結名と同居するらしい

 なんか色々と語り尽くせないことがあって、ようやく寮の自室へと帰ってきた。


「何度見ても豪華だな……」


 まず部屋が広い。そして家具が全部豪華。シャンデリアとかある部屋に住むことになろうとは。テレビとかPCやこたつもある。全部ある。もうホテルやん。


「お疲れ様でした」


「おつかれ。マジで疲れたぞ」


 高級感丸出しのソファーでだらだらする。柔らかい。寝そう。


「すぐに慣れますよ。きっとパワーアップイベントとかあります」


「イベントに慣れないんだよなあ」


「それじゃあごはん作っちゃいますね」


 結名はエプロンを着て厨房に立つ。晩飯を作ってくれるらしい。地味に似合っているので、家庭的な格好が似合う子なのかなとぼんやり思う。


「手伝うか?」


「いえいえ、趣味も兼ねていますので、ゆっくりしていてください」


「悪いな。もう外は暗いぞ。門限とかいいのか?」


「私もここで寝泊まりしますので、ご心配なく」


「………………そうだっけ?」


 色々ありすぎて記憶が曖昧だ。部屋は複数あるし、おそらく問題はない。俺が手を出さなければいいだけだし。まず土地勘のない場所だからな。案内役がいてくれるのはありがたい。


「ではしばらくお待ち下さい!」


「期待してる」


 ぼーっとテレビを見ていると、今日も普通のニュースやバラエティが流れている。今日のことがなければ、世界にこんな意味不明な側面があるなんて知らなかっただろう。いつも通りの日常の中にいたはずだ。


「妙なことになったもんだな」


「何か言いました?」


「気にするな」


「話は聞かせてもらったぜ」


「聞いてねえのに言うなや。料理に集中しとけ」


「はーい」


 料理を作る音と、何かの焼けるいい匂いがする。なんか新鮮だな、こういうの。


「もうすぐできますからねー!」


「焦らなくていいぞ」


 家族以外が作る料理なんて初めて食べるかもしれない。外食に行くことはあるが、同年代が作る料理なんて俺は知らない。何が出てくるのか期待してしまうのも仕方がないだろう。


「はーいできましたー!」


「運ぶくらい手伝うよ」


 そんなわけで食卓につくと、そこには立派な和食があった。


「おぉー……すげえちゃんとしてる」


「どういう感想ですか」


「ぜってえメガポーションとか不死鳥の肉とか出ると思った」


 白米と味噌汁に焼き魚。漬物と肉じゃがというシンプルかつ王道を往く献立である。正体不明の光る肉を食う覚悟をしていたので、これは嬉しい誤算だ。


「随分お疲れのようでしたから、普通の和食で癒やされて欲しいなって」


「ちなみに疲れていなかったら何が出た?」


「ダークネスカイザードラゴンの佃煮とか、コーラが血液の獣から絞り出したジュースとかですかね」


「絶対に出すなよ」


 疲れていてよかった。いやよくはないけど。普通の食い物であることを喜びながら、二人で食べ始める。


「うめえ……お前料理うまいな!」


 本当にうまい。白米はしっかり炊きあがっているし、味噌汁も塩分が濃すぎない。具はシンプルに豆腐だけだが、それでもうまい。魚も骨が取ってあるのか、そのまま食えるという気遣いを見せる。ケチをつける部分がない。


「ありがとうございます。これでも自信あるんですよ」


「おう、自信持っていいぞ。マジでうまい。結名はすごいやつだ」


「ふへへへ、もっと言ってくださいや旦那」


「キャラ壊れるほど嬉しいか」


「家族以外に作ったことないもので、褒められるのって新鮮です」


「マジか。すごくうまいぞ。最高」


 これは毎日の晩飯に期待が持てる。暴走しなきゃ全体的にクオリティ高いんだな。飯を食う動作も品があって、やはりいいとこのお嬢様って感じがする。


「あーんとかします?」


 こういうところさえなければだが。


「しなくていい。そういう関係じゃないだろ」


「ちょっとやってみたくないですか?」


「否定はしない」


「何事もチャレンジです! 思い出を心に刻みましょう!」


 大げさだな。どうして目を輝かせることができるのか謎だ。


「わかったわかった。俺がやればいいのか?」


「お互いにやります! やっちまいましょう!」


「テンションおかしいぞ」


「恥ずかしさをごまかしています!」


「そこまでしてやるもんじゃねえだろ」


 仕方ないので肉じゃがを食わせてやる。食いやすくてちょうどいいはず。


「あーん……なるほど、これが……初体験ですが楽しいですね!」


「そりゃよかった」


 これはやる方も恥ずかしいな。なんて考えるが、できるだけ表情には出さないようにする。


「では私の番ですね! 覚悟してください!」


 結名の箸が味噌汁につけられ、軽く液体が回転して箸の先端で球体になる。

 まるで棒付き飴みたいに味噌汁が固定されていた。


「ふっふっふ、さあ私の味噌汁をどうぞ」


「斬新だよ。無駄な能力使いやがって」


「巫女の力はこんなことにも応用できるんですよ」


「しなくていいだろそれ。ああもう、ほら」


「はいあーん!」


 言われるがままに味噌汁を食うと、口の中で液体に戻る。熱くはないが、なんとも不思議な体験で脳が追いつかない。


「味噌汁だな」


「そりゃそうですよ」


「普通に食おう。余計なことせんでいい」


「はっ、しくじりました!」


「何をやらかした」


「ご飯にする? お風呂にする? ってやつをやってません!!」


「やらんでいいやらんでいい」


 漫画知識だなこれ。それ新婚がやるやつだろ。偏った知識なのは理由があるんだろうか。


「別に付き合っているわけじゃないんだから、そういうのは好きな男ができたらやりなさい」


「なんですか急に常識人みたいな」


「常識人だよ。唯一の一般人だろ俺は」


「むう、どうせすぐこっち側になりますよ」


 それが現実になりそうで大変怖い。あまり考えないようにしよう。

 そこからは二人で食器を洗い、風呂を沸かしながらテレビを見る。


「大和様、先にシャワー浴びてこいよ」


「俺が言うやつだろそれ!? いや俺もおかしいわ!?」


「言ってみません? 二度と言う機会ないですよ?」


「勝手に決めんな!」


「じゃあ一緒に言いましょう」


「それどっちが入るんだよ?」


「先に言いきったほう?」


「そういうゲームじゃねえから」


 結名が言えと目で訴えてくる。この子の精神状態がわからん。もう言うしかないのだろう。しょうがないな。


「……先にシャワー浴びてこいよ」


「…………思ったより恥ずかしいですね」


「なんなの!?」


「戦略的撤退!」


 そして風呂に逃げやがった。メンタルクリニックでも予約してやるべきなのだろうか。このテンションで毎日生活できるのかあいつ。


「はあ……不安だ」


 天井には豪華なシャンデリアが輝いている。テレビもでっかいし、部屋も広い。なんだか自分が縮んだような気さえする。これもすぐ慣れるのだろうか。


「部屋にでも行くか」


 リビングを出ると、同じくらい広い私室へ入る。机とこたつと冷暖房完備。テレビとゲーム機と学生服があって、ベッドと絨毯が高級品だ。俺の自宅にあった漫画本棚もある。


「いかん……寝そう……」


 想像より遥かにベッドの寝心地が良い。これは寝る。すまん結名。できれば起こしてくれるとありがたい。


「大和様、大和様起きてください。お風呂に入らず寝ちゃだめですよ」


 結名の声がする。どうやら俺は寝ていたらしい。ぼんやりと意識が覚醒していく。


「本当にお疲れだったんですね」


「みたいだな」


 のそりと起き上がると、体が軽い。熟睡していたにしては時間が経過していない。


「回復魔法とか使える?」


「よくわかりましたね」


「すまない。手間かけさせる」


「いえいえ、お世話係ですし。寝顔かわいかったですよ」


「男に言うセリフかそれ」


 体が軽いのはありがたい。少し恥ずかしさが勝っているが、風呂に入れば忘れるだろう。


「風呂入ってくる」


「お背中流します?」


「いらん、乱入するなよ?」


「私のことなんだと思ってるんですか?」


「やるかやらないかで言えばやるだろ」


「否定はできませんけども」


 バスタオルと着替えを持って部屋を出る。扉を開ける時に、なんとなく言っていなかった気がしてので、改めて言っておく。


「結名」


「なんですか大和様?」


「これからよろしく頼む」


「はい!!」


 まあこんな生活も、悪くはないのだろう。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る