は良い香りのハーブティーを出してくれました。


「はは、それなら大丈夫さ。

 先生たちには一旦、僕から連絡しておいたからね。

 ヒロ君が落ち着くまでは、一緒にいていいとのことだ」

「え? ほ、本当ですか会長。

 ありがとうございます」


 意外と可愛らしい、小さな黒クマがプリントされたティーカップです。

 わたくしたちはお礼を言いながら、揃って口をつけてみました。暖かく、かつ清涼感の残る味わいが、身体に浸み渡っていきます。


 それにしても、わたくしたちの救出のみならず。

 ヒロ様の治療にお風呂、そして事後のケアにまで気を配ってくださるとは。

 このロッソという眼鏡君、一体何者なのでしょうか。

 単刀直入に尋ねてみることにしました。


「何から何まで、本当にありがたいのですが――

 一体どうして、わたくしたちを助けてくださったのです?

 ヒロ様やサクヤさんはともかく、わたくしは本日初登校したばかりですよ?」


 すると、会長は眼鏡をくいっと直しながら、ほんのりと微笑みました。


「僕が生徒会長で、騎士の血を引く者だから……

 という理由だけでは、納得できないかい?」


 うーむ。それで納得してもよいのですが……

 何でしょう。決して邪悪なものではないにせよ、どうも腹に一物抱えた知略家オーラが凄いです、この眼鏡君。

 そんな彼を、何故かサクヤさんがジト目で軽く睨んでいました。


「会長……

 そういうことばっかり言ってるから、胡散臭いって言われるんですよ。

 噂になってますよ。大事なところで裏切る奴オーラが半端ないって」

「え?

 あ、そ、そうかい?」


 サクヤさんの言葉に、思わず眼鏡がちょっとずり落ちる眼鏡君。

 しかしすぐに眼鏡を直し、話を続けます。


「それじゃ、正直に言おうか。

 下心があるのは、否定しないよ」


 な、何ですって。下心を否定しない?

 思わずソファごとのけぞってしまいました。何を考えているのでしょう、この男……

 まま、まさか、ヒロ様を狙って!?

 大変。もしや、盗撮術を組み込んだ水晶があのお風呂に、何十個という数……


「あぁ、違う。違うよ、ルウラリアさん。

 彼は確かに可愛らしいけれど、僕の嗜好からは外れている。

 だから、君が今考えたようなことにはならない。安心していい」


 そ、そうなんですか。それは一安心……

 と言いたいところですが、では、一体何故?


「僕が君たちを助けたのは確かに、騎士道精神によるものだけではない。

 一言でぶっちゃけると、己の欲望かな」

「しょ、正直ですねぇ……」

「だがその下心は、決してヒロ君や君たちに害をなすものではないはず。

 特に、ルウラリアさん。君ならよーく分かってもらえると思うよ」

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