第5話 触手令嬢、空を飛ぶ
「……み、みみみ見たかったですわ!
わたくしの触手でうち震えながらも、痛みに耐え続けわたくしを離さなかったであろうヒロ様のお姿!
その、極上の場面を見逃してしまうとは、わたくしとしたことが何たる不覚!!」
「……へ?」
「あぁ、どんなに美しかったことでしょう!
自らが傷つくのも構わず、魔物でも手を差し伸べ、救おうとするいたいけな少年の姿!!
これほど燃えたぎるシチュエイションはありませんよね? ね!?」
「いや、その……?
お前が何言ってんのか、急に分からなくなったんだけど
……あ、ちょっ!」
濡れたヒロ様の背中にそっと触手を差し入れ、治癒魔法をかけていきます。
裂けた服までは戻りませんが、少々の傷ならたちどころに治ります。わたくしの治癒魔法は一級品ですから。
あぁ……それにしてもこの、とくとくと波打つ心音の心地よさ。
「そのせいで無理をした為に、足も背中も傷つけてしまったのですね。
わたくしとしたことが……大変申し訳ありません」
「いや、いいんだ。
俺の方こそ、うまく助けられたかどうか分からないけど……
って、さっきからどこ触ってんだよ?」
気が付くとわたくしの触手は大小合わせて30本以上にもなり、ヒロ様の手足に巻き付いておりました。
それなりに鍛えられているようですが、まだまだ幼く成長途上の筋肉。水を弾く素肌。恥ずかしさに、ちょっと赤らんだ頬。
何と言ってもこの、若さ溢れる男子の匂いは……わたくしの器官全てを狂わさんばかりです。
ヒロ様の全てが欲しい――その欲求で、触手が増殖してしまっております。
「う、……あうっ!」
思わず胸元に軽く触手を這わせた途端、ヒロ様の喉から反射的に軽い悲鳴が漏れました。
いけません。これ以上やっては、わたくしまた暴走してしまいます。
ちょっとずり落ちたズボンの中に触手を侵入させたい欲求も当然ありましたが、それだけはやめておきましょう。わたくしの暴走が世界を消滅させてしまいます。
ともかく――確実なことは、ひとつ。
「わたくしには分かります。
貴方はとても勇敢で、強い男の子です」
はっきりそう宣言し、ヒロ様の頭を撫でておりますと――
痛みはもう治まったのでしょうか。観念したような大きなため息が漏れました。
「ルウラリア……って、言ったよな。
なんか、よく分からないけど、ありがとう」
その言葉と共に。
ヒロ様のお顔を曇らせていた陰が、ほんの少しだけ晴れたような気がしました。
「俺なら、もう大丈夫だから。
だからさ……あの……
えっと、ちょっと、離してくんない?」
そう言いながら、手足をほぼ拘束しているも同然のわたくしの触手を、何とか外そうとするヒロ様。
あら。これはもしや……
「ヒロ様。
もしかして、お一人だけで帰ろうとなさってます?」
「勿論、そうだけど」
「馬鹿なことを仰らないでくださいな。
こんなにボロボロのずぶ濡れで魅惑的なヒロ様をお一人で帰すなんて、とんでもありませんわ!
途中でどんな輩に襲われるか!!」
それでもヒロ様は顔を赤らめつつ、そっぽを向いてしまいます。
「……いいんだ。
こんなの、慣れてるし」
「慣れてる?
こんなずぶ濡れ泥まみれセクシィ透け透け姿になるのが、ですか?」
「ただの子供同士のケンカだって、誰ももう相手にしないんだ。
だから……大丈夫だから。離せ、離してくれよ!」
そう言いながら、無理にでもわたくしから逃れようと、じたばた手足を動かすヒロ様。
この言葉に、この様子は……
どうやら、ただならぬ事情があるようですね。
わたくしはヒロ様の拘束をほんの少しだけ強めました。
両手首と両足首を縛ると、彼の唇から微かに呻きが漏れます。
「そう簡単にわたくしの触手から逃れられるとお思いで?
言ったはずですよ。ヒロ様、貴方はわたくしの運命のお方だと」
「え?
る、ルウラリア?」
戸惑うヒロ様の顔に、自分の眼球をぐうっと近づけます。
泥で汚れたお鼻を触手で拭ってみると、若草色のキラキラした瞳がすぐ間近に。
あぁ、なんと幸せな瞬間。
「ルウ、でいいですわ。
だってこれから、ヒロ様とずっと一緒に過ごすのですもの」
「……へ?」
そう言いながらにっこりと微笑みかけてみると、ヒロ様のお顔が赤くなったり青くなったり、せわしい点滅を繰り返します。男の子たるもの、やはりこのくらい表情豊かでなくては。
「って、ま、まさか……
お前、俺と一緒にウチに住むつもりかよ!?」
「当然ですわ。
わたくしは貴方の妻のようなものですから」
「つ、つつつつ妻ってお前、俺は一言もうんと言った覚えは!」
「ご心配なく。
触手族には一夫一妻制などという、人間界の面倒な掟はありませんわ。
卵を多く生むことが最優先。男子だろうと女子だろうと、連れ合いならばいくらでも……
もっともわたくし、ヒロ様以外の男に心を許すつもりは毛頭ありませんが」
「いや、そーいうことじゃなくて」
「だからヒロ様も気兼ねなく、人間の可愛い彼女を作っていただいてもよろしいのですよ?
ヒロ様のおそばにさえいられれば、わたくしはそれで良いのですから」
「違う! 話聞けって!!」
なおも暴れようとするヒロ様を無理矢理抱き上げて、わたくしは立ち上がりました。
「何より、こんなヒロ様を放っておくわけにいきませんし。
それにこの街……エーデルシュタットは、人間が治めている街といえど。
そこそこ魔物も平和に過ごしている街なのでしょう?」
「あ……
お前、そこまで知ってるのか」
「勿論です。
このあたりは昔から、わたくしの庭みたいなものですから!」
そうと決まれば、善は急げです。
わたくしはヒロ様を抱き上げたまま、お腹のあたりの触手を10本ほど大地に叩きつけ、一気に飛び上がりました。
数瞬で空高く舞い上がるわたくしたち。
暖かな風が、全身を撫でていきます。
豊かな森に囲まれ、東側に青い海が広がるエーデルシュタットの港街。
そんな街を彩るのは、赤青緑といった原色を中心に構成された、レンガ造りの家々の屋根。
パンを焼く美味しそうな香りも漂ってきます。
いつ見てもこの景色はたまりませんね。それも愛しきお方と共に見られるとは、最高です!
「さぁヒロ様、貴方の御宅はどちらですか?
貴方と一緒ならわたくし、どこへでもひとっ飛びですわ~!!」
「ちょ、おい、ルウ!? 落ちる、落ちるって……
う、うわ、うわぁあああぁあ~~っ!!?」
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