クラスメイトはスパイと人魂

 男子部屋で修学旅行の醍醐味、男子トークが始まろうとしていた。

 既に布団が敷いてあるが、別に寝るわけじゃない。適当に親睦を深めよう。


「なあ……もう寝た?」


「横にすらなってねえよ。それ電気消して寝る時に言うやつだろ」


「まあ簡単に自己紹介からいこうか。ここにいるのはクラスメイトだし。勧誘関係なく雑談でもしよう」


 そう言った人川の布団はちょっと離れている。いじめられるタイプでもないだろうになぜだ。そう思っている俺の視線に気づいたのか、人川が補足してくれる。


「ああ、この布団は耐火仕様なんだ」


「ああ……人魂だもんな」


 それ以上コメントできなかった。どうすれば正解だったのか誰か教えてくれ。そして用意された布団に座る。自己紹介も済ませておいた。


「なあ大和」


「なんだ?」


 話しかけてきたのは、当たり前のように外人さんだ。金髪碧眼って生で見るの初めてかも。長身のイケメンだな。確かジェイク・ワイザーといったか。スパイらしい。スパイって公言していいのか?


「寝た?」


「寝れるわきゃねえだろ。状況が特殊過ぎるっていうかさっき人川が言ったぞそれ」


「そっか、じゃあ修学旅行の夜だし聞くけど……大和君の好きな任務ってなんだ?」


「好きな子みたいに言ってんじゃねえ、ねえんだよ一般人に任務とか」


「オレは断然潜入任務だな。たった一人の任務で潜入して、人知れず任務に命を燃やす。スニーキングミッションだよ」


「聞いてねえよ!」


 任務内容話していいんかい。自分の情報規制ガバガバじゃんこいつ。


「そして奥深く入り込み、罠をかいくぐり、奥にいる仲間が任務を達成するまでの時間を稼ぐんだ」


「一人じゃねえじゃねえか!!」


「おっといけない。いやースッパイスッパイ」


「……は?」


「今のは失敗とスパイをかけたんだ。いわゆる……スパイギャグだな」


「こいつ超めんどくせえ!!」


 まさか全員こんなやつじゃねえだろうな。俺もう帰りたいぞ。


「ギャグと聞いて参上いたしました!」


「帰れ!!」


 突然部屋に来た結名は帰ってもらった。これ以上めんどくせえやつが増えたら死ぬ。精神が摩耗する。


「あの子と仲良くなったんだな。知り合いは多い方がいいぞ。敵のスパイに捕まっても助けてくれる」


「否定したいけどさっき捕まったんだよなあ俺」


「桃太郎だろう? 我々の情報網にも引っかかっていたよ」


 情報がどう伝わってんのか気になる。桃太郎の一人が悪巧みをしています! とか真顔で報告しているんだろうか。その会議楽しそうだな。


「引っかかってたのに野放しだったのか」


「まさかこんな早く襲撃する間抜けが出るとは思わなくてな。すまなかった」


「別にジェイクのせいじゃないさ……仕方ないと思うぜ」


 スパイは神様でも童話の主人公でもない。人間だ。アレと戦うのはきついんだろう。少し同情する。


「しかしきびパウダーか、厄介な戦法だ。粉を舐めるだけで体に制限がかかるとは」


「わかるよ。僕も塩とか舐めると体が消えそうになるんだよ」


「人魂だもんな!」


 誰か助けてくれ。ジョークが重いよ。すげえ朗らかな空気で重いことぶっこんでくるよ。


「まあでもスパイってのも凄いよ。映画とかゲームでしか知らないけどさ」


「実際にはもっと地味で過酷だったりするもんだぞ」


「僕もスパイ事情には詳しくないけど、スーツで各国を飛び回るイメージかな」


「わかる。英国紳士だろ?」


 まあスパイってそのイメージで固定されるよな。作品を知っていると自然とあれになる。


「もちろんそういう人もいるさ。英国御用達の紳士とか、美貌で取り入る女スパイとか、77歳のおじいちゃんとか、どんな人種でもいるぞ」


「はえー……いつか会ったりするんかね」


「かもな。けど会わずに済むならそれでもいい。大和が安全ってことだからな」


 少しだけ雰囲気が柔くなった。それに合わせてか室内のみんなも和やかな空気になっていく。いいぞ普通の修学旅行っぽい。


「あ、先生来るぞ。電気消せ。布団入れ」


 みんな一斉に布団に入る。こういうとこ修学旅行だな。これだけでちょっと楽しいじゃねえか。


「よーしちゃんと寝ろよー明日がしんどいぞー」


 見回りの先生が去っていった。だが念のため電気を消して、全員布団の中だ。


「さて、何を話そうかな。好きな子……といっても初対面の人が多いよね」


「まさかの入学初日で修学旅行だからな」


「大和といると退屈しねえってことだなあ、はっはっは」


「どうするかな、怖い話でもする?」


「この環境が超怖いわ」


 暗い中でぼんやり人魂が浮いてて金髪外人と鬼や神様っぽいのが寝てるんだぞ。


「まあ怖い話は鉄板だけどさ。もっとみんなのことを知るとか」


「良い提案だジェイク」


 他の連中も乗り気だ。気のいい奴等なのはわかってきたし、一年間仲良くできるんならしていきたい。


「人川、みんなのことって何話すんだ?」


「そうだね、じゃあ僕が人魂になった時の話とかどうかな?」


「それ結局怖い話だろ!? もっとこう、そうだ、この旅館もなんか不思議な場所なんだろ?」


「じゃあ僕がこの旅館に来た時の話とか」


「前にも来たのか」


 もしかして学園の修学旅行で来る場所なのかね。だからいきなり来ても部屋が空いてたとか。


「ああ、こう……ぼんやりしてるんだけど」


「そんな昔の話なのか」


「いや、ぼんやりしてるのは僕自身なんだけどね」


「はっはっはそりゃ人魂だもんなあ! がっはっは!」


 えぇぇ……そこ笑いどころなん? 人魂ギャグバリエーション豊富だなおい。


「ふふふっ今のギャグはグッドだ人川。センスを感じるね」


 俺以外に大受けである。うまくやっていけるか心配になってきたぜ。


「前来たのはなんでだよ? 修学旅行か?」


「バイトだよ」


 これまた意外だ。人魂に接客とかできるのか。


「宿泊客の洗面所の鏡にぼんやり映るっていうバイトなんだ」


「どんなバイトだ!?」


「一人脅かすと千円貰えるんだよ」


「高いか安いかわかんねえよ!!」


「オレのスパイ月給が手取り五百万だから五千人分だな」


「それも相場がわかんねえよ!」


 バイトは選ぼう本当に。いろんな意味でブラックだな。


「おっといけない、そろそろスパイ通信が始まる時間だ」


「スパイ通信?」


「全世界のスパイしか知らない周波数で流されている情報共有のための通信放送だ。今日は特別に大和にも聞かせてあげよう」


 なんだそれ興味あるわ。携帯端末をかちゃかちゃいじっているジェイク。しばらくしてなにやら音楽が流れ始めた。同時に立体映像が出るが、この程度の技術ではもう驚かないぞ。


『はいどうも。全世界のスパイのみんなスパばんわ~』


「スパばんわ!? アニラジみたいな挨拶してんじゃねえよ!!」


『パーソナリティのウエーズ・ボンジュです。いやあボンジュね、この前任務でゾンドラシルっていう大樹のある異世界に、王子様を救出に行ってたんだけど』


「どんな任務よ!」


 ダメだ。この番組もまともじゃない。全体的にモザイクかかっててよくわかんねえし。なんかラジオブース的な場所にいるっぽい。


『なんかもう敵のお城がゾンビまみれでさ……いやあ大変だったよ。超くっせえの』


「まあゾンビって死体だもんな……くさいだろうさ」


 スパイって汚れ仕事もあるだろうし、そりゃ大変か。


『本当に……風呂とか入ってねえのかな……あの王子』


「くっせえの王子様かよ!?」


『いやもうドブみたいなんだよね。汗とかもうすげえきついんだよ』


「やめろよ可哀想だろ! これ電波のってんだぞ!!」


『さ、くっさかったということでメールコーナーいこうか』


 最悪なまとめ方しやがったぞこいつ。


『スパイネーム、ゾンビ王子さんから頂きました』


「まさかのゾンビ繋がりだよ」


『私はゾンビになってもう五年になります。この間、どこかのスパイのおじさんに敵の城から助けて貰ったのですが、まるで腐った死体を遠ざけるように、一定の距離から近寄ってきませんでした。もう少し体臭に気をつけた方がいいのでしょうか?』


「まさかの本人だよ」


 スパイだけの番組って設定どこいった。ファンタジー世界からメール送ってるよねこれ。王子メールとかできるの?


『ゾンビ王子さん。私も最近ゾンビの王子様を助けました。その人もやっぱり腐った死体みたいな臭いがしましたね』


「腐った死体なんだよゾンビっていうのは」


『これから暑くなりますからね。臭いには気をつけたほうがいいかもしれません。ゾンビ王子さんには、番組特製スパイ入浴剤セットをプレゼントしまーす』


「なんでもスパイってつければいいと思うなよ」


「これでスパイについてわかってくれたかな?」


「いや全然」


 わかるわけがない。結局スパイ番組を見ていたせいでちょっとだけ寝不足になった。だが俺に責任はない。そこだけは断固主張させてもらうぞ。

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