第21話 触手令嬢、疼く

 

 え……

 え、えぇ、え!? いきなり、生徒会長様がお出ましになりましたよ!?


「故あって、少し前からヒロ君と彼らの動向を見守っていた。

 慎重を期して、手出しは控えていたけれど――

 さすがに、我慢がならなくなってきたところだったよ」


 わたくしもサクヤさんも、勿論レズンも、ぽかんと口を開けておりましたが。


「ちょうどいい機会だ。

 一旦、君たちを預からせてもらう」


 彼はパチンとひとつ、指を鳴らしました。

 すると、わたくしとヒロ様、そしてサクヤさんの周囲に、神々しい輝きと共に青い魔法陣が生まれてきます。

 これは――かなり上位の転送魔法ですね。


 それに気づいたレズンは、慌てて自分も魔法陣の中に入ろうと這いよってきました。

 彼の周囲だけ見事に、何もありません。つまり転送術が発動すれば、残されるのはレズン一人。


「おい、待ちやがれ!

 いくら生徒会長だからって、俺ん家がこの学園に幾ら――」


 喚きたてる彼を、酷く冷徹な目で見下げる銀髪の少年。



「あまり言いたくはないが。

 ヴァーミリオ家は代々、国王陛下直属の騎士を務めている。

 そして我が父は現役の騎士団長。この意味が分かるな?」



 静かではありますが、底知れぬ冷徹さを感じさせるロッソ会長の一言。

 それだけでレズンは、何も言えずに黙りこくってしまいました。

 レズンの家がどれほど街や学園で勢力をふるっていようとも、エーデルシュタットはたかが地方都市のひとつであり、聖イーリスもたかが地方の学園ひとつです。

 それに対し、国を統べる王に仕える騎士団長ともなれば、国の政にすら関わるであろう立場。伯爵といえども、地方の一貴族が容易に手出し出来るはずもないでしょう。



 悔しげにわたくしたちを睨むレズンを残し、会長の放った転送術は無事発動しました。

 ほのかに新緑が香る、清らかで涼しい風に包まれ、わたくしたちは何処かへと転送されていきます。

 わたくしはヒロ様を抱きしめたまま、言葉をかけ続けました。


「ヒロ様、もう大丈夫ですよ。

 分かって下さるかたは、どこにでもいます。何があってもきっと、わたくしがお守りしますから!」



 ******



 数刻後。

 わたくしとヒロ様とサクヤさんは、三人揃ってロッソ会長のご自宅に運ばれていました。

 ご自宅とはいっても、会長の実家はここより大分離れた王都にあるそうで。

 とても通学可能な距離ではないので、彼は学生寮に住んでいるそうです。わたくしたちが運ばれたのは、その寮の一室でした。


 しかし学生寮といえど、そこはさすがに王室直属騎士様のご子息のお部屋。

 ある程度、自分好みにお部屋を作り替えることを許されているようで――

 寮の最上階と屋上全てを占拠した会長のお部屋は、一室一室がやたらと広く。

 何故か至るところに、やたらふわふわの絨毯、ソファ、クッションが敷き詰められています。

 椅子に座った時には、クッションがあまりにもふかふかで、気持ち良すぎて眠ってしまいそうでした。


 屋上をまるまる改造して作られた露天のお風呂も、ヒロ様のお屋敷のそれと負けず劣らず見事なもので。

 中心にはプールほどの大きさの、美しい大理石の浴槽が。他にも、薔薇の香りのする泡風呂に、柑橘系の良い香りのする古めかしいヒノキ風呂もあります。

 周囲もしっかり、日射しを遮らない程度の衝立と新緑の木々に覆われています。覗き見対策も完璧なようです。

 ロッソ会長のお話によると、普段は他の生徒にも開放しているお風呂だそうで。

 しかし今は彼の権限により、ヒロ様とわたくしの貸し切り状態にしていただきました。


 わたくしは中央の広い浴槽の中、昨日と全く同じように触手風呂を作り上げ。

 その中でヒロ様を抱きしめ、彼の治療を始めました。

 服もろとも洗浄する為、水兵服はそのままです。さすがにこれだけ泥まみれにされたら、汚れが落ちきるかどうか分かりませんが。


 のぼせないよう、きっちりとぬるめに調整されているお湯。

 何故これほどまでに、ロッソ会長はわたくしたちに良くしてくださるのか。

 気持ち悪いほどの待遇にさすがに疑問が浮かびましたが、今はヒロ様の傷を癒すのが先ですね。


「う……

 うぅ、あ……ふぅう……」


 ヒロ様の息はまだ苦しそう。

 身体に入ってしまったお酒は何とかわたくしが吸い込んだと思いますが、お酒だけでなく泥水も飲んでしまったでしょうし、他にも散々傷つけられた跡があります。

 一体、どれだけ苦しかったことか……

 泥まみれになったヒロ様を、そのままわたくしの触手風呂の中に横たえ、全身の様子を見てみます。

 触手の殆どを使って、ヒロ様の水兵服についた泥に吸いついてみました。しかしいくら吸っても吸っても、どれだけ浄化の術をかけても、昨日と違って泥はなかなか落ちません。

 執拗に塗りこめられているせいでしょうか。

 しかも泥だけでなく、お腹や袖のあたりは少なからず血まで滲んでいました。

 そっと裾をめくってみると、胸にも背中にも幾つも靴の跡が重なり、出血していました。



 苦しそうな息づかい。紅潮した頬。

 むせかえるほどの、血と泥の匂い。

 まだそこには僅かながら、あのお酒の匂いも混じっています。

 びしょ濡れの身体に張りついた、ぼろぼろの水兵服。泥がマダラ模様となって服と肌の境に浸みこみ、まだ幼さの残る身体の線や白い肌が、一層くっきりと浮かんでいます。

 破られたのは左肩だけでなく、スカーフも裾も、至るところが引きちぎられています。


 単なる暴行ではない。これは、明らかに――

 校門前でレズンと出くわした時。奴がヒロ様に触れかけた時に感じた、妙な気持ち悪さ。

 あれは決して、わたくしの思い違いではなかった。

 サクヤさんが教えて下さらなければ、わたくしが助けに入らなければ、ヒロ様はいったいどんなことになっていたのか。

 ――いや。

 想像するだけでも恐ろしいですが、もしかしたらそんな最悪の事態は、既に「何度か通過している」可能性すらあります。

 認めたくはありませんが……昨日、ヒロ様の顔に浄化の水をかけた時の反応は、まさか……

 いや。いやいや、もう、深く考えるのはやめておきましょう!



 わたくしが浄化の水を傷に吹きかけ、肌に吸いつくたびに――

 ヒロ様の喉から、苦痛の呻きが漏れます。

 必死で痛みをこらえながらも、噛みしめた歯の間から漏れる悲鳴。



「う、……うぅ……

 く……ぅ……あ、ぁあぁ……っ!」



 ――まずいです。

 触手の本能が、疼いてきました。

 わたくしの息のほうが、ヒロ様より激しくなりつつあります。

 いかに、他者から傷つけられた姿に劣情云々とはいえ。

 愛しのかたのこんな姿を見せられて! こんな声を聞かされて!!

 触手として、興奮するなという方が無理です!!!

 あぁ、めちゃくちゃにしたい。骨が折れるほどめちゃくちゃに抱きしめて触りまくってさし上げたい!

 人でなしと罵られても構いません。人じゃありませんから!!



「う……ん……?

 ル、ウ……?」



 わたくしの中でそんな、理性と本能の大戦争が繰り広げられているとも知らず。

 ヒロ様はやがてゆっくりと、その瞳を開きました。

 ふぅ、ほっとしました。良かった……とりあえず落ち着きましょう。


「は、はい!

 だ、だだ、大丈夫ですかヒロ様?」

「ん……

 お前、なんか、昨日より……

 やたら、テカテカしてないか?」

「え?」

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