屋上で勧誘

 俺の高校生活三日目。女子トイレが爆発してから一日過ぎて、すっかり元通りに復元された校舎で授業を受けた。


「ふっつーに授業するんだな」


 今は昼休み。結名が弁当を作ってきたとかで、屋上で待つように言われた。


「こねえなあ……寝るか」


 ベンチもあるし日差しも暖かい。結名が来たら起こしてくれるだろう。


「極上巫女、夜桜結名。大和様の安眠を妨害するため只今参上!」


「じゃ、飯にするか」


「おおぅスルーとはやりますね。ゾクゾクするじゃないですか」


 こいつ毎日楽しそうだな。悩みがないのか、俺に見せていないのか。俺ありきの環境で生きているし、楽しんでいるなら否定はしないでおこう。


「いいから飯を食うぞ。時間は無限じゃない」


「無限にできますよ?」


「すんな!」


 まともに付き合っていると昼休みが終わる。

 ちゃっちゃと本題にいくのが、こいつらとの最適な付き合い方だ。


「はいはい、じゃあ愛妻弁当の登場です! じゃじゃーん!」


「愛妻にした覚えはないぞ」


「私もありませんよ?」


「じゃあなんで言った!?」


「愛妻弁当って響きが好きなので。愛妻ですよ。なんですかねこの萌えとエロスの融合は」


「知るか。メシにするぞ」


 結名の弁当は和風だ。唐揚げとだしまき玉子。きんぴらごぼうと妙な肉。白米と味噌汁。汁物を平然と出すけど、こいつらに物理法則とか常識を当てはめるだけ無駄。

 なぜならその法則を世界に設定した神がこっち側だから。


「なんの肉だこれ」


「スッポンですよ。スッポンをにんにくきかせて焼きました」


「そんなにスタミナつけなきゃいけない理由が見当たらんな」


「つけておかないと、別世界に行ったときに体力もちませんよー。バテバテじゃかっこ悪いですって」


「体育の授業感覚で別世界に行くのはやめようか」


 ちょっと味濃いけど美味しいじゃないかスッポン。結名は本当に料理全般が得意だ。これで性格がまともならいい奥さんになるだろうに。


「どうしたんです黙り込んじゃって? そんなに美味しいですか?」


「ああ、これは素直にうまい。マジで。性格さえまともならいい奥さんになれるぞ」


「おおーお約束のセリフですね。私以外ならドキっとするかもですよー」


「しないさ。ただちょっと言ってみたかったセリフなだけだ。あと結名ならギャグだと理解してくれそうだった」


 別に結名に恋愛感情とかはない。面白い相棒というポジションだなこれ。

 今の関係が気に入っているのでこのままでいこう。


「あー言ってみたいセリフってありますよねー。俺に任せて先に行けーってやつとか」


「最初に出てくるのがそれかい。少年誌であるやつだろ」


「結構読みますよ。大和様と話が合うようにって、お世話係になったときに色々と渡されました」


「悪いな。そういうの断っていいぞ」


「いえいえー、これで結構楽しいですよ?」


 よくわからんが楽しいならそれでいい。

 俺が原因で苦行を強いられているというのは、精神衛生上よろしくないのさ。


「私の家はずーっと昔から続く由緒正しい家柄です。なので俗世とかサブカルとは縁遠い、厳しい生活だったんです」


「にしては詳しいな」


「はい、大和様のお世話係になるということで、共通の話題がった方がいいって、色々と男の子好みの娯楽を国が提供してくれまして」


「国そんなことしてんの?」


「はい、流石に私の家も国と全世界からの圧力と、世界の命運を決めるお世話係の名目には勝てず、娯楽が解禁されたのです! やりました!」


 超いいとこのお嬢様にも悩みはあるのだな、などと考えてみれば当然のことをぼんやりと思った。俺のせいなのか俺のおかげなのかは知らないが、結名が楽しいことに触れて喜んでくれるなら、この力に目覚めてよかったのかもしれない。


「どうしたんです大和様。急に黙ってしまって」


「結名が楽しそうでよかったなって。俺に協力できることがあれば言ってくれ」


「じゃあソシャゲとかやってます? フレンド登録っていうのしてみたいです!」


「俗っぽいなお前……いいぞ、どれやってる?」


「これなんですけど、大和様もやってますよね?」


「おう、さては調べたな?」


 別に嫌じゃないしフレ登録してやる。好奇心からか目を輝かせている結名は素直にかわいい。


「やりました! これも全部大和様のおかげですよ! ありがとうございます!」


 本当に無邪気な笑顔だ。年相応というか、少し幼い印象すらある。


「なんだか私達って真逆ですね」


「そうか?」


「そうですよ。俗世や娯楽を知らないけれど、異常な世界で生きてきました。大和様は普通の世界で楽しいことをいっぱい知っていて、だから御役目に選ばれたのかもしれません」


「なるほど、お互いに知っていくにはいいのか」


 俺の好みだけで選ばれているはずがない。結名がいる理由はきっとある。だがそれを本人が知らないのなら、きっと今知るべきではないのだろう。ならばこの環境を楽しんでおくべきだな。


「よろしれば今度、お好きなマンガの世界に遊びに行きませんか?」


「軽く誘うなよ。え、実在してんの?」


「実在といいますか、実体化というか……まあ困ったら魔法とか神の力とか、超未来の凄いアレとか思っていてください。実際にそんな感じですし」


「聞いて理解できるかわからんしな」


「ですです。私も全部は把握できていませんから」


 膨大な量になることはアホでも想像できるからな。無理はさせないでおこう。

 聞いて理解できないことなんて、聞かなくてもおんなじさ。


「なんか普通にお昼ごはんですね、あーんとかします?」


「いらねえ。普通でいいんだよ。能力があっても俺は普通の高校生だろ。他人に命令する能力ってことは俺自身は凡人なんだし」


「うーむ、確かに超人に勝つにはしょぼくれ野郎ですねえ」


「しょぼくれ野郎て」


 普通の人間がこいつらと生活するのは相当難しいはず。

 みんなが俺に合わせてくれているんだろう。そこは感謝だ。


「よし、放課後に剣と魔法の世界に行きましょうか。自信つけましょう」


「行かねえよ。ゲーセンじゃねえんだぞ」


「えー行きましょうよー。準備しておいてくださいね」


「準備ってなにするんだよ?」


「ポーション買い込んだり?」


「それは向こうの世界に行ったあとだろ。売ってねえよこっちに」


「売店にありますよ」


 なんでもあるなこの学園。ポーションは実に種類が豊富で味も様々だと説明された。そういや修学旅行でハイポーション飲んだな。これ人に話したら頭おかしいと思われるエピソードじゃない?


「でもなあ、ぶっちゃけ今更ファンタジー世界とかインパクトなくね? ゲームとかでありがちじゃん」


「では戦国時代かSF世界でロボット乗りましょうよ」


「ロボットか……悪くないな」


 ロマンではある。巨大ロボには男のロマンがつまっていることは否定しない。


「じゃあ戦国時代でロボに乗るということで」


「まとめんな!」


「案内お願いしまーす」


 結名がぱんぱんと手を叩くと、数人の女性が音もなく目の前に現れる。

 金色で露出の多いどっかで見た水着だ。


「この金色忍装束の変態集団はなにさ」


「くのいちのみなさんです」


「くのいち!? 金色ですけど!? 忍べや!」


 このど派手な服装でどうやって忍者やってるんだろう。忍べないけど強いとか?


「ではなんちゃって戦国時代へのゲートを開いてください」


「忍法ゲートひらくの術!」


「そのまんまだ!?」


 青い光の穴みたいなものが現れた。これに入れというのか。


「さて、じゃあ信長さんにでも会いましょうか」


「それはできません。信長様は今日だけで三人、現代から転移者が来ますから」


「ああ、人気者ですもんね」


 信長のもとにはちょいちょい別世界や別時代から客が来るらしい。

 今でも信長を題材にした作品は多いからな。


「三年後まで予定がびっしりです」


「人気者はつらいもんだな」


 俺も似た立場になったからわかる。たまったもんじゃないよな。

 信長に親近感わく日がこようとは。


「ちなみに本能寺まであと二年です」


「スケジュール無駄になるじゃねえか」


「ではどこか違う大名のところへお願いします」


「ではその辺の武将にさっと会えるようにしておきますね」


「適当だなおい。捕まったりしても知らんぞ」


「まあ負けないでしょう。レジャー感覚でいいんですよ」


 いいのかねえそんな無用心で。結名がいれば大抵どうにかなりそうだが。


「ってか昼休みなんだけどさ。午後の授業はどうするんだ?」


「くのいちにみなさんに許可を取りに行ってもらいました。出席扱いですよ」


 本格的に逃げられそうもないな。覚悟決めるか。興味はあるし。


「それじゃあ行くか」


「はい、ちゃんと手を繋いでいてくださいね」


「我らもお供します」


 金色くのいち連中も来るらしい。こいつらと同類だと思われるの嫌だなあ。


「いざ戦国ロボットの世界へ!!」


 青いゲートを通って、俺の体は別次元へと運ばれていった。

 体が浮いているような、流されているような不思議な気持ちだ。


「今回も頼むぞ結名」


「お任せください!」


 まあ楽しんだもの勝ちってやつだろう。細かいことは気にせずいこうじゃないか。

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