第12話 触手令嬢、察する

 

 慌ててわたくしも駆け出そうとしましたが、そこは慣れない人間の身――

 しかも全くの予想外の行動だった為に、何も出来ず生徒たちにつかまえられるがままでした。

 あぁ、触手に戻れればこんなクソガk……じゃない、しょうもない子供たちなど一瞬で薙ぎ払ってしまえるのに。

 いかに魔物も登校可能な学校といえど、さすがに内部の状況も分からずに変身を解除するわけにはまいりません。ヒロ様にどんなご迷惑がかかるか。

 放り投げられた靴と本は空に弧を描き、校庭の隅の花壇に落ちてしまいました。

 不快すぎる笑い声と共に、生徒たちはヒロ様から走り去っていきます。


「じゃあな~!

 泥だらけの靴の方が、お前にゃお似合いだぜ!」

「昨日のうちにお前に似合うもの、色々用意してやったんだから感謝しろよ~!」


 わたくしには目もくれず、脱兎のごとく駆け去っていく生徒たち。

 レズンだけは酷く冷たい目でわたくしを睨みながら、吐き捨てました。



「おい。誰だか知らねぇが……

 ヒロに余計なこと、すんじゃねぇぞ」

「どういう意味でしょうか?

 わたくしはルウラリア・ド・エスリョナーラ。ヒロ様と運命を共にする者ですわ」

「はぁ? 意味分かんねぇんだけど」



 わたくしを小馬鹿にしてせせら笑うレズン。

 仕方ありませんわね。この小悪党に、わたくしとヒロ様の尊い絆が理解出来るはずもありませんから。


「言った通りの意味ですわ。

 それよりも、今の貴方がたの行動の方が、全く意味が分からないのですが?

 先ほど投げ捨てたものはヒロ様の靴と本ですね。返していただけませんか」

「拾ってくればいいじゃねぇか」

「他者の持ち物を無断で奪って投げ捨てるのは立派な犯罪行為ですよ」

「てめぇ……」


 わたくしの身体を上から下まで眺めまわしながら、じっと胸元に顔を寄せて上目遣いに睨みつけるレズン。

 こ奴は礼儀というものを知らないのでしょうか。


「俺の親、一応伯爵なんでね。

 目ぇつけられたらどうなるかぐらい、分かってんだろ。

 あまり目立つ真似はしねぇ方がいいぜ?」


 うわぁ。これ以上を望めないレベルの三下の台詞ですわ。


「なるほど。

 伯爵のご子息様にしては、言動も行動も見合わないですが」

「……!

 そういうてめぇこそ何者だ」

「先ほど名乗ったはずですが。

 わたくしの一族の名は、力のある貴族であれば知っていて当然なのですがね」



 決まった――さらりと髪をかきあげるわたくし。

 嘘ではありません。エスリョナーラの名は、少し魔物を知る貴族ならば把握していて当たり前のはず。

 しかしその横から、ヒロ様が無言で校庭へと駆け出していきます。


「あ。

 ちょっと、ヒロ様! お待ちくださ~い!!」


 慌てて追いかけるわたくし。

 それをレズンが嫌味にニヤニヤ眺めているのも何となく分かりましたが、今はヒロ様をお助けしなければ。



 **


 校庭の隅の花壇で、ヒロ様は必死で靴と本を探り当てていました。

 取られた物が何とか見つかったのは良かったのですが――

 靴も本も、運悪く水たまりに落ちてしまっており、泥だらけです。

 それでもヒロ様はじっと俯いたまま、ずぶ濡れの持ち物を抱きしめていました。

 この時点でもう、何となくわたくしには察しがついてしまいました――



 ヒロ様が何故、湖で身を投げようとしていたのかを。



 静かに背後から近づいて、声をかけようとしたわたくし。

 その気配に気づいたのか、ヒロ様は振り向きもせずに呟きました。


「……こういうこと、毎日なんだ」

「……」

「慣れたと思ってたけど、それでも、やっぱり……

 俺、身も心も弱っちいからさ。ハハ」


 消え入るような、か細い笑い声。

 あまりにも痛々しい。


「だからさ。

 ルウも、あまり俺に関わらない方がいいよ」

「何故ですか?

 このようなことがあるなら、なおのこと――」

「俺を助けようとしたら、絶対あいつらに痛めつけられるから。

 サクヤだって最初は俺を守ろうとしてくれたけど、レズンたちに色々と脅されてさ。

 だから……もう、誰も……」


 だんだんと話が見えてきました。

 つまりヒロ様と、あのレズンとかいうクソガk……しょうもない男子生徒たちの間には酷いイジメがあり。

 それにずっと、ヒロ様は耐え抜いてきたというわけですね。


「ヒロ様、心配ありませんわ。

 わたくしは魔物です。そう簡単に、あのような輩には負けませんよ。

 人間の子供など、ちょっと触手で絞め上げれば一発です」


 それでもヒロ様は、ふるふると首を振るばかり。


「力でどうにかなる問題じゃないんだ。

 さっきレズンも言ってただろ。あいつの家は、このへんじゃ有名な貴族でさ……

 学校にも結構な出資をしてる。

 だからみんな、あいつには何も言えないし、逆らえない」

「ヒロ様のお家も立派ではないですか」

「いや……

 俺のじいちゃんも有名だけど、変わり者って意味だから。

 金と魔物。どっちが勝つかって言えば、やっぱり金なわけだ」

「魔物ではないのですか?」

「今の世界じゃ金なんだよ。

 それに俺、レズンに――」

「?」

「いや、何でもない。

 とにかくあいつの言う通り、あまり目立つことはしないでくれよ」


 ヒロ様はそう言ったきり、口を閉ざしてしまいます。

 何を言いかけたのか気になりましたが、ヒロ様はわたくしを無視してそのまま立ち上がり、校舎へと向かいました。


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