第17話 少年、めちゃくちゃにされる
※今回、かなり激しいいじめ描写があります。
苦手なかたはご注意ください。
******
時刻は少し遡る。
レズンらが教室にどやどやと入ってきたのは、ルウが席を外して間もなくのことだった。
あっという間に机を囲まれ、逃げ道を塞がれるヒロ。
――こいつら完全に、ルウがいなくなった隙を狙った。
そう分かっても、ヒロにはなす術がない。
そのままレズンらに腕を捻られ肩を掴まれ、ヒロは無理矢理北校舎の裏まで連れていかれてしまった。
――普段は用務員のゴブリン以外に誰も来ず、手入れもさほどされていない草むら。
すぐ近くには小さな池があるが、その底はゴミが溜まり、水は泥同然だった。
そのそばに乱暴に投げ出され、ヒロはしりもちをついてしまう。
「よう。
やっと二人だけになれるなぁ、ヒロ」
二人だけと言いながら、レズンは背後に何人もの男子生徒を従えている。
彼は蛇にも似た眼光でじろりとヒロを見下すと、思いきりその下腹部を蹴り飛ばした。
「がはっ……!」
容赦ない一撃に、思わずヒロは呻く。
――やっぱりだ。
これから起こることは、もう分かってしまう。
ここでやられることと言えば決まったようなものだけど、やっぱり、嫌なものは嫌だ。
懸命に唇を噛みながら、恐怖と痛みに耐えるヒロだったが――
それでも身体は、小刻みに震えだしていた。
「ズル休みした上、変なペット連れてきやがったお仕置きだ。
今日はたっぷり、鍛え直さなきゃなぁ」
そう口にすると。
腹を押さえて呻くヒロの背中や足を、レズンはさらに蹴り上げる。
勿論周囲の手下たちもそれに続き、倒れたヒロの身体は何度も何度も、汚い靴で踏みつけられた。
目立ちやすい顔や頭のあたりは、器用に避けている。蹴られるのは腹や背中ばかりだ。
嵐のような蹴りにひたすら耐えながらも、身体の力はどんどん削れていく。
――でも、こんなのはまだ、始まりにすぎない。
レズンが『お仕置き』とか言った時、次にやることは決まっている。
あぁ――ルウにあんな強がり、言わなければよかったな。
一人でも大丈夫だなんて……嘘っぱちだ。
「さて」
全身靴の跡だらけになってしまい、苦しげに咳き込むヒロ。
それを満足そうに眺めながら、レズンはその胸倉を掴みあげた。
「さっきあいつに、何かされてたよな。
せっかくの俺たちの卵、あの魔物が汚してたよなぁ?
臭い手で、お前にベタベタ触りやがってさ」
違う。俺を汚したのはお前らじゃないか。
ルウは術を使って、その汚れを取ってくれただけだ。
そう言いたかったが、腹の痛みでろくに声が出ない。
レズンがぺろりと舌なめずりする音が、ヒロのすぐ耳元で響いた。
「シャンプーしてやるよ。
今日は特別に、身体もいっぱい洗ってやるぜ」
レズンがそう言うが早いか、両側から腕を掴まれ、無理矢理池のほとりまで引きずられていくヒロ。
せめて両足だけでも踏ん張って抵抗しようとしたが、引きずった靴跡が土に綺麗な直線を描くだけだ。
魚の腐ったような酷い臭いのたちこめる水面が、すぐそばに迫る。
水面と言ってもヘドロの混じった泥水そのもので、透明感などゼロだ。
池の方にうなだれる格好にされたヒロは、背後から思いきり髪を鷲掴みにされ、引き上げられる。この握力はレズンだろう。
「さ~て、行きますよぉお客さ~ん♪」
そんな能天気なかけ声と同時に――
掴み上げられたヒロの頭が、無理矢理池にざんぶと押し込まれた。
その直前、あらかじめ思いきり息を吸い込んでいたヒロは、泥の中に顔を押し付けられても数秒は耐えていたが――
それでも、すぐに限界が来る。
しかもレズンたちは酷く強くヒロの頭を掴み、押し込んでいた。池の底に頬が激突するほどの勢いで。
必死で呼吸を止めていたものの、それでも顔中に感じる汚水の気持ち悪さはたまらない。
強い力で泥に顔を押し込められている。複数の手が周囲から伸びてきて、ヒロの頭を水中でぐしゃぐしゃとかきむしる。
空気を求め、じたばた暴れようとするヒロ。その上半身を無理矢理押さえながら、レズンたちは背中や肩に、何やら粘ついた冷たいものをなすりつけていた。
多分、泥だろう。数カ月前最初にこれをやられた時は、あまりの恐怖と気持ち悪さに悲鳴を上げてしまったが
――何回もやられているから、もう分かる。
執拗にヒロを池に押し込んでいた手は、息が続かなくなってきたあたりを非常に巧みに察知したのか。むんずと後ろから襟を掴まれ、強引に引きずり起こされる。
頭から流れだした汚水が、容赦なく背筋や胸元に浸みていく。這いまわる虫を入れられたような感覚に、身体中にぞわっと悪寒が走った。
ぷはっと大きく息を吐きだし、ようやく肺に新鮮な空気を取り込めたヒロ。しかしすぐにその頭は、また池の中へ突っ込まれてしまう。
こんなこと、何度やられてきたか分からない。
いつからだったろう。レズンがこんな風になってしまったのは。
昔のレズンは、こんな奴じゃなかった。昔は――
いや、そんなことを今言っても仕方ない。
多分、俺が悪いんだ。俺が悪かったから、レズンは――
何度も何度も泥の中に頭を押し込まれ、呼吸を取り戻したと思ったらまたすぐ押し戻される。
そんなことを続けているうち――
ヒロの意識は、次第に朦朧とし始めていた。
力を失いかけた彼の胸元に、レズンの泥まみれの手が侵入してくる。
「あ、あぁ、
……はぁ、はぁ、があぁ……!!」
わずかに頭が持ち上げられている間に、必死で息を継ぐヒロ。
水の冷たさと恐怖で全身がぶるぶる震え出し、唇から激しい吐息が漏れる。
その時にはもう、頭から流れ落ちた水で制服はべったりと上半身に張りつき、胸元のスカーフ留めも引きちぎられ。
泥を塗りたくられた肩や襟は、元の色が何だったかすら分からなくなっていた。
レズンの指に、左胸の中心あたりを弄られ――
言い知れぬ不快感がヒロを襲ったが、最早その手を払いのける力すら残っていない。
何度目かに引っ張り上げられた直後には。
ヒロは大量の泥を髪や顎からぼとぼと落としながら、両脇を掴んでいる男子たちにぐったりと体重を預けているような状態だった。
そんな彼を、レズンは冷たく嗤う。
「なぁ、ヒロ。まだまだ終わっちゃいないぜ?
あの魔物だけじゃねぇ。お前今朝、サクヤと喋ったよな?」
力なく首を横に振るヒロ。
「ちが……う……
サクヤは……ルウを、案内、しようとした、だけ……」
激しく息をつきながら、それだけ答えるのが精一杯だ。
しかしレズンは鼻で笑いながら、ヒロの水兵服の裾をめくりあげ、臍のあたりにまで執拗に手を伸ばしてくる。
冷たい指先が無遠慮に急所を這いまわる感触に、思わず身体の芯が震えた。
「おいおい、嘘はダメだなぁ~
ちゃんと見た奴がいるんだぜ? サクヤはあの化物だけじゃなく、お前とも口きいてたって」
レズンのせせら笑い。
同時に、またまた泥へ押し込まれる頭。
最早口をふさぐ力も残っておらず、口の中へ泥が少量流れ込んでいる。腐った油の酷い味がした。
「なぁ、ヒロ。
今日はお前に、イイモン用意してきたんだ。
親父には内緒で持ち出してきた、特製だぜ?」
そんな声が聞こえた瞬間、思いきり上半身を引き上げられたと思うと――
今度は、地面に仰向けになぎ倒された。
空気を求め、激しく喘ぎ続けるヒロ。そこに馬乗りになり、レズンは手下の男子生徒から何かを受け取る。
赤黒いガラス瓶のような何か――それが何なのか、朦朧とした視界ではよく分からない。
レズンが瓶の栓をぽんと抜くとすぐに、奇妙な匂いが鼻をついた。
頭の芯を痺れさせるような、強烈な匂いが。
――もうこれ以上、何も見たくない。
何をされるか分からない恐怖に、ヒロは思わず目を瞑っていた。
そうしたところで何も解決しないどころか、一層事態が悪化するのは分かっている。だけど、手足が動かない。
この前なんか、似たような状況で服を切り刻まれた。
あの時、裾から入れられた裁ち切りバサミの、ひやりとした刃の感触。
思い出すと、今でも恐怖で全身が固まる。
「いや……嫌、だ……
もう、やめ……やめ、て……」
匂いの元から必死で顔を逸らし、叫ぼうとする。
それでもぜいぜいと荒れた喉には全く力が入らず、蚊の鳴くような震え声にしかならない。
レズンの笑い声が降ってくる。
「ヒロ、今日は大サービスだぜ?
こいつを飲み干して、昼間の弁当全部吐いちまった方がラクになる。
いつも言ってるだろ? 魔物の作った弁当なんか、身体に毒だって」
やめろ。ソフィの作ったものを、そんな風に――
心でそう叫びながらも、ヒロの喉からはかすれ声しか出ない。
そのまま、ぐいっと顎を持ち上げられ。
空気を求めて喘ぎ続ける口に、無理矢理何かが押し込まれた――
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