第13話 触手令嬢、エロの何たるかを語る
その時にはもう殆どの生徒は校舎内に入ってしまっており、始業時間を告げる鐘が鳴り響いております。
ヒロ様は濡れた本と靴を抱えたまま、玄関に入りました。
そこには生徒たちの靴箱が棚となって幾つも並んでおります。靴箱のそれぞれに、木製の簡単な鍵がついているようですが――
「! ひ、ヒロ様、これは?」
「……やっぱりな」
ヒロ様の靴箱は、何故か強引に鍵が開かれており。
その中には、ボロボロになった雑巾のような何かが強引に突っ込まれておりました。
明らかに何者かの手で執拗に切り刻まれた上、煤だらけで真っ黒。
よくよく見ると、半袖のシャツと紺色の半ズボンの組み合わせのようにも見えますが――
「ま、ままままままさかこれ、ひ、ひ、ヒロ様の体操着……!?」
「そうだけど?」
ほぼ無表情のまま、そのボロ雑巾を手に取るヒロ様。
あぁ、なんということ。せっかくのヒロ様の、半袖短パンという素晴らしい衣装が……!
「ゆ……ゆ……許せませんわぁ!!!
着用していない衣装をギタギタのボロボロにして、何が楽しいというのです!?」
「え? 怒るトコそこ?」
「それはそうです!
美しい御仁を痛めつけ、綺麗な衣装を少しずつ引き剥がし、苦悶と羞恥に歪む表情を眺めることこそ至高! そこにこそボロボロ衣装の意義があるのです!!
最初からボロきれ同然の衣装に、何の意味があるというのですか。おぉ、もう……!」
「お前と話してると、突然何言ってるか分からなくなる時あるよな」
ボロボロの体操着を手にしながら、何故かジト目でわたくしを見つめるヒロ様。
それでもわたくしの、魂からの叫びは止まりません。
「初期状態の美しい衣装を存分に眺めて脳裏に焼きつけ、少しずつなぶって痛めつけ!
次第にその麗しい衣装と勇猛な表情が崩れていく。その過程を愉しむことこそ、最高の高ではないですか!
それすらせずいきなりボロボロのまま、しかも本体もない衣装なぞに何の価値がありますか!!」
「本体って俺かよ」
「これをやった者たちの思考も嗜好も、全く分かりませんわ! 即時全裸派よりさらに理解不能です!!
このボロ体操着をヒロ様が今着用したとして、それが萌えるかと言えば正直微妙です!! いや、ヒロ様なら何を着ても萌えますけども!!」
「着るつもりないけどな。てか即時全裸派って何」
さっきの三下たちの言葉。昨日のうちに用意していたものとはコレだったのですね。
全く、何というクソガキどもでしょう。真に正しきエロとは何たるかをいずれ心身に叩きこまねば、世界の終わりですわ。
しかし、そんな風にわたくしが滾っておりますと。
やがて廊下から、女子生徒が一人ひょっこり顔を出しました。
見ると、先ほどわたくしたちとすれ違った、サクヤさんです。
彼女はヒロ様とわたくしを交互に見ながら、おずおずと言いました。
「あ……あの、エスリョナーラさん、ですよね?
編入の手続きがあるから、朝礼までに職員室に来てくれって、先生がたがお呼びです」
「あら。
するとここで、ヒロ様とは一旦お別れですか?」
「すみません。一応、規則なので」
とても申し訳なさそうなサクヤさん。
ヒロ様の言うとおり、この娘は気遣いも出来る良い子のようです。
わたくしはすぐに姿勢を正し、丁寧に礼をしました。
「いえいえ、わざわざありがとうございます。
わたくしはルウラリア・ド・エスリョナーラ。ヒロ様や皆様からはルウと呼ばれておりますので、そう呼んでいただいて結構ですよ」
「こちらこそ、初めまして。
私はサクヤ・レーベルン。ヒロ君とは同級生です。
彼とは知り合いですか?」
「知り合いも何も、運命の絆で結ばれた間柄ですわ!」
「あぁ、サクヤ。
こいつの言うこと、真に受けなくていいから」
ボロボロの体操着を抱えたまま、わたくしとサクヤさんの間をさっさと通り抜けてしまうヒロ様。
慌てて呼び止めようとしたサクヤさんですが、構わずヒロ様は行ってしまいます。
朝の喧騒がようやく静まり、教師の声が響いてくる廊下。
そこをたった一人で歩いていくヒロ様の背中は、とても小さく見えました。
そんな彼にろくに声をかけられず、肩を落としてしまうサクヤさん。
こんな状況でヒロ様を放置するのは、いささか躊躇われますが――
転校生たるもの、最初は見ず知らずの有象無象がたむろす教室へ、たった一人で乗り込んでいくもの。そして教師に促されつつ、心臓バクバクの中で挨拶するのがセオリーというもの!……と聞きます。
愛しのヒロ様と共に夢の学園生活を送るならば、その程度の試練は覚悟せねばなりませんからね。
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