桃太郎の勧誘

 結名がバスタオル等を取ってくると言って戻ったので、旅館内の一本道をてくてく歩く。静かな空間に、ししおどしの音が聞こえて風流である。


「お、いらっしゃい大和様! 見ていってくんなまし!」


 道の途中に土産物屋がある。こういうところの土産物ってまんじゅうとかかな。


「ささっ試食どうぞ。試食はタダ! 自慢のお団子ですよ!」


 渡されたのは皿に乗った串に刺さっていない一口サイズの団子。せっかくだし小腹も空いていたのでもらおう。


「いただきます」


 美味しいけどあまり食べたことのない団子だ。みたらしと三色以外の団子食う機会がそんなにない。


「どうです? 自慢のきび団子は?」


「きび団子か。うん、いけますね。俺こういうの好きですよ」


「そうですか……食べましたね? ささっ、このボールペン持ってください。で、ここにちょいとサインと印鑑をお願いします」


 体が言われるがままにボールペンを持って書類にサインしそうになる。なんとか踏ん張って止めているけど、まるで自分の体じゃないみたいにうまく動かせない。


「なっなんか変です……体が」


「いいからサインしてくださいな。物語チームに所属するための書類にね」


「大和様!!」


「来やがったか」


 結名がこちらに駆け寄ってくる。急いでなんとかしてもらおう。


「結名! なんか体がおかしいんだ! きび団子食ってから自由が効かない!!」


「きび団子? あっ……貴方は……桃太郎!!」


「くっくっく、バレちゃあしょうがねえな。そうさ! 俺こそが天下無敵の桃太郎様よ! 物語チーム童話部所属さあ!!」


 店員の服をバサーっと脱いで、童話でよく見る和服に鉢巻を巻いて、日本一の旗を掲げるマゲ男。なるほど桃太郎だ。


「くっくっく。きび団子で縛っちまえばこちらのものよ!」


「そうはさせないわ!」


「行け、大和様。あの女に抱きつけ」


「は?」


 結名に全力のハグをぶちかます俺がいた。


「ちょっとなにするんですか! 大和様の性欲魔神!」


「好きでやってるわけじゃねえよ!! あいつが操作してきやがって!!」


「結名よ……そのまま抱きしめろ。抜け出せないようにな!」


 言葉通り結名が締め付けてくる。痛いぞこれ。こいつどんな力してやがる。


「わからないか? 周囲の空気清浄機や空調にきび団子を乾燥させて粉状にしたもの、キビパウダーをくっつけておいたのさ!」


「だからなんだよ!!」


「つまり……きび団子の支配下に置かれたってことですよ。ここではきび団子が上。人間が下です」


「納得いかねえ!!」


「私がなんとか解呪します! それまで耐えてください!」


「そうはいかねえな! きびきびびびーきびびびびーきびきび」


 うわなんかブツブツ言ってるよ気持ち悪!!


「いけない、きび魔法の詠唱を止めないと」


「きび魔法て!?」


「くっくっく、呼吸をすればするほど、きび団子の力は強くなるきび。完全に命令を聞くようになるまであと僅かきび!」


「語尾がきびになってるきび!? ………………俺もだきび!?」


「命令……大和様! 私に命令するきび! 大和様の力なら!」


 俺の力……なんだっけ。誰かに命令するとめっちゃ強くなるとかなんとか。


「結名! きび団子キメてないでアイツをぶっ飛ばすきび!!」


「はい!」


「ほう……きび団子の呪縛から解き放たれるとは。だが腐っても俺は桃太郎! 一介の巫女風情に倒せると思うなよ!!」


 そして桃太郎は尋常じゃない速度で負けました。


「えええぇぇ……俺が誰だかわかってんのか? 桃太郎だぞ? 知名度補正かかってるから、ヘタな神様じゃ太刀打ち出来なくらい強いんだぞ俺って。昔話の頂点だろ俺はさあ」


「驚きました。まさかこれほどパワーアップできるなんて」


「一方的だったもんな。こりゃ普通に戦うのが馬鹿らしくなるわな」


 自分の力が実感できた。これは異常だ。躍起になって勧誘するのもわかる。


「お疲れ様でした。桃太郎はこちらでしっかり保護します」


「お前は桃姫!! なぜここに!!」


「うるさいわよ! あんたのせいでうちが負けたらどうすんのよ!」


 唐突に現れる桃太郎と同じ服……ちょっと露出が増えているけど間違いない。同じ服だ。そんな女が桃太郎を引きずっていく。


「あいつなんだ?」


「女体化桃太郎の桃姫さんですね」


「なんでも女体化すんなよ!!」


「ついでに大和様のクラスメイトです」


 クラスメイトに女体化桃太郎とかどんな環境だ。


「ついでに桃太郎はあの人以外にもいっぱいいますよ」


 なんか悪の桃太郎だったらしい。知らんがな。


「いやほんとすんません。まさか悪役になったとはいえ桃太郎さんが過激派だったとは……こっちで言い聞かせておくんで何卒穏便にお願いできませんか?」


「サルがしゃべってる!?」


 目の前に来たサルがぺこぺこお辞儀しながら喋ってますよ。ニホンザルっぽい。動物園で見た。


「あの人のお供のサルです。いやあすみません。なんとか強引に自分のチームに入れようって過激派がいるという話は聞いていましたが。こんな身近にいるとは」


「ああ、そういうことか。えーまあ結名が倒したし、怪我もしてないし、まあいいさ。悪いのはサルさんじゃないっしょ」


 サルさんって微妙に馬鹿にしてる気がするけどこう呼ぶしかない。


「おお、ありがとうございます! お詫びと言っちゃなんですが、竜宮城の綺麗所を浴場に向かわせました。楽しんでいってください。勧誘とか関係なく好きにやっちゃってくださいな」


 余計な気を回さないでくれ。風呂は一人で入りたかったんだよもう。


「他のチームにも言いたいけど、できればエロじゃなくて飯とかこういうゆっくりできる旅館とか、珍しい楽しめる場所とかがいいな。女を使ってどうこうはいいイメージがない」


「ただちに報告いたします。ではごゆっくり!!」


 素早くサルは去っていった。俺が全力出しても追いつけない速度だ。流石鬼退治できるサルは違うな。


「サルが去る……ふっ、至言ですね」


 結名のセンスはわからん。このオヤジギャグはなんのメリットがあってやってるんだろう。


「これでゆっくり風呂に入れそうだな……念のため、先に行って待機してる女がいたら退出させてくれ。風呂くらいゆっくり入りたい」


「いいですけど……興味ないんですか? 男の人ってそういうの好きなんじゃ?」


「何十年も前のおっさん世代ならそうかもな。ぶっちゃけ裸なんてネットで簡単に見られるし、そこまでするもんじゃないぞ。見られる女の子も嫌だろ?」


 そういうセクハラでしかないことするやつって、今の時代でもいるのかな。少なくとも俺の通っていた学校では、そんな話聞いたことないぞ。


「そんなものですか? 急にまっとうな倫理観出してきましたね」


「俺は普通だ。一般人はそういう思考なの! それより俺はもっと今のサルとか、人川みたいな連中に会いたい」


「私にはよくわかりません」


「結名はずっとこんな世界が当たり前だったんだもんな。でも俺には全部初めてで、お話の中の世界だったんだ。だから本当にこんな世界が広がってるなら、もっともっと見たい。この世界の不思議を全部見たい。せっかく結名もいるんだし、この世界の神秘ってやつを拝み倒してやるのさ」


 これが今の俺の嘘偽りのない気持ちだ。裸がどうだ、女がどうだ、なんて話が霞むレベルの面白そうな日常が俺を待っている。


「だからさ、これからよろしくな。結名」


「はい! よろしくお願いします! 大和様!!」


 よし、なんだか仲間になれた気がする。女友達とかいなかったけど、これはこれでありだな。


「で、本当に女体はいいんですね?」


「いいよ! っていうかいい話で終われただろ!!」


「絶対に終わらせませんよ」


「なんで頑ななのさ!」


「いい話とか……なんかかっこよくて変な感じだからです!!」


 言い切ったー。言い切ったよこの人。まあここまでバカやっといて真面目も何もないか。


「よし、じゃあ風呂行こう! 考えるのはやめだ!」


 そして風呂はもう最高だった。天然温泉と、ただ高級なホテルではやはり温泉の質が違うんだろう。すばらしかった。これが最高級温泉旅館というものか。

 結名とただ静かに入るだけ。正直クラスの男子と入るのも修学旅行っぽくていいかなーと思ったけど、それは本当の修学旅行までおあずけだ。




「きたぞー」


 そして人川達の部屋に呼ばれたので行く。そりゃ結名と二人の部屋は落ち着かないさ。助け舟ってやつかもな。

 扉の上の『ひとだ間』という部屋名は見なかったことにする。人川が来なかったらどうなるんだよこの部屋。


「昨日まで、深夜になると大量の人魂が出ましたもので……」


「女将!? いつからいた!?」


「私はいつでもこの旅館にいますよ。いつも、いつまでも。何百年経とうとも。残ったのは私だけですから」


 いかん。多分だけど女将人間じゃない。


「いらっしゃい大和。おーいみんなー大和来たぞー」


 よかった。女将に怯えていたら、人川が出迎えてくれた。いや出迎えが人魂だっていうのに安心するのもおかしいな。

 部屋の中からおおー! とかいう声が聞こえる。男子会をやるとかで結名は来ていない。代わりに道の警備が増えていた。ゴエイジャーは呂布と相打ちになって解散したらしい。くたばれ。そして除霊されろ。


「さって、初日に温泉に来ちゃったからまだ友達が少ないだろう?」


 ここで『いない』じゃなくて『少ない』なのに気遣いを感じる。本当に人魂じゃなければなあ。


「さあ、交流を深めようじゃないか」


 どんなやつらがいるか楽しみだぜ。

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