【短編】魔剣にされた聖女は、死に向かいながら狂っていく彼を3年間必死で呼び続けた。それは絶望から始まる希望の物語

ぐうのすけ

第1話

 俺【スノー】は17才にしてSランク冒険者に上り詰め、王城に呼ばれた。


 聖剣の儀を受ける事を許されたのだ。


 聖剣に選ばれれば勇者に認定される。


 絵本であこがれた勇者。


 俺の夢!


 俺は兵士に連れられ聖剣の間についた。


 部屋の中央には4本の聖剣がクリスタルに刺さったまま、神々しい光を放ち、聖剣自体がこの部屋の照明となっていた。


「触ってみていいか?」


「どうぞ、見事に触れて引き抜くことが出来れば聖剣の持ち主、勇者となります」


 聖剣に触れようとすると光の壁に押し返されて触れる事さえ出来ない。


「ぐ!駄目か」


「まだ聖剣は3本あります。すべて試してみましょう」





 俺は結局4本の聖剣すべてに触る事さえ出来なかった。


 俺には無理なのか。


 勇者にはなれない、か。


 落ち込み、聖剣から目を離すと、部屋の隅に1本の黒い剣がクリスタルに刺さったまま佇んでいた。


 見た目は片手持ちのダガーで、聖剣と思えないほど小さい。


「あの隅にある黒い剣はなんだ?」


「あ、あれは魔剣でございます!近づくのは危険!お、お待ちを!」


 俺は兵士の言葉を無視して魔剣を握る。


 魔剣、邪悪な意思を秘めた聖剣とは対をなす剣。


 だが、発せられる魔力から悪意を感じなかった。


 悲しくて泣いているような悲しみの波動が伝わてくる。


 俺は魔剣を握ったまま魔剣に心を開いた。


 魔剣の記憶が俺に流れ込んでくる。






 エルフとして両親に愛された少女【レイン】の記憶。


 少女の顔は見えない。


 少女の目に映る両親が愛されて育つ。


 流行り病を治そうとポーション士として薬を作り続ける両親。


 両親は【魔女】として火あぶりにされ、それを見て泣きながら崩れ落ちる少女。


 エルフへの迫害が酷くなり、エルフの仲間と一緒に国から逃げ出そうとする。


 川で水浴びをする少女は美しい女性に育ち、水面に映し出された。

 輝くような銀の髪と宝石のような青い瞳。

 優しそうな顔には少しだけ影が宿っていた。


 もう少しで国外に逃げられる。


 その時兵士に囲まれた。


 兵士は言う。


「聖女の適性があるお前が身を捧げれば皆を見逃そう」


 聖女、それは聖剣化し人としての生き方を捨てる生贄。


 皆を逃がす代わりに聖剣になる運命を受け入れた。


 城に連れられ、その日聖剣化の儀を受ける。


 身を清め、白い服を1枚だけ羽織り、クリスタルの上で祈りを捧げる。


 私を囲うように魔法陣が作られ、100人を超える魔法使いが総出で魔法陣を完成させていく。


 こうして意志を宿したまま剣としてクリスタルに刃を突き立てて、光を放つ聖剣となった。


 すぐに女王がやってくる。

「成功したか?」


「はい、無事聖剣となりました」


「このまま聖剣に瘴気を吸わせ、瘴気の除去を行え!」


「し、しかしそれではエルフの娘が魔剣化してしまう恐れがあります。まだ17才の」

 魔法使いが意を唱えようとするが遮るように女王が怒鳴る。

「エルフは人ではない!聖剣化してエルフですらなくなった!従うかこの場で死ぬか選べ!」


 魔法使いは恐れながら女王に従う。


 エルフとして生き、両親を殺され、生贄の聖剣にされ、その上で瘴気を蓄える魔剣と言う名の生贄にされた普通の女の子。


 走馬灯のような少女の記憶から現実に引き戻された。





 

「レイン、お前俺と同い年だったのか」


 レインは俺を受け入れた。


 俺がクリスタルからレインを抜けば魔剣を手にすることが出来る。


 聖剣との契約はお互いを引き合う事が条件となる。


 魔剣も同じだろう。


 だが、忌むべき魔剣と思われているレインを抜けば、俺は最悪殺される。


 いや、本気を出せば逃げる事は出来るか。





 俺はその日、レインを抜いて、国から追放された。





 ◇





 スノーが聖剣の間に入ってきた。


 聖剣に選ばれず落ち込んだ顔をする。


 スノーが魔剣である私に近づくと、スノーの記憶が流れ込む。


 隣の国。私が逃げようとした国でスノーは生まれた。


 小さいけど温かい村人。


 スノーはみんなに愛されて育った。


 家族が魔物に襲われ死んでも村のみんなが助けてくれる。


 愛を貰って育つ。


 元賢者のおじいちゃんに魔法を教わり、元兵士長のおじちゃんに剣術と森で生きるすべを教わる。


 畑にうさぎが入ってきて野菜を荒らす。


 スノーは快く退治を申し出る。


 うさぎを突き刺し、うさぎに同情する。


 優しい。


 うさぎを退治して皆に喜ばれるが、うさぎを殺したことを気にする。


 優しい。


 狼が村にやってきて人を襲った。


 スノーは狼を殺す事を躊躇い、そのせいで1人けがをした。


 スノーは戦闘時とそれ以外で心を切り替える術を身につける。


 次の日100体の狼の群れが村を襲う。


 元賢者のおじいちゃんはもう亡くなっており、元兵士長のおじちゃんも今は留守。


 震えながら前に出る。


 傷を負いながらスノーは1番前で戦い、勝利し、気絶した。


 死にかけて生き残る。


 12才で天才と言われる。


 その後村の周りを回って魔物を倒す、倒す、倒す。


 傷を負えば魔法で癒し、魔物の肉や野草を取って料理する。


 ある日大量の魔物に追われ逃げだす。


 洞窟に逃げ込むが洞窟にはゴブリン。


 魔物が魔物を呼び、三か月閉じ込められる。


 それでも生き延びた。


 2回も死にかけて生還し、村最強の戦士になっていた。


 村の周りの魔物を狩りつくした。


 何度も肉を配り、肉を売ったお金で村の農地を開拓し、皆の為の家と防壁を作ってもらう。


 金が足りない。


 街に行って冒険者の依頼をこなし、お金を稼いで村に寄付をした。


 みんなに安心して欲しい。

 

 スノーは本当に優しい。


 15才でドラゴンと対峙する。


 震えながらみんなを逃がすために前に出る。


 死にかけながらドラゴンを倒す。


 スノーに勝てる者は周りに居なくなっていた。


 まだ15才なのに凄い。


 村の防壁が完成してスノーは泣いた。


 良かったね。本当に良かった。こっちが嬉しくなってくる。


 もうすぐ17才。


 憧れの勇者になる為隣の国に向かう。


 エルフの集団に出会う。


 みんな!無事だったんだ!


 スノーは痩せこけたエルフに食料をあげる。


 ストレージから全部の食料を出してエルフに与える。


 ありがとう。


 夢をかなえる為に貯めた食料を全部あげて笑う。


 エルフと一緒に村に帰り、村長に頭を下げた。


 村長は笑ってエルフを迎え入れる。


 村のみんなは裕福じゃないのに。


 みんな笑顔だった。


 スノー、村のみんな、本当にありがとう。


 スノーは魔物を何度も狩って、エルフを助けて、ここに向かう。


 スノーに魅かれる。


 手を握りたい。


 話がしたい。


 でも、私を握って魔剣の持ち主になったら、スノーは死ぬ。


 




 ◇

 






 辺境の地で瘴気に誘われ魔物が集まってくる。


 王城のように結界が無く、瘴気をむき出しにすればこうなる。


 レインを抜いてからレインの思いを読み取ろうとしてもうまくいかない。


 思いが伝わってきたのは契約する時だけのものなのか?


 1000の魔物が集まってくる。


「かかって来い!俺は【呪いの使い手】だ!レインの瘴気を全部使いつくしてお前らを倒してやるよ!」


 右手に持ったレインの瘴気を吸い呪いに変えながらレインを振るう。


 黒い斬撃が飛び、1回の横なぎで100の魔物を倒す。


 倒しても倒しても瘴気に誘われ魔物が集まってくる。


 右手が疲れたら左手に持ち替えてレインを振るう。


 その日スノーの両手には黒いマダラが浮かぶ。


 瘴気の呪い。


 呪いが進行すると、心と体を蝕み死に至る。





 ◇





【2日目】


 俺は寝ていない。


 ずっとレインを持って魔物と闘う。


 眠くなってきた。


「リカバリー!」


 状態異常解除の魔法で眠気を解除した。


 それから何度もリカバリーを使い眠らず戦う。


 もう何度リカバリーを使ったか覚えていない。


 腹が減ったら魔物の肉を食らい、眠らず戦い続ける。


 眠ったら死ぬ。


 1度眠ったら起きることが出来ず眠ったまま魔物に食われるだろう。


 魔物がどんどん寄ってくるのだ。


 レイン、待ってろよ!全部の瘴気を使い切ってやるからな。





 ◇





【?日後】


 レインが進化した。


 ダガーから両手持ちの短い刀の姿に変わったのだ。


「俺が前に使っていた刀に似ている」


 少し短いけど、俺が使いやすいようレインが思いにこたえてくれた?


 レインにも俺の思いが伝わったのか?


 真っ黒だったレインの色も、濃いグレーに変わってきた気がする。


 俺は口角を釣り上げた。


「は、はははは、全部の瘴気を使って、最高の聖剣に進化させる!」


 簡単な話だ。


 魔物を倒す事でレインが進化する。


 瘴気を呪いに変えて戦う事で魔剣を聖剣に変える。


 スノーの黒いマダラは両手から肩までを覆っていた。



 



 ◇






【??日目】

 俺の呪いは顔と胸にも広がり、体が重い。


 心が乾く。


 剣の名前を呼ぼうとする。


「……あ、」


 名前が出てこない。


 大事な名前!


 なんで忘れているんだ!?


 なんで思い出せない?


 俺は不安を振り払うように剣を振った。





 ◇





【???日目】


 剣が進化した。


 剣の長さが伸び、懐かしい感覚がする。


 昔こんな刀で戦っていたような気もする。


『スノー、大丈夫?』


 剣が語り掛けて来たのか?


 剣の能力、か。


「名前!名前を教えてくれ!」


『私の名前はレイン、力が足りなくて、まだ少しの間しか話が出来ないの。レイン聞いて』


「レイン、レインか。そうだよな!レインだった!」


 俺の目から涙が出て視界がかすむ。


「俺は、そうだ!レインの瘴気を全部使い切るんだ!」


『私の事は』

 剣からの声が途絶えた。


 まだ進化が足りない。


 もっと魔物を倒してレインを強くする。


 まだ瘴気を吸い足りない。


 もっと瘴気を吸って魔物を倒してレインを聖剣に変える。




 

 ◇





【????日目】


 左の目が見えなくなった。


 右目もかすむ。


 耳が悪くなって声が聞こえなくなってきた。


 誰の声だ?


 名前が出てこない。


 眠くなってくると反射的にリカバリーを使う。


 魔物の肉を食らうが、砂を食べているようで味覚が変だ。


 もっと魔物を倒す。


 持っている大事なこれを、助ける。


 手に持ったものの名前が出てこない。


 魔物が来た。


 俺は反射的に体を動かす。






 ◇





【?????日目】


 もう目は完全に見えない。


 何も聞こえない。


 匂いも味覚も無く、魔物の肉を食らう。


 感知のスキルを覚え、周りを把握する。


 もう触覚しか残っていないのだ。


 俺は何で戦ってるんだっけ?


 反射的に体を動かす。


 大事なことがあったのは覚えている。


 でも何があったか思い出せない。


 体が重い。


 心が乾く。


 俺は染みついた習慣で魔物の群れを倒した。


 暇があると武器を撫でるようになっていた。





 ◇






【●×三角?◇】


 体が重い。


 動きが悪くなってきた。


 触覚の調子も悪い。


 反射でリカバリーを使う。


 反射で魔物を倒す。


 意識が飛びそうになる。


 いや、飛んでいる時があるのかもしれない。


 分からない。


 たまに目から涙が溢れる。


 俺は?なんで泣いているんだ?


 触覚を確かめるように武器を強く握る。


 





 ◇







【……】


 握っていたものが姿を変え、俺を優しく抱きしめる。


 俺は、なぜだか分からない。


 なぜだか分からないけど、


 抱き着いた。


 頬を伝う涙で俺は自分が泣いている事を知る。


 きっと俺は、


 俺はこのために戦っていた。


 それは、絶望から始まる希望の物語。









 レインは絶望していた。


 スノーに声が届かなくなって、スノーがどんどんおかしくなっていく。


 その時私は進化した。


 最終進化。


 聖剣の到達点。


 聖剣化し最終進化を遂げた。


 私の臨んだ希望が叶う!


『人化』


 私は聖剣から人の姿に戻り、スノーを抱きしめる。


 スノーは私に抱きついて唸るように泣いた。


「んん、ぐううあうううううう!」


 スノーの頭を撫でる。


「リザレクション!」


 スノーの死んでいく体を修復する。


 聖女しか到達しえない奇跡の魔法。


 スノーのすべての五感と体を修復していく。


「スノー、もう終わったわ」


「名前、を、聞、かせ、てくれ」


「私はレイン、少しだけ眠りましょう」


 スノーは子供のように私に抱きついて眠った。


 スノーの頬を撫でる。


 やっと撫でられる。


 やっと抱きしめることが出来る。


 私は泣いていた。


「ああ、やっと泣くことが出来る。気持ちいい」


 それは、絶望から始まる希望の物語。





 ◇





【それは希望の物語の始まり】


 目覚めると、レインが居た。


「無理しないで。寝ていてね」


「レイン、俺は、記憶が無いんだ。レインの事が大事な気がしているけど、おぼ、覚えて、う、ぐうう」


 レインが俺を抱きしめた。

「いいのよ!今は眠りましょう!時間はたくさん、たくさんあるわ」





 ◇





 スノーは泣きながらまた眠った。


 スノーの体はまだ黒くまだらが浮いている。


 黒かった髪は真っ白になっていた。


 スノーの頬を撫でる。


 スノーの頭を撫でる。


 私が治す。


 記憶以外は全部治す。


 無くなった記憶は私が何度も何度も話すわ。





 ◇





 スノーが目を覚まして一か月。


 髪の生え際は黒くなり、肌の黒いマダラは薄くなった。


 私は何度もスノーの話を語る。


 スノーと話をして、聖剣のあった国を通ってスノーの故郷に帰る事にした。


 




 私を魔剣にした国は荒れていた。


「あの、すいません。今は何年ですか?」


 エルフの顔を見た男は少し珍しそうな顔をしたが、話してくれた。


「神歴777年、9月だよ」


「ありがとうございます」


 私はスノーに言った。


「3年経ったんだね」


「ああ、そうだな」

 スノーはまだしゃべり慣れていない。


 数年しゃべらず記憶もたくさん失った。


「3年ぶりにこの国に来ましたが、ずいぶん荒れていますね。何があったかご存じですか?」


「流行り病でたくさん死んだよ。エルフを殺して、追い出したせいで薬を作れる人が居なくてね。その後女王が流行り病にかかって、みずみずしかった顔は黒く、ボロボロになって、最後は心を病んで兵に殺されたよ。この国に残っている人間は少ない。早く戻った方がいい。魔物を倒せるものがあまりいないんだ。危ないよ」


 私とスノーは顔を見合わせて頷いた。


「よろしければ、一緒に隣の国に行ってみませんか?」


「止めておくよ。もう若くないし、自然に逆らわず、死ぬ時は死ぬでいいさ」


「そう、ですか」


 私とスノーはスノーの故郷の村に向かった。





 ◇





 不安だった。


 もしスノーの故郷も流行り病や魔物で駄目になっていたら?


 口に出来なかった。


 私は何度もスノーの顔をちらちらと見る。


 スノーは私の手を少しだけ強く握ってそのまま歩いた。





 ◇





 村の近くについた。


「きゃははは!」


「それだめー!」


 エルフと人間の子供がふざけて遊ぶ。


 私とスノーの歩く速度が早くなる。


 スノーの防壁の外にも建物が多くある。


 防壁の兵士はスノーを見ると笑顔でスノーの手を握った。


「お!きれいな彼女だな!スノー、やるじゃねーか!」


 スノーは笑顔で兵の肩を叩いて村に入る。


 私がエルフでも気にしていない?


 村に入るとそこは街に変わっていた。


 大きなスノーの銅像が見える。


 エルフと人間。獣人やバンパイアも普通に話をしている。


 笑顔の者も居る。


 スノーは私の前に立って、強く私を引き寄せた。


 私を抱きしめて唇を重ねる。


 ああ、希望がある。ここには希望がある。


 私もスノーも泣いていた。


 でも、この涙は喜びの涙。


 感情が溢れる。


 それは、希望の物語。


 希望の始まりの物語。




 



 

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