第26話 少年、新衣装を纏う

 

 可愛らしいその声に、思わず振り向くと。

 そこにはなんと、きちんと身体を拭いて着替えたヒロ様が、ちょっと恥ずかしそうに立っているではありませんか!!

 しかもどういうわけか水兵服ではなく、会長と同じ高等部の制服です。


「ま、まぁ~!!

 ひ、ヒロ様……こ、こ、これもまた……!!」


 これまたあまりの可愛らしさに、ソファの上でちょっと飛び上がってしまいました。

 少し暑かったのか、ブレザーは脱いでしまっていましたが。

 真っ白なブラウスに、臙脂色の幅広ネクタイの鮮やかさがとてもイイ。しかもブラウスは夏用なのか半袖。やや広めの袖口から覗くのは、細いながらも筋肉がしっかりつき始めた二の腕。

 あぁ、眩しすぎます。右袖の下や頬に貼られたガーゼも、痛々しくも美しい。

 深緑のチェックズボンが、ヒロ様の腰の細さ、引き締まったお尻の曲線、胴に対してすらりと長い脚をさらに強調しています。ベルトはちょっと長めだったのか、端の方が腰からかなり飛び出し気味なのも逆にイイですね。

 会長も満足そうに微笑んでいます。


「ふふ、なかなか似合ってるじゃないか。

 少し前、間違えてサイズ違いの制服を注文してしまってね。

 どうしようか迷っていたんだが、ヒロ君にちょうど合っていたようで良かった」

「でも、俺が着ちゃっていいのか?

 これ、高等部の制服だろ?」

「いいんだよ。

 捨てるのももったいないし、君が着たほうがみんなも喜ぶだろう。

 ルウラリアさんを見てごらんよ」

「え……げっ!?」


 わたくしがあまりにも身体中をテカテカさせていたのか、眼球を爛々と輝かせていたのか。思わずのけぞってしまうヒロ様。


「あ、あぁ……そ、そうみたい……だな」


 大きく目を見張って驚く姿も、直後にジト目でわたくしを睨んでくる表情も、何もかも可愛らしい。

 ちなみに、ヒロ様たちと会長で制服が違う理由ですが。

 聖イーリス学園は幼年部と中等部と高等部に分かれており、中等部の生徒は皆ヒロ様のような水兵服を着用していますが、高等部になるとロッソ会長のようなブレザー姿に変わるそうです。


 ということは、ヒロ様が高等部に上がると水兵服は卒業ということに……

 う、うぅむ……これは悩みどころです。

 今の清楚な水兵服、最早わたくしにとってはヒロ様のトレードマークと言ってもいいほど捨てがたいものです。

 しかし……確かに高等部の制服も、この少し大人びた感じが滅茶苦茶良い……! 

 先ほど泣きに泣いて、まだ赤く腫れている目。それでもしっかり前を向いて歩きだそうとする今のヒロ様に、この制服はぴったりと言えるかも知れません。

 こ……これは葛藤ですわ!!


「う、うぅ、しかしヒロ様がブレザー姿になってしまったら!

 このお話自体がタイトル詐欺に……!!」

「ナニさっきから、わけの分からないこと言ってんだよ?」


 ちょっとむくれながらも、会長に勧められるまま、わたくしの隣に腰掛けるヒロ様。

 あぁ、新しい制服の香りがまたも脳髄を刺激して……感情が色々ぐちゃぐちゃになりそう。

 しかしサクヤさんはまだ不安げな表情です。


「でも……大丈夫かな。

 またレズン君たちに、言いがかりつけられたりしない?」


 サクヤさんの心配はもっともです。

 これだけ可愛らしいお姿、あのクズンたちがさらに虐めてくる危険性は大。

 そういうものです。わたくしには分かります。

 だってもう既に、めちゃくちゃにしたくて全触手がうずうずしてますもの!!


「中等部のくせに、高等部の制服着てるとか?

 まぁ、あいつらならやりそうなことではあるが――

 ヒロ君、ちょっとごめんよ」


 会長はそっとヒロ様の襟元に手を伸ばしました。

 左の襟のあたりに、聖イーリス学園の金色の校章が光っています。


「一応、この校章には軽い電撃魔法を仕掛けてある。

 危険を感じた時、この校章の裏側――そう、紅水晶が嵌め込まれてる部分だ。

 そこを押すと、たちどころに電気ショックが相手を襲う」

「な、なるほど……」


 つまりわたくしやクズンがヒロ様に襲いかかると、電気ショックを喰らう可能性があるということですね。

 わたくし自身は電撃魔法もそこそこ使うので耐性はありますが、そのへんの魔物はたまったものではないでしょう。勿論クズンなど一撃です。


「新しい制服が用意出来るまでは、これで過ごすといいよ。先生たちにも話はつけておくからね。

 勿論これで全てが解決するわけじゃないが、当面の危機は何とかなるだろう。

 本来は僕の服になるはずだったものを、汚したり蔑んだりしたらどうなるか――

 奴らは思い知るだろうね」


 少し自慢げに鼻を鳴らす会長。

 しかしヒロ様は、じっと校章を見つめたままです。


「あ……ありがとう、会長。

 ここまでしてくれて、本当に嬉しいんだ。けど……

 俺……これ、使えるかどうか、分からないよ」


 校章を手にしながら、俯くヒロ様。


「だって、レズンが俺に酷くあたるのは……俺のせいでもあるんだ。

 俺が弱くて駄目な奴だったから、レズンはああなっちまった。

 だから……あいつが、どれだけ辛くあたってきたって、それは……」


 しかし会長はそんな彼の両肩を掴み、顔を上げさせます。


「使うんだ。

 たとえそれが、君の大切な幼なじみでも、親友でも。

 いや――大切な存在ならば、なおさら。

 彼が悪意をもって君を傷つけようとするなら、君は断固たる意志でそれを払いのけ、自身の正義を示さなければならない」

「か、会長……?」

「僕は少し前から、君たちの様子を観察していた。

 自分で言うのも何だが、人を見る目にはある程度自信があるつもりだよ。

 その僕が断言する――」


 会長はひとつ大きく息を継ぐと、一切の迷いなく宣言しました。


「君は、何も悪くない」


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