第10話 少年、美少女?と邂逅する
翌朝――
ヒロが目覚めた時にはもう、そこにあの触手モンスター、ルウの姿はなかった。
もしかして、昨日の出来事は夢だったのかも知れない。
助けを求めていた、自分の情けない心。それが見せた、ほんのわずかな間の夢。
一瞬そう思ったが――
頭を回してみると、すぐに机の上の書置きに気が付いた。
そこには、こう書かれてあった。
『愛しのまいだーりん♪ ヒロ様。
わたくしが学校に行くには、ちょっと準備をしなければなりません。
ほんの少しの間、わたくし本来の姿が見えなくなってしまうと思いますが――
わたくし、いつでもヒロ様を見守っております。どうか、ご心配なさらず!』
桜色の便せんに書かれた、意外とていねいな文字。
その下にはルウの指紋、ならぬ触紋らしきものが、幾つもベタベタと押されていた。殆どがハート形で、しかも赤い。
触手族流の血判状だろうか。あまり深く考えたくない。
ヒロは大きくため息をつきながら、薄暗い部屋の中でのろのろと身を起こす。
昨日はあんなこと言われたけど、所詮魔物だ。
ソフィやこの家で働く者たちのように、穏やかで素直な魔物も今は多いが――
本来、魔物というものは獰猛で狂暴。人間の世界になじんでいるように見えても、気まぐれで自分勝手な行動をする者も未だにいる
――ヒロはそう、祖父から教えられていた。
結局ルウは、あれほど言っておきながら、自分のそばを離れたのか。
昨日言ったことは全て、あいつの気まぐれだったのか。
――元々、誰もあてになんかしてないけど。
投げやりにそう思いながら、ヒロは枕元に用意されていた水兵服を手に取った。
ソフィの修繕は完璧で、酷く汚れて破れていたはずの背中の布地は、何事もなかったかのように真っ白だ。
でも、きっとまた――
昨日学校に行かなかった分だけ、「あいつら」は――
ヒロは重い頭を振りながら、それでも制服を身に着ける。
胸元のスカーフ留めを整えた時にはもう、着替え始めてから10分ほどが経過していた。
ちょっと前だったら、ものの2分足らずで着替え終わっていたはずなのに。今は身体が重くてたまらない。
と、その時だった。
「おーい、ヒロー?
起きろよ、ねぼすけー! まーた遅刻しちまうぞー!?」
そんな甲高い声と共に、ガチャガチャと何やら無機質な物体が廊下を蹴りながら、猛然と走ってくる音がする。
ノックもないまま、部屋のドアがいきなりバンと開いた。
そこにいたのは、執事服を身に着けた、真っ白な骸骨。
ややガニ股のまま、全身の骨をガタガタ揺らしながら、静止することなく常に左右にぴょこぴょこ跳ねている。床に靴音が響きまくってうるさい。
片手に盆を持っているが、何も乗ってはいない。何か乗せればすぐに彼自身の振動で吹き飛んでしまうだろう。
初めてその骸骨モンスターを見る者は驚愕で失神するだろうが、ヒロにとってはいつもの光景であった。
「スクレット……
ドアはノックしてくれって、いつも言ってるだろ?」
「良かった! 起きてたんだな!
じゃあちゃんと朝ご飯食べて、庭を10周してから学校だ!!」
頭が痛くなるほどの大声で笑う骸骨。
ノックぐらいしてくれというヒロの小さな願いが、全く聞き入れられないのも毎度のことだ。
靴音と骨の音で彼の接近はすぐ分かるから、別にいいと言えばいいのだが。
「そうそう、お前も隅に置けねぇなー!
一体どこから、あんな可愛コちゃん見つけてきたんだよ?
みんなびっくりしてたぞ!」
「え?」
骸骨執事スクレットに促されるまま、ヒロが1階の大広間に降りてみると――
そこには、見たこともないとびきりの美少女が、にっこり笑いながらヒロを待っていた。
艶やかな白い肌に、透き通ったアクアマリンの瞳。
腰まで伸びた、絹のように柔らかな桜色の髪。両耳のあたりでその桜色は目の覚めるような金色に変化し、ゆるやかな縦の螺旋を描いて胸元まで伸びている。
清楚な紺のブレザーにスカートは、恐らく学校用にあつらえたものと思われるが、優美なドレスでも着ればどこからどう見ても立派な貴族令嬢であろう。
「か……
可愛い……」
階段の上からその姿を見た瞬間、思わずヒロは呟いてしまった。
その声に鋭く反応したのか。桜色の髪の美少女はぱあっと顔を赤らめ、人間とは思えぬ凄まじい勢いで階段を駆け上がり、まっすぐヒロに抱き着いた。
この速さ。この勢い。彼女、間違いなく――
「ヒロ様ぁああぁああ!
わたくしです、ルウラリアですわぁあ!!」
「え、え、はぁっ!?」
「今のヒロ様のお言葉、わたくし聞き逃しませんでしたわよ?
人に変身したのは久しぶりですし、変じゃないかと思ったのですが……
良かった! 可愛いと仰って下さって~!!」
遠慮も何もなくヒロをぎゅうっと抱きしめる少女。というか、ルウ。
この腕力は間違いなく、昨日ずっとヒロを抱きしめて離さなかった彼女のものだ。
階下からぽかんと彼女たちを見上げるソフィと、楽しそうに左右に骨を揺らして踊るスクレット。
「ルウラリア様、私が起きた時にはもう、このお姿になっていらしたんですよ。
ビックリ仰天でした~」
「なるほどなるほど、アレがあーなってこーなってかくかくしかじか、というわけだな。
うん、分かったぞ!」
「全然分かってないでしょ、スクレット。
それよりアンタ、彼女の入学手続きはちゃんとやったんでしょうね?」
「だいじょーぶ!
この程度の事務作業なら任せとけ! アレをあーしてこーしてチャチャッのパだぜ!!」
大きくため息をつくソフィ。
柔らかさと弾力を併せ持つルウの胸。そこに思いきり頭を挟まれ、ヒロは耳の端まで真っ赤になってしまっていた。
そんな体勢のまま、ルウは威勢よく振り返る。
「それではソフィ、スクレット。
わたくし、ヒロ様と一緒に初登校させていただきますわ~!
うふふ、ヒロ様の学校ってどんなところなのか、楽しみで胸が躍ります。ね、ヒロ様?」
「う……うぷ、る、ルウ、離して……
む、胸で息が、息が出来ない……!」
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